第3話 冗談は通じない2

 もうもうとあがる土煙に、少年たちは硬直していた。何が起きたのか全く分かっていない、人を威嚇することも、嘲ることも忘れた顔は、年相応に幼く見える。


 爆発源は、少年たちの戦利品の真横だった。土煙が夜風にさらわれて消えた後には、ぽっかりと穴が開いている。直径が大人の身長ほどもある、大きな穴だ。半端な爆発ではない。

 そこに何か、爆発するような物があっただろうか? ――そんなわけがない。安全でなければならない公園に、そんな物があるわけない。彼ら自身も、爆発物なんて持っていない。

 財布の山の上にいたはずの猫が消えている。少し離れたところで鋭い息を吐きながら、少女を威嚇していた。うまく逃げたようだ。少女は苛立ちまぎれに舌を打ち鳴らした。


 固まった少年たちを見て、少女はつぶやいた。

「しまった、説明の途中だった」

 顔をあげると、淡々と語りだす。

「お前たちが先週カツアゲして財布を奪った少年がいます。誰のことだか覚えてないだろうが、バットで殴られて右腕を骨折した彼の恋人が、お前らに仕返ししてくれと依頼してきたので、あたしがあんたたちを痛めつけて警察に突き出すこととなりました。――ちなみに余談ですが、その少年は苦学生で、学費と生活費のたしにする予定のバイト代をお前らに持ってかれた上、予定にない医療費が増えて大変非常に困っているらしい」

 海外ドラマの刑事が「お前には黙秘権がある」と言うときのように、棒読みだった。

「ついでに言えば、あたしは今かなりイライラしています。と言うわけで――運が悪かったな。逃がしゃしねえから、覚悟しろっ」

 どこか喜々としている少女の言葉に、訳も分からないまま、少年たちは逃げようとした。けれど、そんなこと許してもらえるわけもなく。

 再び――爆音。



 遠く、サイレンが聞こえる。ご近所さんが呼んだのか、公園にいた誰かが呼んだのか。

 逃げようとした少年たちは、何かに足をとられて転び、あるいは爆発に追い立てられて逃げ回り、疲れきったところを吹き飛ばされて、広場のすみにまとめられてひっくり返っていた。

 大きな外傷はない。とにかく驚き怯えて、疲れきっていた。外傷よりも余程効果がある。


「お主、その少年の恋人から、依頼料もらうつもりなのか?」

 問いかけてきた猫を無視すると、都雅はひらひらと舞っていた生身の紙幣を、無造作に数枚掴んだ。そのまま何事もなかったかのように立ち去ろうとする。

「お主っ、やはりそういうつもりで――」

「うるさいって言ってるだろ。仕事は仕事。依頼料は依頼料」

 依頼してくる側に理由があれば、こちらにも事情がある。働いた分はもらう。

「……だけど、依頼人が盗られたのと同じくらいの額と、プラスアルファの治療費が、盗った奴のとこから返ってきたって、別に構わないだろ」

 今日この日に金を取られた人には災難だが。カツアゲされて、生身の金を数枚持って行かれたのなら、元の金額が戻ってくるとは限らないだろう。勝手に決め付けると、都雅は数枚の一万円札をスカートのポケットにねじ込んだ。

 放っておいても警察が来る。自分の出番はここまでだ。居残って余計な嫌疑を受けることもないし、言い逃れたところで、彼女自身が補導される。

 都雅は、再び宙に舞い上がった。慌てて猫が肩に飛び乗ってくる。

 見下ろすパトカーの赤い回転灯シグナルは、くるくると回って、鮮やかだった。夜を騒々しく照らしている。集まってきた人間たちも、明かりの中にちかちかと見えた。助けを求めて悲鳴を上げたって誰も駆けつけないくせに、こういうことには野次馬根性むき出しで、勝手なものだ。黒山の人だかりは、闇が滞っているようで、気持ちが悪い。


 騒ぎを下に見ながら都雅は、何か言いたげな黒猫に問いかける。

「結局お前の用事ってのは、なんだったんだ」

「おうおうそれだ。わしの飼い主の一家が、今度の日曜の夕食へお主を招待したいそうじゃ。必ず連れてくるように言われての」

「……なんだそりゃ」

 あきれた声が出た。この猫の飼い主の一家とは、大して面識があるわけではない。

 都雅は魔道士として、問題解決を請け負う仕事をしている。その依頼の内容は実にさまざまで、今回のようにやっかいごとを片付ける力仕事であったり、興信所のように人探しもする。そして一番多いのが、怪奇現象の調査だ。

 無報酬で働かないのが信条だが、その実、通りすがりにうっかり人助けをすることがあった。そのうち一件が、菊という名のこの猫の、飼い主の少女にからんだことだ。


 そもそも菊は、野良猫には住み難いこのご時世、化け猫のくせにのたれ死にしかけていたところを、その少女に拾われ、普通の猫のふりをして飼われていた。

 そんな中、少女が捨てた人形が少女を恨んで、復讐しようとする事件があった。前兆を悟った菊が、都雅に飼い主を救うよう依頼してきた。――学校の帰り道、しゃべる猫に対し、つい普通に返事をしてしまったのがまずかった。しつこく付きまとうので、仕方なしに手を貸してやったのだ。後で飼い主から依頼料をもらおうと思っていたが、もらいそびれてしまった。大抵は、そのまま終わりなのだが。

「お主に礼がしたいのだそうだぞ」

「お前の飼い主は、この間も、お前にお菓子を届けさせなかったか」

「あれは美佐子ちゃんが、クッキーを焼いて友達に配ったから、おぬしにもお裾分けしたいとか言うておったものでな。わしの方から、届けてやろうかと言ったのじゃ」

「だから、それが変だって言うんだよ」

 猫も猫なら、飼い主も飼い主だった。あの一家は、変わり者の集まりだ。

 人形の一件で、この猫が化け猫だと分かったのに、相変わらず飼っているようだ。その上、得体の知れない通りすがりの魔道士を、食事に招待したいなどと言う。


「めんどくせーな」

「そう言うと思っておったぞ。だが、仕事の依頼もあるようじゃ。お主に頼むのは気が引けると言うておったが、仕事ならお主もぶちぶち言わずに来るじゃろうと、わしが説得した。報酬も多分たんまりもらえる」

 確かに仕事の依頼なら、めんどくさいが仕方ない。だが、猫の知ったかぶったような態度が気にいらない。

「そう簡単に人がうなづくと思うなよ」

「日曜にお主がちゃんとあの家に出向くまで見張っておるから、そのつもりでおれよ」

 冗談じゃない。都雅の心底からの願いなど、聞き入れてくれそうにない。

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