16.ベストアンサーじゃないんだからね!Ⅰ
妹の路上ライブでオリジナル曲を披露してもらった翌朝――
携帯がメールの着信を知らせる。
「今朝はカバン持ち出来ないです。すみません」
箕面……俺の舎弟かよ。
けなげなやつだ。
今度ヤンキーなブレスレットをプレゼントしよう。
ちょうどカバンに入ってたっけな。
そして今朝も早めに登校準備、松葉杖で学校へと向かうのだ。
いつになったらこれ外せるんだよ。
もう金曜日だぜ。
明日は休みだぜ。
今日院長センセーにちゃんと聞いておこう。
固定で靴が履けねえから右足だけサンダル。
さみーんだよな。
早く夏になんねーかなあ。
寒いのは嫌いだ。
そうですよね。
暑いのも嫌いだろ?
どっちも嫌いだよ。
うんうん。
俺はわがままだね。
そうですよね。
脳内一人コミュニケーションをしながら高校への坂道に差し掛かった時のこと。
俺は上原と遭遇した。
「よ、よう」
「ふんっ」
あいかわらず
なんとか許してもらえねーのだろうか。
パンツか?
胸モミが悪いのか?
チューか?
どれも不可抗力だ。
ラッキーだなんて思ってない……こともない。
とか考えながら上原を見ていると、ふと気づく。
「あれ? 上原、今日はなんか雰囲気違うんじゃね?」
「え?」
制服はいつもの制服なのだが、こないだより大人っぽいというか、美人だ。
「大人っぽいというか……」
ううぅ。
どうしてもまたイモって、美人だと言う言葉が言えない。
「あ、ありがと……」
上原は少し照れた素振りで言った。
てか、上原が素直にありがとうだとー!?
地球なくなるんちゃうんかー!?
まさか昨日のりぃの歌、魔法の詠唱だったのか!?
俺は辺りを見回すが、いつもとかわらない穏やかな街並み。
「なっ、なによ!」
「や、女王様のグーパンが飛んでこないから、地球が終わるのかと思いまして」
「意味わかんないんだけど!」
何が変わったんだろうか。
俺はウォ○リーを探せ的な感覚で、少し下がって上原を見る。
「あー、髪切ったとか?」
「ぶー、ハズレね! でも違いに気付いただけでもなかなか男前じゃない」
上原はアゴを突き出してハン○ックポーズをとる。
えらそうだな。
さらりと男前って言われたことも気にしない。
俺はクールだかんね。
別に嬉しくなんかナインダカラネ!
そりゃ気付くさ。
いつも陰から見てたからな。
三丁目のストーカーじゃないよ。
引かないで。
「今日はメイクを少し変えてみたのよ」
「メイクって化粧か? そんなに雰囲気まで変わるもんなのか?」
「メイクはね、いつもと違う自分になれるのよ。コンプレックスを隠せるだけじゃなく、内面からなりたい自分になれる武器なの。口紅を変えるだけでも華やかになったり、おしとやかになったり」
「そんなもんなのか?」
そうですよねとは同意しにくい話で、俺は疑問に思う。
「綺麗になりたいってゆーのはね、女性にとって、いくつになっても続く願いなのよ。自信につながる最大の武器。メイクは社会に出たらエチケットでもあるのよ」
そういや、昔テレビで、老人ホームのお婆ちゃんに化粧をしたら元気になった、なんて番組やってたっけ。
ほんまかいなと思ったが、鏡を見て喜んでる婆ちゃんの顔は、本当に嬉しそうだった。
「そうだよなあ。じゃあお前にもコンプレックスとかあるってことか?」
「あるわよ! もっと小顔になりたいし、鼻も高くなりたいし……って、何であんたなんかに言わなきゃならないのよ!」
んー、十分可愛いと思うが。
あれだ、細い女子が『私ダイエットするの』とか言ってたりするのも理解できん。
女心はよくわからんのだ。
「だから色々と化粧を試してるのか?」
「それもあるけど」
上原はスカートをなびかせながらクルッと回転し後ろを向いた。
春風に美しく舞う桜の花びらと美少女。
絵になるなぁ。
「可愛くなりたいとかさ、仕事やプライベートでも魅力的な女性になりたいとか、自分に似合うメイクを知りたいとか」
顔だけ俺のほうを振り向いて上原は続ける。
それは破壊的な上目づかいで――
「そんな女性の夢を、叶えてあげる人になりたいの」
上原はそう言い放った。
「……」
それが上原の夢なんだな。
本気なんだな。
下心抜きで見惚れてしまう。
「お前、かっこいいな」
「ふふん。『B.A.』って言うのよ。ビューティアドバイザー。それが私の夢」
真っ直ぐな瞳で俺にそう言い放つ。
将来か。
こいつはもう歩き出してる。
まだ卒業まで二年もあるし、なるようになるだろと考えていた俺がちっぽけに思える。
上原は俺のほうに向き直り、グイッと顔を近づけてきた。
「今日の私は大人っぽく見せるメイク。アイラインを少しハネあげて、チークを斜め入れ。ほら、ここ」
「……」
ちかいちかいちかいちかい!
いい匂い!!
俺は目線を逸らす。
「ちょっと聞いてんの!?」
「顔がちけーよ……」
俺と上原は至近距離で見つめ合う形になり、だんだん上原の顔が赤くなっていく。
視線を落とす俺。
化粧のせいか、上原の唇はぷるるんとして色っぽい。
いつかのファーストキッスが甦る。
「うぶしぇっ!」
ここでグーパンかよ!
「今エロいこと考えてたわね! この変態! バカ! アホ! チャラ男! クズ男! 死ね! 下水道でひっそりと死ね!!!」
すげー。
罵倒の魔女か。
よくもまあそんな綺麗な口から汚い言葉が出るもんだ。
「つか、化粧でそんなに変われるもんなんだな」
「悪かったわね! メイクしないと見れない顔で!」
いやいや、そんなことは言ってないんだけど。
難しいなぁ。
恋愛テクの龍玉くださいよセンセー。
しかし、上原は良い香りがしたぜ。
夢も真っ直ぐだし、惚れ直すよマジで。
めちゃめちゃ可愛いよ。
「めちゃめちゃ可愛いよ」
「かかかかかかかか、かわ……はぁ!?!?」
スッと言えるじゃねーか俺。
あれだけ罵倒されたから開き直ったのか。
「あんたねえ! こないだもそんな事言ってたわよね! 女ったらし! あたしはそんな安い女じゃないんだからね!」
ちょ、女ったらしって。
上原だけに垂らしたいんだが。
チャラ男認定。
そんなん生きてて初めて言われたぞ。
「チャラ男じゃねーし」
その言葉が届くこともなく、上原は坂道を駆け上がっていく。
途中で振り向いて上原は言う――
「早く足治しなさいよね!」
上原は、べえーっと舌を出し片目を引っ張っている。
俺は軽く手を挙げて「あぁ、サンキュー」と返事をする。
今のは気遣いと受け取っていいのだろうか。
うーむ。
まったく理解できん奴だ。
俺は鈍感な主人公ではないので、少しは好感度上がったんだと取っておこう――
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