021 - hacker.enjoy(AnotherWorld);

「軍で全面採用? それはかなりの大口だな! すごいぞバンペイ!」

「まだ正式に決まったわけではないですが、非常に乗り気に見えましたね」


 広場での実演を終えて、いつも通り打ち上げと称して社員食堂に集まった僕達。強烈な印象を残していったジャイルさんの事をボスに報告すると、頬を上気させて興奮した様子で喜んでくれた。

 結果として実演形式の販売は大成功だったと言ってもよい。登録者数は軍の全面採用を除いても今日一日で三桁の大台に乗った。数十万人という王国の人口を考えると微々たる人数だが、確実に利用者を広げている手応えがある。下手な考え休むに似たり、案ずるより産むが易し、結局僕達に足りないのは行動力だったのだろう。

 マギサービスに登録しただけではお金は入らないが、電話の利用自体も徐々に増えているようだ。登録者数や利用回数を簡易的に見られるようにした統計情報で、増えていく数字が頼もしい。実演した広場の近くではチラホラと電話している人も見かけた。


「思えば、一人で悩んでいた時の事を考えると、ずいぶんと夢に近づいたものだ。ここまで来れたのもバンペイのおかげだな」

「いえ、僕だけでもやはり無理だったでしょう。ボスが会社に誘ってくれたおかげで、僕も夢の実現に近づくことができました」


 この異世界に降り立ってまだ一月もたっていない。それなのに毎日がアップダウンするジェットコースターのように楽しいのは間違いなく目の前にいるボスのお陰だった。

 もし僕がボスと出会っていなければ、一人でマギと戯れているだけだっただろう。それはそれで楽しいかもしれないが、今の楽しさとは全く別種のものだ。自分のために何かを創るのと、人のために何かを創るのでは、作っている時のやる気も、完成した時の達成感も全然違うのだ。


「なあバンペイ。私がなぜ新しいマギサービスを始めようと思ったのか話したな」

「ええ、既存のマギサービスの便利さに慣れてしまっていて、新しいものが生み出されない状況に、このままではいけないと思った、でしたね?」

「ああ、そうだ。だが、そもそも私がそう思うようになったがあるんだ。それは、私の価値観を根底からひっくり返すような衝撃的な出来事だった」


 初耳だった。ボスは珍しく自分の事を語り始めた。思えば、一緒に会社を作るほどなのに僕達はお互いの事をあまり知らない。それは、ボスが過去の事を語るのをなんとなく避けている気がして聞くに聞けなかったという事もあるが、一歩踏み出すのが怖いという情けない理由もあった。


「私の父親は王直属の諮問機関である『円卓議会』の議員だった。父は人格者として有名でな、私は小さな頃から父の背中を見て育ったのだ。この女らしくない口調も父親の真似っ子だ。両親からは散々女らしく話すようしつけられたが、自然と元に戻ってしまってな、しまいには両親もあきらめてしまった」


 当時の事を思い出しているのだろう。ボスは過去に思いを馳せて目線を遠くに向けている。女らしくないというが、柔らかい笑みを浮かべるボスは魅力的だ。


「とある冬の日だったな。私がまだ幼く非力だった頃の話だ。父は周囲から頼られることが多く、いつも多忙な日々を過ごしていた。私はそんな父に憧れと尊敬を抱くと共に、ちょっとばかりの寂しさも感じていた。まあ、子供ならよくある事だがな」


 ボスの小さい頃って想像できないな。こんな口調で話す子供がいたら嫌だけど、父親への憧れというのは共感できる。


「そこで私は一案を講じたわけだ。父の誕生日に何かプレゼントをしようとな。きっと喜んでくれる、あわよくば一日ぐらいは私だけを構ってくれるかもしれないと、わずかな期待を持っていた。……ん? なんだその目は? 私らしくないとでも言う気か?」

「い、いえいえ。そんな事は決して思っていません決して」

「……まあいい。だが、ここからが展開になるんだ。何を思ったか子供の私は、母にも、もちろん父にも何も言わずに王都の外へと一人で向かった。もちろん馬車もなく徒歩で、普段から開放されている正門を大人に見つからないように、こっそりとくぐり抜けた」

「うわ……ボスっぽい」

「バンペイ、君も言うようになったな。とにかく、父に渡すプレゼントに何がいいかを考えた時、以前に両親と行った大きな花畑の事を思い出したんだ。花を摘んで父に花束を贈ろうという、私の繊細な乙女心が……おい、笑うな!」

「ぷ、ぷふ……い、いえ、笑ってませんぷよ?」

「ぷよってなんだぷよって。ええい、話が一向に進まないじゃないか! まったく。徒歩で花畑に向かった私だが、そこは子供の足で簡単に行けるような場所ではなかった。気がつけば日が沈み始め、私は一人ぼっちで急いで来た道を戻り始めた」

