第26話 シンジツモトメ

 とりあえず、このまま喫茶店でだらだらとしていても仕方ないのだが……。

 飲みかけのミックスジュース、アイスコーヒーを消費するまでは仕方ない。


「すみませんねぇ、あのこは、両親の話になると……」

 と、そんな俺達に話しかけてきたのは、喫茶店のマスターだった。

「ああ、僕はね、玲奈の叔父なんですよ……」

 と、びっくり仰天の告白を受けて……。玲奈先輩について……。彼女のあの態度について説明してくれた。


 なんでも、玲奈先輩の両親は彼女が小さい時に夜逃げ同然で逃げ出したらしい。その理由までは教えてくれなかったが、まあ夜逃げというくらいだから借金がらみ、本人ではなくても保証人になってしまったとか、いろいろ想像はつく。

 で、そこからが問題。

 まだ、幼かった彼女はその事実を受け入れきれず……。両親は死んだものだと思い込んでしまったらしい。

 優しかった両親が、自分を置いて居なくなった……。そんな残酷な事実を受け入れきれず……。それならばいっそ死んでしまっているほうが……。屈折してはいるが、幼い子供の考えること。ありえないことではない。

 その後彼女は叔父であるマスターの家に引き取られた。

 マスターは、事前に両親からそれとなく……、もしもの時は玲奈先輩を頼む、というようなことを聞いていたらしい。

 つまりは、玲奈先輩の両親は生きてるってことだ。

 生きている人間から霊的なメッセージが発信されるわけはない。

 玲奈先輩がエスパー仲間である可能性がぐんと高まった。

 マスターいわく、元来思い込みの強い性格で、癇癪持ちだったという玲奈先輩。

 両親の話になると、自分の意見を曲げず、生きているということをそれとなく伝えると、途端に精神のバランスを崩し、ヒステリックに泣き叫んだり、壁に向って会話をしだしたりと。

 幽霊が見えるなんて与太話を話半分に聞き流し……。

 それで、叔父であるマスターも、自然とそのことに触れないようにしてきたんだって話だ。

 そんなこんなで今に至る。


「じゃあ! 御両親を探し出せば!」

 と、はりきりだす武藤さん。マスターに手掛かりなんかを聞き始めた。

 だけど、実の兄弟とはいえ十年以上も音信不通。

 どこで何をしているのかはさっぱり。あれ以来連絡もないという。生きていたとして……、遠い街に居る可能性もある。探し出そうったって無理な話だ。

 なんとか聞きだせたのは、玲奈先輩の両親の名前と生年月日、その風貌など。

 あとは、思い出話に浸ったり、初対面の俺達に向ってそんな話をしている自分に気づき、恐縮したりというマスターとしばらく話して、俺達は喫茶店を後にした。

 ちなみに、――俺達は辞退しようとしたんだが――、玲奈先輩の後輩ということで、会計はさせてくれなかった。

 よかったら待て来てくれ、あんな姪っこだが、仲良くしてやってくれというマスターの言葉にどうしたもんかと戸惑いながら……。


「なんか、複雑だな。思っていた以上に……」

「でもね、やっぱりおかしいよ。可哀そう、玲奈さん……。きっと……ほんとは会いたいはずなんだよ。生きてるんだったら。意地はっちゃってるんだよ。自分に。だから霊能者なんて……」

 う~んと考え込んだ武藤さんは、

「決めた! あたしたちの力で、玲奈先輩のお父さんとお母さんを探し出そう!」

 とか言いだす。親切心からなのか、今後のえすぱあ集団の結成を目指してのものなのか。

 おそらくは、前者だろう。

「そうと決まれば……」

 俺の了解は自動的に、非接触式のICカードによる改札の通過なんかよりもするっと得たものとして話を進め出す武藤さん。

「だけど……どうやって探すんだよ?」

「そこは、あれよ。えすぱあ集団なんだから! ……二人だけだけど……」

 知らぬ間に結成されていたえすぱあ集団。団長、武藤さん。団員、俺の約二名ね。

「あたしたちの超能力で……」

 いやいや……。役に立つのって、武藤さんの鍵の開け閉めぐらいじゃない? 俺は少なくとも役にはたたねぇ。

「だって……、超能力者が主役で探偵みたいなことしてる漫画とかあったじゃない! なんだっけ? サイコメトラーなんとか……」

 たしかにあったね。だけど……。

「そうよ! サイコメトラーが居ればいいのよ! サイコメトラーなら残留思念を読み取って、地道に……だけど、手掛かりを集めつつも核心に迫っていけるよ! そうだよ!」

 で、俺達二人ともそんな能力ないけど……。

「特訓する?」

「ああ、サイコメトラーに心当たりがあれば……」

 あるんだけどね。実際。

「そうよ! 玲奈さん! 彼女の力を利用すれば……」

「協力してくれるわけないよ。彼女が自分でその能力を否定しているんだから……」

「そこをなんとか!」

「いや、俺に頼まれても……」

「そうよね! 彼女がえすぱあだって、理解させればいいのよね!」

 そういう手もあるよね。だけど手段は?

