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 僕達が作り上げた電話マギサービスが無事に王都の登録所から利用登録できるようになって数日が経過した。


 なにしろ類を見ないような画期的なマギサービスであり、使えばすぐに便利さがわかるため、公開して早々利用登録が満員御礼の大ヒット……とは、いかなかった。

 そう、数日が経過した今も利用登録は十数人。ボスの知り合いやブライさん達の口コミで登録はあったものの、それでも考えていたよりもずいぶんと厳しい結果にボスも僕もうなだれ気味であった。

 まさか僕が「良い製品が必ずしも売れるわけではない」という余計なフラグを自分で立ててしまったせいだろうか。一体どれだけフラグの管理ミスをやらかせば気が済むのだ白石番兵よ。切実に自分に対する自動テストが作りたい。


 思ったよりも登録が伸びない原因については、ボスと僕で共通見解をもつ事ができた。要するに「」の一言につきる。


 そもそもマギサービスが新しく出来るなんて、ここ数年なかったことだ。人々の頭からそういった視点が抜け落ちていても不思議ではない。電話マギサービスが新しく生まれたことなど、知る由もないのだ。

 テレビもラジオもないこの世界では、人々が情報を知るには口コミか一部の知識階級に向けた新聞や雑誌のような媒体しか存在しない。しかしそれも頻繁に発行されるものではなく一月に一回というレベルのものだ。地球の大量印刷と比べる事はできない。

 新しく画期的なマギサービスというのは良いニュースだと思うのだが、あいにくとまだ新聞社からインタビューなども来ていない。


 広報不足の問題はまだある。電話マギサービスの内容がよくわからないということだ。「電話」なんて言って通じるのは前の世界だけの話だ。名前として定着してしまったからといって、安易にそのまま付けるべきではなかった。名は体を表すというが、全く表していない。

 遠く離れた人と会話できる、とだけ聞いても「ふーん」で済まされてしまう事が多い。社員食堂にいる看板娘キャロルに説明をした時、「この王都から出たことがないので、遠くの人と言われましても……」と言われて愕然とした。

 どうも、『遠くの人』と聞くと王都の外の遠く離れた街や村を連想してしまうらしい。王都の中にいる相手にわざわざ電話をかける、という状況が想像できないのだ。例えを出すと納得してもらえるのだが、これでは口コミで広がりづらいのも仕方ない。


 それに、従来のマギサービスが高い利用料をとっているために、『マギサービス=高い=上流階級向け』という図式が完全にできあがってしまっているのも痛い事実だ。

 平民がマギサービス登録所に赴くのは、水生成や着火などの安い国家運営マギサービスの利用料の支払いの時だけだ。高い値段のせいで、「気軽に使うものではない」という空気が醸造されている。

 わざわざ生活に必要でもないものに高いお金は出したくない、というスタンスの人が多いため、マギサービスは平民から敬遠される。実際には利用料をかなり安価にしているのだが、見向きもされていない状態だ。


「すまないバンペイ……私の考えが甘かったようだ。登録が始まればすべてうまくいくと思っていたのだが、まだまだ問題が山積みだったな」

「いえ、僕もそう思っていたので同罪です。というよりも、ブライさんに忠告された時にもっと真剣によく考えるべきでした」

「ああ……あれか」


//----


 数日前、電話マギサービスが完成した際に、社外の人として支援者であるブライさんにまっさきに報告した。目の前で電話を実演してみせるプレゼンを行なったのだ。その時はボスが多忙だったため、僕が一人でブライさんの元を尋ねた。


 ブライさんは先日の件を解決した僕を盛大に歓迎してくれた。プレゼン中も電話の機能にいちいち大げさに驚いてくれて、「すぐにでも利用したい」とのお言葉を頂いたくらい好評だった。その場にブライさんの部下達はいなかったが、「彼らにも使わせたいね」とまで口にしたほどだ。

 結局ブライさん達は電話マギサービスに利用登録してくれて、支援者であれながら最大の顧客という足を向けて寝られない状態になっている。


 そのほかに、電話番号による新ビジネス展開の話を聞くと商人らしく目を光らせた。


「なるほど、電話番号を本や看板に書いておくだけで、誰でも作者や店へ電話をかけられるわけだね。それで店の予約や食事の配達か……」

「ええ。それだけではなく、会見の約束をしたり商品について問い合わせたり、いくらでも応用できますし、将来的には誰でも自分の『電話番号』を持つのが当たり前になると考えています」

