08.社長への裏口入学Ⅵ

 「では今日は一つ目の裏技を」

「一つ目……」


 期待に胸を躍らせる俺。

 手っ取り早く社長になるための、その裏技だ。



「それは『褒めキング』になれ、です」

「そげキング?」

「ウソ○プではないです。とにかく、良いなあと思ったら全て口に出すということですね。TPOなんてクソ食らえ」

「褒めるってことっすか? でも俺、すぐ人の悪いところ見てしまうっつーか、嫌いな奴とか褒められないんすけど」

「それはそれでいいです。まずはそのままで」


 俺はてっきり、他人の良いところを探せみたいなのかと思ったのだが。

 アドラーとかコヴィーとかの本も読んだが、理解はできても実践できなかったから。


「悪口から下心まで何でも考えていいですから、全て浮かんだ言葉の中で『褒めことば』に該当したら、すぐ口に出してみてください」

「でも……」


 でもコミュニケーションの苦手な俺に出来るのかよ。

 でもTPO無視ならいけるのかな。

 でもなー、うむむ。


「『でも』はいいから、やれよ」

「ひ、ひゃい!」


 急にメガネを光らす院長の覇気に当てられて意識を失いかけるも、とりあえず興味持ったら何でもやりたくなる俺は、その一つ目の龍玉を貰うことにした。


「はい。固定完了。続きのお話はまた次来たときですね。お大事に」


 もとの顔に戻った院長が足の固定の巻きなおしを完了させ、俺を待合へと帰す。


 箕面の横に座ろうとした時、ちょうど自動ドアが開いた。


「すみません! 遅くなりました!」


 上原が制服姿で入ってくる。

 放課後面談だったのだろうか。


「あ、上原さんこんにちは!」


箕面がそれに気づいて挨拶をしたので、俺も声を掛ける。


「よ、よう……」

「あら、こんにちは、箕面さん」


 はい、スルーです。

 上原は箕面にだけ笑顔で挨拶を交わす。


「ふんっ、変態はしゃべりかけんな」


 キリッと俺を睨む上原。

 可愛いなぁ……

 じゃなくて!

 俺だって患者なんだから挨拶してくれてもいいじゃんか。

 しゃべりかけんなとか、豆腐メンタルの俺が傷ついて引きこもったらどうすんだよ。

 俺が何かしたってゆーのか?

 ちょっと胸揉んでチューしてパンツ見たぐらいじゃねーか。

 小せえことで怒ってんじゃないぜ。

 今の時代、全部妖怪のせいかもしれないだろ。

 まあそれを差し置いても、


「可愛いから許す」

「は!? ななな、なに言ってんのよっ!!!」


 上原が頬を赤らめながら目を大きくして俺を見ている。

 こんな感じか?

 龍玉を使ってみたんだけど。

 てか、めっちゃ恥ずいこと言ってねーか俺!


「お、おっす上原……」


 改めて挨拶をする俺。

 やべえ、褒めてそれからどうすんのよ?

 タスケテ!?

 箕面は横で目をパチクリさせている。

 そんなキャラだったっけ?

 とでも思っているのだろう。


「あああんたに褒められたって、べべ別に嬉しくなんかないんだからね!」


 そうきましたか。

 釘様の属性なのね。

 これは良い反応のしるし。

 二次元で何度となく出会ったあれじゃねえか。

 満更でもなさそうな照れ隠しに萌えるぜ。

 ツンデレは本当に好きな人にしかツンツンしないんだぜ。

 上原ってば。


「お前……もしかして俺のこと好きなのうびゅしぇ!」


 グーパンが飛んできた。


「しねっ」


 仮にも医療関係の受付が言う言葉か。

 と思いながら俺はその場にヘニャりこんだ。


 てかストレートに褒め続ける奴なんて漫画の主人公にもいねーじゃん。

 そんなの箕面ぐらいの立ち位置じゃねーか。

 ちゃらいサブキャラかモブ止まり決定だ。

 現実世界にズイっと戻される俺は、肩を落としながらそんなことを思う。

 ええもん。

 俺はズルしてでも勇者になってやるぜ。

 明日からはチートを使いながら、スリルとサスペンスに溢れる毎日だ。

 くっくっく。


 上原は院長センセーに呼ばれて、今のはさすがにマズイよーと叱られている。

 うんうん。グーパンはまずいよ。

 しゅんと小っさくなっている上原がここからも見えた。

 院長と目が合うと、俺に向かってグーサインをしている。

 今の俺は良かったぞってことか?

 大人に褒められることのない俺だから、なんだかニヤニヤなるじゃねーか。


 やっぱり俺は社長になって金持ちになって崇められて、女垂らして酒池肉林したい。

 今日改めて決めた。

 わくわくしてきたわ。

 この心臓が少し高鳴る感じは、快感そのものだ。


 箕面に、『頭の病院行く?』とか心配されながら待合で待っていた。

 すると上原がスタッフルームで着替えを済まし、奥さんと受付を交代した様子。

 会計に俺を呼んだ。

 箕面は俺の鞄を持って、俺の嫁かのように付いてくる。


「今日は箕面さんも治療? また怪我したの?」

「ううん、今日はゆーまの付き添い!」


 箕面さんとは仲よろしいことで。

 箕面さん……?

 ああ、そういや『箕面みのおひなた』は高校二年生で、俺は一番の男友達って思ってる奴。


 無造作ショートカットにスニーカー、ブレザーにパーカー、チビっ子で少年のような笑顔をするこいつは――


 いちおう『女子』だ。




 episode 『社長への裏口入学』 end...

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