「例えば……、そうだ! ミーちゃんの力を借りよう! ミーちゃんならあたしたちよりも探偵向きよ! だって真犯人が居たってその思考を読んでずばり、『犯人はお前だ!』ができるんだから!」

「まあ、犯人が身近にいた場合はそうだね。だけど……、今回の場合はどうすんの? 玲奈先輩の両親を見つけるまで日本中の人の心を読ます?」

「それは……、あっ! そうだ! ミーちゃんって超能力者の心は読めないよね! だから、玲奈先輩の心が読めるか読めないか試してもらって……」

 それだけで納得する相手じゃないと思うなぁ。心が読めるならまだしも読めないからって、あんたは超能力者だって言ったところで説得力は皆無だ。

「ああん! もう! 玲奈先輩が協力してくれたらいいのに! そしたらお父さんもお母さんもすぐに見つかるのに……」

「それには両親が生きてるってことを納得させる必要があるぞ!」

「だから! 探すのよ!」

「どうやって!」

「玲奈先輩のサイコメトリーの力よ! それしかないわよ!」

 ……堂々巡り……。


 そんなこんなで、人けのないのをいいことに喫茶店のすぐそばの路地に居座っている俺たちの元へ意外な人物が姿を表した。

 オカルト研究会の部長安藤さん。

「何をしてるんだい? こんなところで……」

「いや、ちょっと……」

 と口ごもる俺。

「ああ、部長。さっきまで玲奈さんとそこでお話してたんです……」

 そのまま答える武藤さん。二者二様。

「そうかい、で、その葉月くんはもう帰ったのかい?」

「なんか怒らしちゃったみたいで……」

 ことの顛末を話しだす武藤さん。素直に聞いてくれる安藤先輩。


 …………。


「なるほど……。彼女の力を利用して彼女自身に両親を見つけ出させる……か……。それはいい考えなのかも知れないね……」

「でしょ? でしょ?」

「だけど……、それは難しいだろうな……」

 やっぱり……。

「彼女が安定して自分の力を発揮できないってのはさっき部室でも言ったよね。それには……僕の責任もあってね……」

 なんて、頼んでもいないのに、自らの傷ともいえる事件を語ってくれだす安藤先輩。

 それは、彼の、彼の妹のお話。

「僕にはふたつ違いの妹が居たんだ……。妹も……、不思議な力を持っていた……と思う」

 さっきは超能力者に心当たりがないなんて言ってたくせに……。と突っ込むのはさすがにしない。こちらはこちらでヘビーなお話だ。

「だけど、ある日突然いなくなってしまった……」

 なんでぇ、この町は。失踪事件が流行ってるのか? 治安が悪いのか?

「僕たちがまだ小学生の頃なんだけどね……。まあ、その頃から、僕は葉月くんと家も近所でよく遊んでいた。特に葉月くんと妹は気が合ったみたいでね。実の姉妹のように仲が良かったんだよ。

 さきに超常的な力を発揮したのは葉月くんだったんだけどね。叔父さんは現実主義者で……、葉月くんの言う霊現象だの、幽霊からのメッセージだのというのは取り合わなかったんだが、妹はそのころそういった話が大好きで、怖いものみたさっていうのかな? 事故があった場所とかそんなところによく行って葉月くんの霊視……をまあ楽しんでたんだ。不謹慎な話だけどね。そんなことを何度かやっているうちに……、あるときポルターガイスト現象っていうのかな? そういうのが起こり出した……」

 それも……、玲奈先輩の能力? 念動力? 無意識で……。

「初めはそう思ったさ。だけどね、家に帰ってからもちょくちょく起こっていたんだ。僕と妹のふたりしか居ない時を見計らうように……。もちろん葉月くんとは家が近いとは言っても、同じマンションだとか隣同士だってわけじゃない。それなりに距離があった。その時から、そういったオカルトに興味を持っていてね。僕は。いろいろ調べてみたんだが、どうも葉月くんが起こしている現象ではない。では僕なのか? いや、そうじゃない。妹が無意識で能力を発揮していた……。なぜなら……消去法だよ。僕が居ない時、葉月くんと妹のふたりで、心霊スポットなんかに行ったときにもポルターガイスト現象は発生していた。つまり、僕が原因ではない。葉月くんが居ない時、僕と妹しか家に居ない時にも同じような事象が発生した。ということは葉月くんが原因でもない……。簡単な消去法だ」

「じゃあ、安藤部長の妹さんってえすぱあだったんですか?」

 と武藤さんが尋ねた。さすがに、期待でうきうきって表情は表に出さない。そこまで不謹慎ではない。なんせその妹さんはもういないんだから……。

「その可能性が高いと思っている。葉月くんの力に触れるうちに……、眠っている才能が開花していったんだろうね……」

 超能力者は引かれあう……。引かれあって、高めあう……。同じような関係を俺も知っている。武藤さんと三月。双子のような相関関係がここにも……。

 だけど……、今でも仲のいい武藤さんと三月とは違って……。

 安藤部長の妹と葉月さんは……。もう二度と会うことはできないのだろう……。そうなのだろうか?

