031 - hacker.encounter(gate);

 青年が膝をついて崩れ落ちた。彼のあまりの凹みっぷりに僕達は勝利を確信して笑顔を浮かべたが、一人だけ浮かない表情をしているものがいた。


「ねぇ、おじちゃんは? おじちゃんはどうしちゃったの?」


 シィは先ほどの白いドームによるやりとりなど無かったかのように、青年へと問いかけを繰り返す。シィは自分に優しくしてくれたおじちゃんの事を心の底から心配していたのだ。自分の身の危険など気にならないほどに。

 もちろん青年は頭を抱えるばかりで答える余裕などない。


「もう! おじちゃんはどこに行っちゃったの! ねぇ! ねぇってば!!」


 頬を膨らませてしつこく繰り返すシィ。初めて見せる怒った表情で、何度も何度も青年に質問を繰り返すと、次第に茫然自失となっていた青年の耳にも入ったのか、忌々しげな表情で舌打ちをする。そして、何か思いついたような顔をすると、ニタリと笑ってシィの方を向いた。


 まずい。奴に口を開かせてはいけない。

 瞬間そう思ったのだが遅かった。


「おじちゃんだぁ? ああ、あのマヌケな男の事か! あんなヤツは今頃、魔物にでも食われてるんじゃないか? なにせ、私が『転移マギサービス』でどことも知らない場所に送ってやったからな!! マギデバイスもしっかり取り上げてやった!! 残念だったなぁ! お前の好きなおじちゃんには、もう二度と会えないさ!」


「えっ……」


 追い詰められた青年は、悪あがきでシィに言葉の刃を振るう。僕の仕掛けたマギでも、さすがに形の無い暴力には対応できなかった。

 シィは徐々に言われた事を理解したのか、目に涙を溜めていく。すぐにバッファオーバーフローを起こして、透明の滴りがシィの頬を伝った。

 シィの涙はシィの家に行った時以来だが、あまり見たいものではない。幼い女の子が泣いているのはそれだけで心にクるものがある。特にシィの場合は、普段が明るくて賑やかなだけに落差が大きいのだ。


「どうして……? どうして、そんなこと、するの……?」


 人の悪意を理解できないシィは、青年が何のためにそんな事をしたのかわからない。心底ショックを受けた様子で、ありもしないであろう理由を尋ねる。


「はっ! どうして? どうしてだと? そんなの決まってるじゃないか! だ! まっ、あのクズは便利だったから少々惜しかったけどな! 所詮は使い捨てるつもりだったし、最近はどうも言う事を聞かなくなってたしなぁ! 壊れたゴミはゴミ箱にってね!」


「それ以上口を開くな貴様ァ!!」


 これ以上なく激情したボスが取り出したマギデバイスを青年に向ける。さっきはマギデバイスを出した僕をたしなめていたボスがだ。それを見た青年はボスを鼻で笑い、両手を横に広げてマギデバイスの前に身を晒す。


「はっ! いいさ! 撃ってみろ! 撃ったら晴れてお前らも犯人一味ってわけだ!」

「ぐっ! ぐぐぐっ!!」


 ボスが歯ぎしりして激情を無理矢理に押さえつける。湧き上がってくる理性からの警告やエラーメッセージによってまだ耐えられているが、それもこれ以上の青年の発言を許せばいつまで続くかわからない。僕も慌てて止めに入る。


「ボス! 落ち着いてください! マギで攻撃してしまったら、通報するどころじゃなくなってしまいますよ!」

「だが……だが!! バンペイ! あいつの言ってる事は絶対に許せん! ヤツの口を閉じさせなければならない!」

「僕だって同じ気持ちですよ……でも、シィが」


 青年の言葉によって傷つけられたシィは、涙を流してうつむいている。前は大声を出して泣いていたのだが、今回は打って変わって静かな涙だった。嗚咽を漏らしながら、プルプルと震えている。