「うん。確かに将来的にはそうなるかもしれないね……。ただね、バンペイ君。人というのは案外なものだ。今に満足していて、今のままでいいという人もたくさんいる事を忘れてはいけないよ」

「……はい。それは、その通りですね」


 それは僕が見て見ぬふりをしてきた事実だ。僕は自分の欲望のために、この世界にコンピュータやインターネットのような新しい概念を導入しようとしている。現状に満足している人にとって、僕はそれを破壊する悪魔のような存在なのかもしれない。

 痛い急所をつかれて、思わず口ごもってしまう。


「別にそういう人達からの重圧に萎縮して何もするなと言っているわけではないからね。それではいつまで経っても新しいものは生まれてこない。君達の場合は、逆にそういう人達を積極的に取り込まなくてはだめだろうね」


 ブライさんは普段の顔とは違うの顔で、新しい商売を始めようとしている僕にアドバイスをくれている。もしかしたら、ブライさん自身もそういった保守層とやりあった経験があるのかもしれない。


「そういう人達を動かすには熱い情熱パッションだけでは足りない。冷たい論理ロジックも必要なんだ。確かにこの電話というのはとても便利なものだ。それでも、使う人が少なければその魅力は半減する。わかるね?」

「ええ、おっしゃる通りです」


 相手が電話マギサービスを利用してなければ、結局電話を使う事はできない。電話というのは相手がいて初めて使えるものなのだ。だから、何よりも利用者の数を増やす事が重要になってくる。


「使う人を増やすにはどうしたら良いか、よく考えることだよ。人が動くにはどういう理由が必要なのか、よく考えることだ」

「ご忠告ありがとうございます。ボスともよく相談してみます」

「ははは、すまないね。歳を重ねると説教臭くなってよろしくないな。がんばっている若者を見ると、つい余計な気を回したくなってしまってね」


 爽やかに笑うブライさんはまだまだ老人と言われるような年齢ではない。立派な口ひげを整えた中年の男性だ。それでも長年の商人としての経験に裏打ちされたアドバイスはとてもありがたいもののはずだった。

 しかしこの時の僕はといえば、ブライさんの忠告よりも『現状を変える事』について気がいってしまい、帰ってからボスに伝える時も真剣さが足りなかったように思える。

 ボスと二人で何度か話し合ったのだが、サービス内容が魅力的なら利用者は増えるだろうという、なんとも無難で楽観的な予測に落ち着いただけだった。

 せっかくのありがたいアドバイスが活かされる事はなかったのだ。


//----


 その結果が今こうして僕達に返ってきている。

 ブライさんは恐らくこの状況を予測していたんだろう。商人だけあって人の心の動きに詳しいブライさんは、『必ずしも必要としていない物』を売る事の難しさを熟知しているのだ。だからこそ、僕に「人が動く理由を考えろ」と忠告をくれた。

 マギサービスの内容を知らない、値段が安い事を知らない、そんな状態では本来なら利用する人も利用しないだろう。こういう人達に対するアピールを強化する必要がある。いわゆる潜在需要の掘り起こしというやつだ。


「とにかく、今のままでは一向に利用者は増えません。爆発的に増やすなら何か手を打たないといけないですね」

「そうだな……」


 二人で難しい顔をつきあわせてウンウンと考えているが名案は生まれてこない。この議題は何度か話し合ったのだ。簡単に名案が思いつくなら苦労はしない。


「はいっ! シィがをもとめます!」


 ビシッと音がするほど手を真っ直ぐ上に挙げたシィが僕達の前に出てくる。実は先ほどまでの会話はシィも聞いていた。難しい顔で難しい話をしていたので割り込む事はしなかったが、二人が考えこむとここが攻め時と考えたのかもしれない。


「ん、なんだい、シィちゃん?」

「あのね、どーしておにーさんとボスは、おそとででんわしてみせないの?」

「お外?」

「うん。だって、でんわってすっごくべんりなんだもん。おそとでみんなに見せてあげれば、うらやましーってなるよきっと?」


 僕とボスは顔を見合わせる。


「あのね、それにね、でんわがすっごく安いんだーっていわないと、わかんないよ? おにーさんもボスも、どうしてなにもいわずに、うんうんかんがえてるの?」


 言われてみれば、その通りだった。僕達は名案がないかうじうじと悩んでいるだけで、泥臭く地道に動くという発想がなかったのだ。

 今までの開発や会議で順調にアイデアが出てきたり思った通りに進んでいたため、壁にぶつかってもすぐに壁をうまく乗り越えるような名案を求めてしまう。壁に真正面からぶつかってぶち破るという選択肢を無意識に外していた。