「昔のボスはずいぶんと行動的だったんですね。一人で外に出て挙句の果てには迷子寸前とは、少しおっちょこちょいなところは今と変わりな……いえ、何でもありません」


 ボスの視線が怖かったので、これ以上茶化すのはやめておく。ボスの昔の話が聞けて嬉しくなってしまったのだ。少し羽目をはずしすぎたかと反省する。


「ふん……しかし、来た道を戻る最中に日は完全に落ちて辺りは真っ暗。両親の教育方針によってマギデバイスを持たされていなかった私は、明かりもない暗闇の中で途方に暮れた。しまいには、父と母を呼びながら泣き出してしまったんだ」


 何歳頃の話なのかはわからないが、無鉄砲な行動といい、小学校低学年ぐらいだろうか。赤いランドセルを背負ったボスを想像して思わず吹き出しそうになるが、何とか耐え切れた。不格好というのではなく、赤いランドセルが妙にボスに似合いすぎていた。


「頼りない月の光を頼りにとぼとぼと道を歩いて行くが、一向に王都にはたどり着かない。グスグスと泣きながら歩いていた私は、道の途中にあった石ころにつまづいて転んでしまった。地面にこすれて血がにじみだしてきた膝が妙に恐ろしくて、私はこのまま一生両親と離れ離れになるんじゃないかと思い、また大声で泣き始めた」


 ボスは言葉を切って目を伏せた。


「そこで、あの人に出会ったんだ」


「あの人、ですか?」

「ああ。名前はわからない。私が膝を抱えて泣いていると、急に頭の上から声が降ってきた。慌てて顔をあげたら、そこには全身真っ白な衣服を身にまとった女性が立っていたんだ。長い綺麗な金髪とぼんやりとした月の光があいまって、光り輝いているように錯覚した。まさしく神の使いかと思ったよ」

「なんて声を掛けてきたんですか?」

「――『なぜ泣いている』、だ」


 その言葉は。


 僕がボスと図書館で出会った時、僕がマギハッカーの偉業に感動して涙を流した時にボスからかけてきた言葉だ。


「ふふ、どうやら覚えているようで嬉しいぞ。別にあの人の真似をしたわけではない。泣いているバンペイを見たら無意識に口にしていたんだ」

「それにしても驚きましたよ。それで、その金髪の女性はどうなったんですか?」

「ああ。私がつっかえつっかえ、迷子になった経緯を説明する間、あの人はジッと身動きせずに立ったまま話を聞いていた。表情も一切動かさず、まるで彫像を相手にしているようだったよ。何とか説明し終わると彼女は一つうなずいて、マギデバイスを取り出したんだ」

「ちょ、ちょっと待って下さい! いま、真っ白って言いませんでした!?」

「ああ、間違いなく言ったぞ。その女性が持っていたマギデバイスは白かった。我々が持つ黒いマギデバイスと対照的にな。ペンキで塗りたくったというわけでもないだろう。それにしては表面に金属的な光沢もあったし、恐らく白い金属で作られているのだろうな」

「で、ですが、マギデバイスの製造は複製のマギ頼りですし、使われている材料も金と銀程度しかわかっていないのに……彼女が何者なのかが気になります」

「そうだろう。だが、その時の私にとっては一人ぼっちでいたところに現れた救いかもしれないのだ。そんな事を気にしている場合ではなかった。あの人は白いマギデバイスをピッと前に振り上げるとを呼び出して、もの凄い勢いで手を動かしはじめた。幼い頃にはわからなかったが、今にして思えばよくわかる。あれはマギランゲージを書いていたんだな」


 マギランゲージをもの凄い勢いで書き始める女性。言葉にするとシュールな響きがあるが、僕にとっては他人事ではない。

 やはりこの世界にだって、上には上がいる。電話の成功によって少し調子に乗っていたかもしれない。長い間、人と共にあったマギランゲージを研究している人がいないわけはないのだ。

 しかし、そうなってくると女性が何を書いていたのか気になるところだが。


「その場に、船が現れた」


「は?」


「船だよ。船。海を見たことがあるか? 水の上に浮かぶ船だ」

「い、いえ、船はもちろん知っていますが、船が現れたってどういうことですか?」

「言葉通りの意味だ。陸上にも関わらず、いきなり、唐突に、何の前触れもなくドスンと音を立てて船が出現したんだ。しかも、海で見かけるような木製ではなく、こちらもまた全体が真っ白で見たことのないような代物だった」