 思わず前と同じように抱きかかえてしまいたくなったが、その前にキャロルが飛び出した。シィにがばりと抱きつくと、一緒に泣きそうになりながら慰める。


「シィちゃん。シィちゃん。泣かないで」

「ひっく……うぇぇ……キャロルちゃぁん……」


 いくら涙を止めようとしても、まるでストリーミングされている動画のように、次から次に流れてくる。シィの着ている白いワンピースには涙で染みができている。

 それを見守る僕達はシィを泣かせてしまった罪悪感と、泣いているシィを見て嘲笑っている青年へのイラつきで、感情のうねりに支配された。僕にとっては、何もしてやれない焦燥感の方が大きい。

 しばらくしてようやく少し涙が収まったのか、シィは目を真っ赤にしたまま僕の方を見上げる。


「お、おにい、ちゃん……おじちゃんは、おじちゃんは、助けて、あげられないの?」


 シィの悲痛な声に耳をふさいでしまいたくなるが、プログラマはユーザーの声に真摯に答えなければならない。


「ごめんね、シィちゃん。助けてあげたいんだけど、『おじちゃん』のマギフィンガープリントがわからないんだ。あのヒトは電話マギサービスを利用していたわけでもないし、連絡先を交換したわけでもないから……」


 そう、あのミミックの男のマギフィンガープリントさえわかれば、助ける事もできるかもしれない。僕の作った転送マギなら誘拐されたシィを助けたように、遠隔地から相手を呼び出す事さえ可能なのだ。

 しかし、それも相手のマギフィンガープリントがわかっていればの話である。恐らく青年は、自社の転移マギサービスを悪用して座標を適当に設定した状態で飛ばしたのだろう。最悪、宇宙に放り出されている可能性だってある。


「そう、なんだ……」


 僕の答えにがっかりした様子のシィは痛々しい。だがそこで、ボスから「あっ!」と大声が聞こえてきた。


「バンペイ! あの男は転移マギサービスを使っていたはずだ! ほら、あの男の職業は知っているだろう!」


 そういえば、ミミックの男は転移マギサービスを使った配達業で雇われていたんだった。物流に強いマギ・エクスプレス社とのつながりが大きく、青年がコネを使って仕事を紹介できるのも納得がいく。

 ボスがなぜこんな事を言い出したかというと、マギサービスの登録にはマギフィンガープリントを使うからだ。マギサービス側で登録者のマギフィンガープリントを記録しているので、転移マギサービスを運営している会社、つまりここマギ・エクスプレス社なら男のマギフィンガープリントを調べる事だってできるだろう。


「その手がありましたか……! で、ですが、教えてくれるものなんでしょうか」

「こいつの事を話せば協力せざるを得ないだろう」


 そう言って青年をアゴで示すボス。確かに自分の息子が罪を犯したとなれば、その罪を少しでも軽くしてやりたいと考えるのが親心だろう。マギ・エクスプレス社の経営者に直訴すれば通じる可能性が高い。

 早速、今までいた玄関ホールから奥へと向かおうとする僕達だったが、青年を置いていくわけにはいかない。一緒に連れて行ったほうがいいだろう。


「ほら、貴様もついてこい!」

「ふん……マギサービス登録者の情報は厳重に管理されてるんだ。例え父が許しても、そう簡単には見る事すらできないさ」


 青年は捨て台詞のように僕達の、いやシィの小さい希望を踏み砕くような言葉を口にする。シィが再び泣き出しそうになるが、ボスがパシッと青年の頭を


「いたっ! な、なにをするんだぁ!」

「ふん、マギデバイスでなければいいんだろう。ちょうど叩きやすそうな頭が目の前にあったから叩いただけだ」


 ボスの暴論に口をパクパクさせて言葉を失う青年だったが、次の瞬間にはボスに引きずられて会社の奥へと連行されていくのであった。


//----


「なんだね? 君達は」


 僕達が無理矢理青年に案内させて社長室になだれ込むと、そこには書類に目を通している五十代ほどの男性がいた。白髪混じりの黒髪をきちりとオールバックに撫でつけて、口元も目元も引き締まった見るからに厳格そうな人物だ。書類から目を上げて、青年の顔を見つけると不思議そうに僕達に誰何する。