 シィの曇りのないフィルターのような目で見ると、僕達の姿は不思議でしょうがなかったのだろう。


「言われてみれば……確かに地道に広げるというやり方もあるんだな」

「座って考えているより、立って動いていた方が一人でも利用者を増やせますね」


 僕とボスに足りないのは何が何でも自分のサービスを売りだそうという必死さではないか。あまりに単純な答えに思わず笑ってしまう。


 ブライさんの言っていた「人が動く理由」と併せて考えると、色々と思いいたる事もあった。人が動く理由の中で一番大きい物が「欲」だろう。

 人の欲望には様々な種類がある。おいしいものを食べたい、楽しくなりたい、気持よくなりたい、という本能的なものから、愛されたい、目立ちたい、偉くなりたい、という他人との関わり方を重視する社会的なもの。

 ビジネスとは人の欲に訴えかけなければ成功しない。「ほしい」と思わせなければ、お金を出して買うはずがないのだ。

 人の欲を刺激する方法はさまざま。言葉で魅力を伝えるだけではなく、ビジュアルや香りで視覚や聴覚、五感に訴えかける。地球でもテレビなどのマスコミがあの手この手で人の欲をつついている。

 しかし、そんなテレビよりももっと購入欲を刺激する方法がある。実際に目の前で見せる事だ。百聞は一見にしかずとの言葉通り、百の言葉をつくして魅力を伝えるよりも、一回実演して見せるほうが商品の魅力を雄弁に伝える。


「やりましょう」


 ボスとうなずきあって、僕達はオフィスの扉を開き外へと飛び出した。


//----


「新しく始まったマギサービスです! ご通行中の皆様、ぜひお立ち寄りになってくださーい!」

「遠くの人でも近くの人でも、気軽に話せます! 利用料は一回につき水を作るよりもお安くご利用になれます!」


 噴水のある中央広場に出て実演を始めると、すぐに人だかりの山になった。電話を通して遠くにいるシィと会話する様子を見せると、人々の間からざわめきが広がる。

 最初は生来のコミュ障とあがり症が併発して、ボソボソと小さい声でアピールしていたが、ボスやシィが一生懸命に声を上げているのを見て情けなくなった。吹っ切れて僕も大声を上げている。

 値段をデカデカと書いた看板も大きかったのだろう。特別に出張登録できるようにすると、その場で利用登録する人が続出した。登録した人達は早速一緒にいた相手と電話しあってはしゃぎあっている。それを見た周りの人が興味をひかれて電話の事を尋ねる、という好循環が生まれつつあった。


「こうやって複数人でも、その場にいるかのように会話できます!」

「知らない相手でも『電話番号』がわかれば電話をかけられます! お店の予約から商品の注文まで、商人の方もぜひご活用ください!」


 サービスの説明をするたびに、聴衆から驚きの声が上がる。流行に敏い商人達は、電話のもつ可能性に気づきはじめた。なかには「どのぐらいの人数まで同時に話せるのか」「会話が他の人に漏れる事はないのか」など熱心な質問も飛んでくる。

 同時人数はテストした限りでは20人までは保証できること、通話の内容は完全に秘匿されており他の人に盗聴される事はなく、運営の我々ですら通話内容を知る事はできないことなどを説明していく。


 特に後者については気を使った点だ。マギデバイスの機能を使った通信であるが、マギデバイスの内部や設計がブラックボックスになっているため、通信が盗聴されたり改ざんされたりする可能性がゼロとは言い切れない。

 通信の内容はまだ世に知られていないデジタル信号であるため、符号化した音声をそのまま送っても誰も内容を知る事はできなかっただろう。だがしかし、今後デジタル方式が普及すると、音声の再生も可能になるはずだ。

 日本では通信の秘密というのは憲法で保証されている。例え政府や警察などの公権力であろうとも侵す事ができないという事だ。この王国でも手紙の内容を検閲等するのは禁じられているが、これにマギによる通信が追加されるのは時間の問題だろう。

