07.社長への裏口入学Ⅴ

「先生! 助けて!!」


 その声量のせいか、院の空気感に当てられてか、抱かれた子供が急に泣き出し周囲の視線を一斉に集めた。

 さっきまで受付にいた院長夫人が一瞬で飛んでくる。


「どうされました!?」

「この子の手を引っ張ったら急に泣き出して! 手を動かさないの! 私のせいだわ! どうしたらいいの……」


 目を潤ませながら院長夫人に訴える母親のもとへ、院長がやってくる。


「どうも、院長の影月です」

「先生! 助けてください!! お願いだからこの子だけは!」


 院内に響き渡るその声は、まるで魔物に襲われた子を守る母親のようだ。

 って考えてしまう俺はWEB小説の読みすぎか。

 助けてあげて治癒術師さま!


「あー、よしよし」


 院長はその子の右肩や腕を触っていく。


「ふむ。肘の脱臼ですね。いきますよー」

「ビエー! アビャー!」


 泣いていることには構わず、笑顔で院長はクルっと子供の右腕を捻った。


「ビエー! アビャ?」

「ほら、もう大丈夫。あ、百瀬君そこのアンパン○ン飴とってくれる?」

「え? は、はい」


 待合室に置いてあった飴を俺から受け取った院長が、子供の脱臼したほうの手に渡す。


「きゃっきゃっ、きゃっきゃ」


 大粒の涙がまだ頬に残ったまま、子供は何事もなかったように飴玉を口にほりこんでいる。


 なにこれすげえ。

 治ったの?

 箕面も呆気にとられながら一部始終をぽかんと見ていた。

 誰よりも唖然あぜんとしていた母親が、正気に戻ったように頭を下げる。


「あ、ありがとうございます! 良かったねりょうちゃん。良かったね……」


 子供が泣き止んだと思ったら、安堵あんどからか母親が泣き出した。


「何かあったらまた先生のとこにおいで。すぐ治してあげるからさ」


 院長は終始笑顔で、ものの一分の物語を終わらせた。

 あとから聞くところによると、肘の輪状靭帯とやらが外れただけとかいう軽いものらしいのだが、これはカッコよすぎだろ。

 母親をはじめ、その場に居合わせた患者や奥さんまでも、院長を見る目に崇拝の色が見える。


 親子が帰るとまた院内はいつもの空気に戻り、患者と院長や奥さんの気さくな笑い声で包まれた。



 俺の順番がやってきて、センセーに固定を外してもらう。


「やっぱり皮下出血が降りてるね、まあ二週間もしたら引くから安心していいよ」

「う、ういっす」


 さっきのを見たせいか、センセーの白衣が眩しくみえる。

 オーラか?

 覇気だせるのか?

 綺麗な奥さんに、名声までも手に入れて。

 なんともうらやましい人生ですね。

 ちくしょ。


「あの、駐車場に止めてあるカイエンって先生のっすか?」

「ん? ああ、そうですよ。百瀬君は車に興味あるんですか?」


 チッ、勝ち組かよ!

 いかんいかん。

 俺ん中の皮ん肉マンが舌打ちしよった。


「先生はいいですね、金も名誉も手に入れて酒池肉林な上に綺麗な奥さんですか」

「あはは、おもしろい言葉出てきますねえ。百瀬君は将来は何を目指してるんですか?」


 何をって言われても、とりあえず世の中は顔か金だから、金持ちになれば何でも出来ると思っているんだが。


「俺も何かで独立して酒池肉林したいっす」

「おぉ! 確かに今は高校生企業家というのもいるそうですしね。ぜひ君にも活躍して欲しいものです」


 ニュースでたまに高校生社長という特集をやってたりする。

 ほとんどがIT関連だ。

 だが、俺も某メッセージアプリのスタンプ開発で一儲けとか考えてやってみたが、これまた絵の技術が必要で面倒臭くなり放り投げた。


「何の会社やりたいかも特にないんすよ……実際、口だけで何もできないと言われてもその通りだったり」


 担任や親の顔が浮かぶ。

 成功してる人の前だと自分がちっぽけに思えてくるわ。


「そうですねぇ。本気で開業するなら、事業計画や資金、経営学から法律とかいっぱい必要なことがありますよ。それに未成年の開業は色々大変ですから。個人事業主としてなら開業自体はすぐできますけど、経営していくにつれ何かの契約の度にまた違う書類が必要になったりと面倒臭いですね。それでも頑張れるなら――」

「いや……俺飽き性だから勉強とか辛くて」


 俺なりには本屋に行って、独立開業のやり方や経営学の本を手にしてみたことはある。

 ドラッカーだとかジョブズだとか。

 必要なんだろうけど正直やりたい会社もない今、何の役にも立ちそうになかった。

 実感が沸かないので覚えようって気になれず、スッと本棚に戻した過去がある。


「まあ、知識のないまま開業して大儲けしてる人もいますけどね。僕みたいに」


 自分で言っちゃったよ。


「そんな儲かってるんすか?」

「いやあ、この院はちゃんとした急性外傷だけをみるってゆう、業界を変えるための夢があってやってるからね、儲けなんて雀の涙ですよ。実は僕は他にも介護等の事業展開してるんです」


 ふむ、そっちが知識のないまま開業した方なのか。


「じゃあ、どうやって社長になったんすか?」

「百瀬君、社長への入学、教えて欲しいですか?」

「裏口っすか!?」


 社長への裏口入学て。

 なんと魅力的な……いや、悪そうな言葉だ。

 俺も魔王の道に――


「いっときますけど、法に触れることとかはしませんからね。七つのことをやって願いを叶えるだけです」


 おっと、心の声聞こえてましたか?

 だが、てっとりばやそうなの万歳!


「教えてください先生。その七つのドラゴムボール集めてみます。オラに力を全部くれ!!!」


 チートくれチート。


「いいでしょう。言葉で教えるのは簡単なんですけどね。どうせなら僕も楽しみたい……いえ、応援したいので、実践しながら七つをクリアしていってください。ただし、理由を聞くの禁止。社長になるまで内容他言禁止。途中で止めるのも禁止。破ったら君が上原さんの事好きな件、高校じゅうに言いふらしますからね」

「ちょ、なんでバレてんすか!」


 誰にも言ってないのに!

 しかし、経営の本読まなくていい、実際に院長さんも成功してる、升的な裏技、これはやらない訳にはいかない。

 なにより、好奇心をくすぐられる。

 そうゆう厨二的な発想は大好きだ。


「了解っす。やりますよ!」


 そう言うと先生は固定の手をとめて、真剣な面持ちで話しだした。

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