「あなたの息子の事でお話があります」


 こういう場に強いボスが前にでて、父親であろう男性にその息子の悪行を説明する。途中までは息子と同じように「息子に限ってありえん」と首を振っていたが、だんだんと顔が強張っていく。青年は父親の前に出た時から顔面蒼白で、一言も話さずに顔を俯けている。

 最後の仕上げに僕が『録音・録画』した青年の悪態を見せつけると、父親はそれを目を見開き顎を大きく落として見ていた。


『ああ。そうだとしたら何だというんだ一体? 君達に何ができる? たかが新興の小さいマギサービス会社の社長とその従業員の癖に、何ができるというのかな?』


 青年のこのセリフを聞いた父親は、ガクリと力をなくしてうなだれてしまった。よくみると小刻みに震えている。

 きっとこの父親は息子のこういった負の面を知らずにいたのだろう。息子は最初にボスから詰問を受けたときにとぼけてみせたように、演技力に関してはズバぬけている。恐らく普段は好青年として振る舞い、裏では悪行に手を染めていた。


 息子のあまりの裏表の激しさにショックを受けたのだろう父親は、しかし次の瞬間に唐突に立ち上がると、ツカツカと息子の前へと歩いて行く。


 パシッと乾いた音とともに、父親の手が振りぬかれた。


「この馬鹿もんが!!」


 顔を真っ赤にして自分の息子を怒鳴りつける父親。息子の方は打たれた頬をさすって顔面蒼白のまま父親を見る。


「お前は……! お前というやつは……!! 誘拐に殺人だと……!? どうしてそんな腐った心根に育ってしまったんだ!」


 並べ立てられた悪行に、どうやら完全に激昂したらしい父親は自分の息子を激しく叱責する。息子の方は唇を噛み締めて反論もしない。


「あまつさえ、『たかが新興の小さいマギサービス会社』だと!? お前は私のこれまでの苦労を知っているはずだろうが! 私がこの会社をここまで育てるのに、どれだけ苦労してきたか、知っているはずだろうが!!」


 マギ・エクスプレス社は創業三十年ほどの中堅企業であるが、当然三十年前は僕達と同じように新興企業の一つにしか過ぎなかった。恐らくこの父親は社長として必死に会社を盛り立ててきたに違いない。新興の小さい企業の苦労は身に染みて理解しているはずだ。

 だからこそ、息子の新興企業を下に見る言動が許せなかった。


 父親は息子の頭を力づくで押さえつけると地面に無理矢理座らせて、僕達に向かって頭を下げさせる。父親も同じように頭を下げてきた。


「すまなかった! 私の息子がしでかした事がこんな事で許されるとは思わない、それでも父親として謝りたい!」

「ちょ、ちょっと、頭を上げてください!」

「いや! 私の気が済まない! もちろんこのバカ息子にはしっかりと罪を償わせるつもりだ! ほら、お前も謝れ!!」

「…………すみませんでした」

「なんだその気の入ってない謝罪はぁ! 謝る気があるのか!」


 父と息子のやりとりが続く。どうやら息子は父の言う事に逆らえないタイプのようだ。厳格そうな父親の事だ。きっと普段から細かく息子の態度を注意してきたのだろう。

 息子の方は父親の前で『良い子』を演じ続けた。結果として父親の目の届かない裏では悪行を繰り返す存在へと成り下がってしまったのかもしれない。


「あ、あの、謝罪の前に、一刻も早くやって頂きたい事があるのです」

「な、なんだね? できる限りの事はさせてもらう! 金は……会社の金に手をつけるわけにはいかないが、私の金であれば……」


 どうやらこの社長は、自分の懐と会社の懐を同一視するようなワンマン社長にありがちな感覚を持っているわけではないようだ。本当に、どうしてこのようなまともな感性を持った父親から、あのような息子が生まれてきたのか理解に苦しむ。