「葉月くんの叔父さんの件もあったからね。僕は……、僕たちはそんな現象を秘密として……誰にも話さずにこれまで来た」

 えっ? オカルト研究会の部員の人たちは知ってるんじゃないの? 少なくとも葉月先輩の能力については……。

「彼らだって信じちゃいないよ。何度か検証実験はしたけどね。心霊検査だなんて偽って。だけど結果は失敗。彼女は……葉月は人前で……、その力を発揮することができないみたいなんだ。僕か、妹、それ以外の人間がいるところでは能力を発揮できない。それに……霊が語っているなんて言ってもね。誰も信じないよ。それが超能力だって同じことだろう……」

「でも、先輩は、安藤先輩は信じてるんですよね?」

「信じてるし期待をしていた……」

 過去形……。

「彼女の能力……。決して死者からのメッセージではなく、残留思念を読み取ってるんだって……。今だってそう信じている。

 妹が行方不明になってからね。一度彼女に頼んだんだよ。そのときも……、彼女の能力は心霊現象なんかじゃない、サイコメトリーなんだって思ってた……。

 なぜなら……。彼女は妹のメッセージを聞いたんだ。『助けてっ』ってね。それとともに妹が炎に包まれているイメージを見たっていう……」

 炎……。ぼんやりと……昨日の一件を思い出す。ファイアスターター。炎に包まれ失踪した安藤部長の妹。

 点と点の間にぼんやりと線が浮かび上がろうとしている。だけどその線はまだ薄い。

「彼女自身が自分の能力を霊能力だと信じていようがいまいが関係ない。大人たちには内緒だったけど僕は彼女の力を信じていた。評価していた。だから……」

 安藤部長の顔が曇る。

「彼女に……、僕の妹の行方を探してもらったんだ。僕は生きていると信じてた。彼女はもう死んでしまっていると考えていた。だから、彼女には妹の……少しでも手掛かりが……、失踪した日、どこで何をやっていたのか? どうして突然消えてしまったのか? 少しでも情報が欲しかった。それで妹の部屋から始めて……家を出て……、道を歩き……、近くの公園までたどり着いた。木が茂る普段は誰も入り込まない暗い場所さ。

 そこで……、葉月くんはなにかおぞましいイメージに遭遇したらしい……。突然泣き崩れた……。小さくうずくまって、震えて……。まだ幼かった僕はそんな彼女に何もしてあげることができなかった……」

 トラウマ……か……。

「それ以来、彼女の能力は衰え始めて……、今は、よっぽど強烈なイメージじゃないと読み取れない……らしい。たまに雑音のように……ノイズ混じりに何かを受信することはあってもね。幼き頃に持っていた超常的な力はなりを潜めた。それでも彼女は自身を霊能力者だと言い続けている。それは……おそらく、彼女の両親が居なくなったこと。その死を受け入れることで……、自分が捨てられてしまったんだってことを否定するために……」

 長くなったがそういうことだ。安藤部長は言う。

「僕も、彼女には……、超能力者だっていうことに気づいてもらいたい。彼女の両親を探すことには賛成だ。それは……、彼女の能力が今後……消えてしまうのか、それともまた復活するのか? そんなことはどうでもいい。ただ……、彼女が強くなるために、乗り越えなければならない壁じゃないかって思っている……。だからといって君たちに……それをお願いするのも酷な話なんだけどね」

 確かに酷ではある。内緒にしているが俺達は一応超能力者の端くれ。一般人にはない能力を持っている。だけど、見当違い。方向性が異なる。

 無理だ。困難だ。

「あたし……、頑張ります! なんとか玲奈さんのお父さんとお母さんを見つけます!」

 なんだかやる気が出ちゃったみたいな武藤さん。

「しかし……」

「任せてください! その代り……、安藤部長も協力してくださいね!」

 とウインク。妙案が浮かんだのか?

 期待と不安に埋もれつつ……。

 その場は、安藤部長と別れ、家に帰って作戦会議を開くことになった。テレパシストの三月も召集。

 現状もてる戦力をすべてつぎ込んだ、一大捜索作戦が幕を開く……。

 

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