機械仕掛けの猫は夢を見るか

春根号

人の恋路を邪魔するものは猫に砂をかけられる

 私の眼に写る景色は毎日変わらない。

時折変化もあるがそれは非常に些細なもので私の数倍もある人間どもは、時折やれあれがないだのあれはどこに置いただの、ここにあった靴袋とやらはないの、など私から見れば取るに足らないような非常にどうでもいいことを気にして毎日を生きている。

 忙しい生き物だ。私の何倍もの寿命を持っているくせに。

 私の寿命は調べた限り十年がおおよその目安になるらしい。

いつだったか、生態を調べてみようと思い文献を調べていたらこの国のある種の迷信、信仰のようなもので長く生きた猫はその存在を昇華し猫又、というものになるらしい。私もなれるのであろうか。

 そんな思考する、猫。それが私である。

 寿命、正確には体の耐久年数といおうか。

私の体は炭素を混ぜた軽い合金を用いたフレーム、熱硬化性樹脂製の外部からは見えない内部構造を形成し、私の物体表面には従来の猫と変わりない黒の人工体毛及び脂肪に近い質感を再現したシリコンを注入している。

四肢や顔等には人工筋肉を用いており私と同じシリーズの世間一般の評価は「従来の猫の動きとなんら遜色ない、本物に近い動きを再現した機械猫」らしい。

 そして先に述べた、思考するという部分。生物でいえば脳に値する部分に高性能かつ小型化されたCPUなどを積み込んで人工知能、いや正しく表現するなら人工猫知能であろうか、これを搭載したものがある。

これを中心に私は活動しているのだが、どうやら開発者の設計により我らは非常に高度で、人間に近い思考をしているらしい。更に理解できない単語及び文章等が出てきた場合調べられるようにとこの電脳部分には無線を用いてインターネットにアクセスする機能もある。

 機械らしくはないがその辺の子どもや大人などよりは会話をする上での知識や対応は上である、と思われる。

 そういうわけで人間たちの話す言葉は十二分に理解できるしそれらに対する返答はいくらでも用意できる。しかし、


「じゃあ学校行ってくるからね。みぃちゃんと家でおとなしくしてなさいよ!じゃいってきまーす!」

「...にゃあ」


 私が発する言葉は「にゃあ」「にゃー」「ふにゃー」「にゃっ」「んにゃー」といったいわゆる猫の発声のみ。

なんとも、なんとも度し難い。調べた所どうやら大昔にしゃべる魚のゲームが発売されているではないか。

魚がしゃべるゲームはよくてどうして猫は喋ってはならんのだ!そう憤ったこともあった。


言葉を理解しているのに話せないというもどかしさから私は今の生活の中の日々を記録、いわゆる日記のようなものを作成し少ない記憶容量のところにとどめておくことにした。ある種の反骨心のようなものかもしれない。

おそらく私は同シリーズの中でも性格はひねくれて作成された、のかもしれない。


 しかし日記とは言ったが特筆するほどの内容はこの家にはない。

簡単に説明するなら家族構成は父と母、そして先ほどでかけた高校生の娘の三人。いわゆる核家族である。

基本的に私の世話は娘、名は京子というらしい、その京子が主導ではあるが、学校などの時は基本母の舞さんが世話をしていてくれている。

 ここでいう世話とは一般的な猫に対する扱いのものでブラッシングであったりマッサージであったり、あと基本的にはいらないのだが餌の補給であったり、とらなくても良いが快適な睡眠をとれるようにしたり、といったことである。

これらをこの舞さん、いや舞様とお呼びすべきか、舞様は毎日欠かさず行ってくれる。本当にありがたい。

 なぜ機械猫にブラッシングが必要か?それはノミ等が付着したり私のかきづらい部分を優しくそして上手にかくことが求められるからでありそれらの技術を習得している舞様は私にとって人間で言うところの天使のようなものである。

天使にしてはやや恰幅がよいがまぁそれはそれである。

そして最後に父の誠だが、まぁいわゆる無愛想な父、であろうか。コミュニケーションをとらない、というわけではないが基本的には娘と母の会話に時折相槌を打ったりするぐらいの静かな父である。

 しかし私は知っている。その鉄面皮が崩れる時を。


 休日、私は日向を求めて家の中を歩きまわる。一番よい場所が父の書斎にあるため何故か突貫で設けてある猫用の入り口からおじゃますることがある。

たいてい父は一人の時に私を見るとありえないほど口角がつりあがり、ニヤニヤとしながら私に近寄ってくる。あまり良いたとえではないがインターネットで調べた限り女子小学生に近づく不審者という表現が近いだろうか。物凄く笑顔なのだ。その笑顔のまま私を抱きかかえて書斎のゆったりとした椅子に腰掛け、私を膝の上におき、読書を続けるということが多い。