「い、いえ、お金は結構ですから。それよりも、息子さんが転移マギサービスで転送したという男性のことです。もしかしたら、まだ助けられるかもしれないんです」

「なんだって!? し、しかし、このバカは目印もない適当な場所に向けて転送したというじゃないか。我が社のマギサービスの事は私が一番よく知っているつもりだ。『適当な場所』というのは、本当にどこに行ったのかすらわからないのだよ?」

「はい。でも僕なら助けられるかもしれないんです。僕の作ったマギなら、相手のマギフィンガープリントさえわかれば、遠くにいる相手でも呼び戻す事ができるのです」

「な、なんだって……」


 社長は先ほど僕が出してみせた録音と録画を見た時よりも驚き、もはや言葉が出てこないようだった。


「あ、ありえん……そんなマギなど作れるはずが……」

「いえ、作れます。いや、。誘拐されたシィを助けだしたのは、そのマギを使ったのです」

「そ、そうなのか……ううむ、しかしマギフィンガープリントか……」


 社長は半信半疑のようだったが、マギフィンガープリントと聞いて顎をさすり悩み込んでしまう。弱り切った表情で僕達に事情を説明し始めた。


「確かに我が社の登録者ならマギフィンガープリントを調べる事は可能だろう。しかし、残念ながら社長である私が命令したところで、すぐに見られるというわけではないのだよ。別の会社だが、登録者の情報を社員が悪用する事件が起きてね。その時から、登録者の情報の開示には最低でも経営陣の過半数の同意が必要になっているんだ」

「そ、そんな……」


 普段なら個人情報に気を配っている素晴らしい仕組みだと絶賛していたところだ。しかし、この緊急時にはその素晴らしい仕組みが仇になってしまう。


「でも今は緊急時なのです。なんとかならないのですか?」

「すまないが、本当に無理なんだ。我が社の核となるマギサービス用のマギデバイスは『複数所有者』機能を使って管理されている」

「『複数所有者』ですか? 一体どのように?」


 普通マギデバイスの所有者というのは一つにつき一人だけだが、実は複数人を所有者として登録する事もできる。この場合、所有者として登録されている人物なら、誰でもマギデバイスを使える状態になるはずだ。

 ただし、マギサービスは個人のマギフィンガープリントが元になっているので、結局使えるのはその人の登録したマギサービスだけだ。

 所有者が一人だけという状態は、怪我や病気などによる突発的な障害に弱い状態だ。コンピュータのシステムだって、普通は複数台で構成して一台が壊れても全体はかわらず動くような仕組みになっている。


「登録者の情報は『秘匿領域』に記録されているんだ。この秘匿領域の開示には、所有者の過半数のマギデバイスが必要となる仕組みになっているようだ」

「えっ、そんな事が可能なんですか?」

「ああ。この秘匿領域の件は我が社の技術者が発見したものだ。社の秘匿情報に関わることだから、他社には教えていないがね。君達には迷惑を掛けてしまったから特別だ。あまり他社に漏らさないでもらえるとありがたい」


 発見した技術を他社と共有するという文化はできていないようだ。各社に埋もれているであろうノウハウや発見を集約できれば、大きな前進の原動力になるのにもったいないと思う。


「とにかく複数人の所有者と連絡をとらないといけないが、すぐには難しいだろう。それこそ、君達が新しく作った『電話マギサービス』に登録していれば良かったんだが……残念ながら拒否感のある幹部が多くてね。嘆かわしいことだ」


 やはり僕達の新しいマギサービスは既存のマギサービス会社の人達にはウケが悪いのかもしれない。特にごく一部とはいえ競合であるマギ・エクスプレス社となれば仕方ないのかもしれない。


 それにしても困った。あのミミックの男性を助けるには、なんとかしてマギフィンガープリントを得るしかない。しかし、それはマギデバイスの厳重な秘匿領域の奥に記録されている。

 これをどうにかするにはマギデバイスのセキュリティを乗り越えなくてはいけないが、さすがにそれは難しいかもしれない。ブラックボックスの中身すら解析できていないのだ。その中で動いているソフトウェアの『脆弱性セキュリティホール』をすぐに見つけられるわけがない。


 僕達の前には、マギデバイスという大きくて堅い門が立ちはだかっていた。

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