「マギランゲージで転送した……? いや、しかしそんな質量のものを転送できるものなのか? うーん、実は木製よりもかなり軽いとか?」


 ブツブツと技術的な検討を行なう僕に構わず、ボスは続けた。


「あの人はそのまま現れた船に乗り込んでいった。途中で私の方をチラリと見て、『来ないの?』と聞いてきたんだ」

「でも、陸上なんですよね? 船なんてどうする気だったのでしょうか」

「私も慌てて後ろについて船に乗り込むと、まもなく船がひとりでに動き始めた。そう、陸上なのに動き始めたんだ。まるで海原を走るように街道を進んでいく」

「えええ、一体どういう技術なんだろう……」

「しまいには、ガクンと身体が揺れると、徐々に甲板から見える景色が下へ下へと向かっているように見えた。驚いて手すりに乗り出して下を見ると、地面が遠くなっていく。今度は船は空まで飛び始めたんだ」


 地上を走り、空を飛ぶ船。どうやっているのかいまだ検討もつかないが、マギで実現しているのは間違いないだろう。どうやら先駆者はだいぶ先にいるようだ。


「まるで夢を見ているようだったが、楽しい時間はあっという間だ。下には今まで見たことのない上からの視点で王都が見えていた。やっと安心した私は、そういえば彼女にお礼を言っていない事を思い出して、なんて不義理をやってしまったのだと慌ててお礼を伝えた。しかし、彼女はこういったのだ」


『コミュニケーションなんて不要。人と人はわかりあう事などできない。私があなたを助けたのは、あなたの泣いている姿が綺麗だと思っただけ。私は私がやりたい事をやっただけ。それだけの事に感謝される筋合いはない』


「冷たい言葉だったが、そこには確かに気遣いも含まれていたように思う。戸惑いながらも、見たこともないような船まで作ってくれたじゃないかと言い返すと」


『このを作ったのは、作れるかなと思ったから作ってみただけ。私は新しいものを作る事に価値など感じない。そんな事は誰にだってできる。できるはずなのに、みんなやらないだけ。せっかくマギデバイスという機械を普及させたのに、誰も自分で新しいものを生み出そうとはしない。つまらない』


 聞き捨てならない言葉が出てきた。


「マギデバイスというを普及……!?」

「ああ、そうだ。確かに彼女はそう言っていた。機械とやらが何なのか最近までわからなかったが、バンペイの持っていた『スマホ』も機械だったな?」

「え、ええ、そうですよ。僕の故郷では誰でも持っているほどに普及しているものですが、こちらの国に来てその単語を耳にしたのは初めてです」

「うむ。彼女はバンペイの故郷の出身者なのかもしれないな」

「いえ、それは……考えづらいというか……それに、マギデバイスを普及させたってどういう事なんでしょう。もしかして、マギデバイスの作者?」

「その可能性は高いだろう。しかし、どちらかというと普及の手助けをしたというニュアンスの方が強いようにも思える。作者なら『マギデバイスを作った』というところだからな」

「確かに……どちらにせよ、マギデバイスの作者の関係者なわけですね。それで、その人は一体どうしたんです? ずいぶんと厭世的というか、新しいものを作る事に価値がないなんて反論したくてウズウズします」

「そうだろうな。残念ながら話はここで終わりだ。私は船から降ろされて無事に王都へと帰ってきた。あの人はどこかへと消えてしまった」


 その人の居所がつかめればマギデバイスの謎が大きく解明できそうなのに、残念だ。


 新しいものに価値がないといいつつ、最後には「つまらない」と言って誰かが新しいものを作る事に期待しているようにも思える。なんとも天邪鬼な女性だ。


「そして私は、この世界のあり方に疑問を覚えるようになったわけだ。誰もがすでにあるものをありがたがって、新しいものを作ろうとしない。そんな世界は言われてみれば確かにどこかおかしい」


 ボスの情熱の大本は、その謎の女性との出会いにあったのか。


「本来なら私も議員の道を目指していて、両親もそれを応援していたんだが、私には新たな夢が出来てしまった。両親と大げんかして飛び出してきたというわけさ。おかげで貧乏生活に転落したが、今はバンペイと会社を経営するのが何よりも楽しい」


「ボス……僕も、楽しいですよ。前にいた会社はいつも切羽詰まっていて、全然楽しむ余裕なんてなかったんですが、ここに来て、ボスやシィ達と会えて……本当に」


 一言一言を噛みしめる。ここに来てからの楽しかった思い出、ブライさんとの出会い、バレットとの闘い、シィとの会話。

 どれもこれも、考えられなかったぐらいに楽しい。辛い事だってあったけど、みんなでサービスを作り上げるのは、それとは比べ物にならない楽しさにあふれていた。

 いつの間にかこの会社が好きになっていた。マギサービスを作るのが生きがいになりつつある。どうやら僕は、この世界にどっぷりとつかってしまっている。



 せっかく会社の話になったので、どうしても聞きたかった事を聞いてみる事にした。



「ボス。一つ聞きたかったことがあるんですが」

「な、なんだ、唐突だな」



「非常に大事なことです。心して答えてください」

「う、うむ。なんだ、なんでも聞いてくれたまえ」




「この会社の名前、なんていうんですか?」


//----

// Chapter 01 End.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る