ネコの集会

 3匹のネコがいた。彼らはみな野良猫で、住宅街の南側にある神社の軒下をねぐらにし、気が向いたら一人(一匹?)軒下を抜け出してぶらぶらと街を闊歩して暇をつぶす生活をしていた。

 日も落ち、あたり一面が闇に包まれたとき、2つの小さな光がどこからともなく、そしてあちらこちらから現れて、それは6つの光になった、ここに住むネコたちが帰ってきたのである。3匹は夜集まっては昼間見た出来事や手に入れた情報を話すのが彼らの日課になっていた。今夜も神社の片隅でニャアニャアとしきりに何か話し込んでいる。

 「そうそう、今日さあちょっと足伸ばして3丁目の方まで行ってみたんだよ」

と黒く薄汚れている白ネコが話し始めた。仲間内では「シロ」と呼ばれている、なんとなく不機嫌そうである。

 「あそこの交差点にさ、ガラス張りのきれいなペットショップがあるじゃん。なんとなくそこ眺めていたらさ、ショーケースの中に…なんだぁ「アメリカンショート…」なんたらって種類のネコがいてのんびりと毛づくろいしててさ、下の値札見たらよ15万円だっていうじゃねえか!目ん玉飛び出るかと思ったぜ」

 「そんなにするの!」

口を挟んだのは「チビ」と呼ばれている茶色のネコで、3匹の中で一番小さいので、そう呼ばれている。

 「ペット屋で売られてるんだから、まあそんくらいはするわな」

最後に口を出したのが、3匹の中でも親分的存在の「ブチ」と呼ばれる黒い模様が入っているネコだった。シロは続けて話し出す

 「よく見たらさ、その隣のショーケースにはメスのペルシャネコもいて、これまたバカ高い値段がついているのよ。」

 「それで」とブチ

 「店の中から人間が出てきて、おいらのことおっぱらおうとするのよ。まあ野良猫なんかに店の傍うろつかれたんじゃ、あんまり気分よくないかもしれないけどよぉ。踵返すときにふとさっきのショーケース見たらさ、その2匹がものすごーくいやーな目で見るのよ、まるで糞か腐った食べ物見るときみたいに。『私たちはその辺でうろついているあんたたちみたいなネコとは違うの。その証拠にちゃあんと人間からそれ相応の評価をもらっているのよ、あんたなんか1円でだって売れはしないのよ、ふん』みたいに言っているように見えてさ、メチャクチャそいつらに原立ったね!!」

ここまで話すと、シロはもう怒りで身を震わせて爪でカリカリと地面を引っかいた。

 「それはひどいや、同じネコ同志なのに!」とチビ

 「なあ、ちょっと高い値段だからってお高く止まりやがってよぉ」

 「ばぁーか、そんなことでガタガタ言うな。同じネコだからってみんな同じように扱われているわけじゃねえんだよ。」ブチが髭をピンとさせながら、ちょっとさめた調子で言った。

 「だってよぉ、悔しいじゃねえかよ。血統書があるかないかでこんなに扱いが違うなんて。しかもネコたちにもバカにされてさぁ」

 「そうだよ、俺たちは雑種だよ。雑種だから捨てられたんだよ」

ブチ・シロ・チビにはそろって共通していることがありました。それは以前は人間たちに変われていたけど、ある日突然捨てられた「捨て猫」であるということです。なぜ捨てられたか、理由なんかは分かりません、別段ネコたちにとって理由なんかないのです。引越しとかなんかで飼えなくなったとか数が増えたとかあるのでしょうが、それはあくまでも人間たちの理屈。ネコたちにとっては「捨てられた」の何者でもないのです。

 「でもさあ、それってヘンじゃない?」

チビがニヤニヤしながら話し始めた。

 「血統書があるかないかは、生まれてみなきゃ分らないけど、それはさ単に人間が決めたルールにのっているだけでしょ。そのルールがたまたまいいように長保がられているだけでしょ、人間に。」

 「それが重要なんじゃねえか!誰が決めたかは知らないけど、何かルールとか基準とかがあって、それにうまく乗れたり適応できたりするヤツがよくて、その基準から外れたヤツはダメだって札貼られるのよ。」ブチが相変わらずのさめた調子であっさりと言い放った。

 「う~ん…でもね、そんな生まれたところや皮膚や目の色で、一体この僕の何が分かるって言うの?足の早さとかいろいろな裏道知っていることに関したら、シロの方が全然すごいじゃない、そんなショーケースにずっと閉じ込められているようなネコたちなんかより。」

 「それは負け猫の負け惜しみだぜ。『ごはんには不自由しないけど、狭いショーケースに閉じ込められているキミたちよりも、広々とした世界でゆっくりと休めるし体も動かせるし観賞もされない自分たちだって充分幸せよ』って言うのは聞き苦しいし言いたくもないね。どんなこと言っても、所詮野良は野良なのよ。」

ブチはよっぽど人間に捨てられたのが悔しかったのでしょう、傷ついたのでしょう、そして裏切られたと思っているのでしょう。「価値はない」と評価されて捨てられて、自分自身を「価値の内負け猫と開き直っていました。

 「それにさ」と今まで黙って聞いていたシロが口を開いた。

 「すばしっこいとか裏道を知っていることはすごいことかもしれないけど、それを周りのたくさんのヤツに、そして影響力の大きいヤツから評価されないと意味ないじゃん。それなりに運動できるヤツとか頭のいいヤツはたくさんいるけど、そういう実力なんかよりどれだけのヤツに誉められたり長方されるかが重要なんじゃねえの…」さっきの興奮気味とは違い、わりと落ち着いた態度でシロは話した。話し終えると得意そうにしっぽをピンと立てた。

 「負け猫なのよ、所詮は…」

 「まだ負けたわけじゃないよ、だって今日も明日もあさってもずっと生きていくんだから。今幸せだって、いつ不幸になるか分からない、いま不幸せでもいつ幸せがやってくるかも分らない。たったひとつの出来事とか場面だけを見ていいかどうかなんて判断できないよ。本当によかったかどうかなんて、死ぬまぎわになって初めて感じるんじゃないの?」

 「おまえって、ほんとおめでたいくらい楽天的なヤツだなぁ」

とシロが言うと、今までしかめっ面をしていたブチの顔も緩んで、3匹はゴロゴロとのどを鳴らして笑った。

 なんでもそうだ、自分の経験してきたこと・感じていること・頭の中に抱いている先入観があって、ある場面や出来事を目の当たりにした時、「~は…である」というステレオタイプが出来上がる。一度染み付いた思い込みはなかなか抜け出せないものである。餌にありつける日もあればひもじい日もある、ごはんを与えてくれる優しい人間もいれば通りかかっただけで水をぶっかける猫嫌いの人間もいる、暖かなお日様の下で眠れる日もあれば冷たい雨に身が震える日もある、どんなにがんばっても報われない猫もいれば楽して甘い蜜をもらっている猫もいる。たいていの場合、こんなことの繰り返しで毎日が過ぎていくものなのである。

 自分と他のものを比べて「自分は…」となげく必要はないし、他のものを見下してはいけない。大切なのは、どれだけ自分の生き方に自信が持てるかじゃないかなと、ぼんやり軒下のねぐらで思うのである。

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