 そこで通信の内容は基本的にを施している。しかも、地球でも広く使われている「公開鍵こうかいかぎ方式」と呼ばれる手法を採用した。


 公開鍵とはまさしく公開される鍵の事で、これと1:1で対応する秘密鍵が存在する。暗号化とは文章に鍵をかけてロックするようなものだが、公開鍵で掛けた暗号化はペアとなる秘密鍵でしか外すことが出来ない。暗号化に使った公開鍵を使ってもダメで、秘密鍵を知っている本人だけが暗号化された通信の内容を知る事ができる。

 この方式が優れているのは、公開鍵が秘密ではないという点だ。誰かに知られて困るものではないし、誰でも公開鍵を使えば文章にロックをかける事ができる。事前にお互いの公開鍵を交換しあえば、安全に通信できるというわけだ。

 秘密鍵を知っているのは本人のマギデバイスだけで、登録時に内部で生成しているので運営である僕達すら把握していない。把握しているのは中央管理する公開鍵だけだ。よって、僕達ですら暗号化を解く事はできない。


 この公開鍵という芸術的な暗号化の仕組みは、数学の発展によって生み出されたものだ。公開鍵にはいくつかの方式があるが、一番使われているRSA方式では『大きな桁の素数同士を掛け合わせるのは簡単でも、その積を素因数分解して元の素数ペアを取り出すのは難しい』という非対称性を利用して作られている。

 それを数学が未発達のこの世界に送り出すのは多少躊躇したものの、安全というのは気を使いすぎるに越したことはないだろうと決断した。


「うーむ、なんだかわからんが、とにかく色々と対策していて会話の内容が人に知られる危険は非常に少ないわけであるな」


 質問してきた黒髭の偉丈夫が納得したようにウムウムとうなずいた。服越しでもわかる立派な体格の男性はさっさと電話の登録を終えると、先ほどからずいぶんと熱心に僕の説明を聞いている。


「いや素晴らしいのだ! これを見ると今までの手紙や伝令がずいぶんと遠回りしていたようであるな! 我輩、感服したである!」

「あ、ありがとうございます?」


 偉丈夫は大きな手で僕の手をガシッと握りしめブンブンと握手をしてきた。地球と文化は違くても握手の意味は『友好』で変わりないのだが、この男性の握手は攻撃的で力が強く、力仕事をしない僕の貧弱な手は痛くなる一方だ。

 幸い僕の苦い表情に気づいたのか、すぐに手を解放してくれた。


「ガハハ、すまぬすまぬ。つい興奮してしまったである。うむ、お詫びと言ってはなんだが、この電話というマギサービス、で全面的に採用したい!」

「えっ!? 軍ですか?」

「うむ。そういえば名乗りが遅れるとは不覚の極み。我輩の名はジャイル=ムライ! 人呼んでマスター・センセイとは我輩の事であーる!」


 ガハハハ、と豪快な笑いを張り上げるマスター・センセイことジャイルさんと出会ったのはこれが初めてのはずなのだが、なぜだか前にも出会った事がある気がする。なぜだろう。ムライという家名が日本っぽいからかな?


「は、はじめまして、僕は白石番兵といいます。白石が家名で、番兵が名前です」

「む? 家名が前に来る名を名乗るとは、お主は東から来た異国人か?」

「は、はあ、そのようなものです。この国には移民として参りました」

「ガハハ、そうかそうか! 我輩の祖先も東国からの移民者であるのだ! ここで会ったのも何かの縁かもしれぬな! うむ、よろしく頼むぞバンペイよ!」


 まさか僕の出身地の話になるとは思わず言葉を濁したが、どうやら東には家名が前に来る国があるらしい。以前図書館で地理も調べたが外国の事は詳しく書かれた本が見当たらなかった。

 それにしても、軍の関係者だと思われるジャイルさんは電話を全面的に軍で採用すると言っていた。ということは、軍の中でも立場が高い人物だという事になる。


「あの、軍で全面的に採用して頂けるということですが……」

「おお、そうであったのだ! 早速お上と掛けあって予算を確保せねば! それでは我輩はこれにて失礼するである!」


 そう言うやいなやジャイルさんは即座に身を翻して颯爽と消えていった。まるで唐突に送りつけられたパケットストームのような人だ。

 そして大量のパケットに晒された僕は呆然とフリーズするだけだった。

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