 父の読んでいる本の内容は私にも分かるものが多く、時には物凄く難解な学術書であったり、流行りの芸人の書いた小説であったり、京子や舞様にすすめられた少女漫画であったり、と本当に手広く読んでいる。知識を集める私ですら感心するほどだ。そういった本を私に語りかけて説明するように読んでいる。おそらく頭がいいのだろう、非常にわかりやすく噛み砕いて説明していることが分かるほどだ。職業は教授といっていたかな。

こういった時間も嫌いではないが私の一番の目的は日光浴である。それを伝えるため一声鳴くと父はいつも気づいてくれる。

「おお、そういえばみぃちゃんの日光浴の時間だったな」

そういって椅子の向きをくるりと反転させて後ろの窓から膝の上の私に丁度日光が当たるように調節してくれる。

本の内容の解説を聞き流しながら暖かな太ももの上で陽の暖かさと比べながら少し思考スピードを落とすのが私の好きな行為でもある。

表現しがたい感覚だが、非常に落ち着くのだ。


 そして最後に紹介するのが前に名前の出ていた娘の京子だ。どうやら基本的に私の所有権はこの子にあるらしい。私が工場出荷状態から初めて電源をこの家で入れられておおよそ九年ほどになる。正確には九年と二ヶ月三日である。

 どうやら京子が誕生日に私のシリーズを誠にねだったらしく普段は勉強のあまり得意ではない京子に「では五教科で九割の点数を取ったら買おう」と誠が返したところ本当にとったらしい。私の購入後、小遣いを減らされた誠が少し嘆いてたのを見たことがある。それに関しては高価で申し訳ないと思うがそれに見合った性能はあるのだ、許してくれ誠よ。

そんなわけで京子に飼われているのだが、基本的に京子は私を家で世話、もとい弄くり回すのだ。一応は名目上舞様ではなく京子が飼い主なので京子の部屋にいくことが多いのだが行くたびに、抱きかかえられて手を勝手に動かされたり、なぜだか知らんが京子がにゃーにゃーいったり、お腹をひたすら撫で回したり、かと思えば飽きたらベッドの上に私を置いて机に向かい勉強し始める。

京子は私よりも猫らしい、私は正直そう思う。

 日記の前置きとしては非常に長くなったが、この三人の家族によって私は飼われている。


 しかし先日から京子の様子がすこしおかしいのだ。

私の機能の一つに家族の心拍数や血圧など健康に関するパラメータのチェックというのがある。これにより家庭内で突然の事故や家族が倒れた場合に救急へと連絡し早期対応を行えるようになっている。まぁこういった緊急に使うだけでなく日々のデータを取ることで心身の調子を見ることができ、提携している病院へ異常があれば報告ができるようにもなっている。最近は誠のアルコール摂取の多さによる内蔵への負担が検知されたため健康診断でその辺りをよく見るようにと報告しておいた。

 こんなふうに日常生活においても活用できる機能なのだが、どうも京子が学校から帰ってきたり休日遊びから帰ってきた時など心拍数が高いことが多い。気になったので京子の部屋への訪問頻度を上げ友達との電話や独り言を聞いた所彼氏、というのができたらしい。生物的に言えば番だ。まぁそういった生物的な役割よりも一緒に居て楽しむ異性という認識の方が正しいか。

 そんなわけでここ最近は心拍数の変動が多くまた前よりもさらに笑顔が増えたように思う。微笑ましい、とはこのことだろうか。

自然と京子がこの経験を経てどのような変化をするのか気になり見守りたくなってしまう。


 そんなわけで今日も今日とて舞様の家事の合間にブラッシング、マッサージをしていただきながら京子の下校時間を待つ。おそらくもうすぐなのだが...


 ここで普段はオフにしている機能を使う。聴覚の鋭敏化である。普段はうるさすぎるので勝手にオフにしているのだがこの機能と日々の計測データから京子の足音を察知しどれぐらいで家に着くか知ることができる。部活の時間や時間割なども考慮しおそらくそろそろだと思うのだが、いつものペースであればもうすぐそこにいてもおかしくないのだ。少し違和感を覚える。

 更に鋭敏化をしてみるとようやく京子の足音を聞くことができた。家と学校の間だが、ペースが非常に遅い。普段の半分の速度もない。

何らかの不調であろうか。少し、心配する。


 舞様にマッサージしていただいている最中なのだがとりあえず一声鳴く。

「にゃー」

「あらもうこんな時間?みぃちゃんマッサージしてたら時間忘れちゃうわね。ご飯の準備始めないと。ごめんね」


 気にすることはない、私も少し用事ができた。

開放された四肢の人工筋肉を一度伸びをして自分でもほぐす。さすがだ。マッサージをうける前よりもいいコンディションになっている。

その四本の足で玄関へ向かいまた一声。


「にゃにゃー」

「ん、あら外に出たいの?珍しいわね、京子のお迎え?」

「にゃ」


 肯定の返事を返す。私では戸を開けられないのだ。

舞様は気づいてくれたようで玄関の非常に重々しい戸を開く。


「車に気をつけてねみぃちゃん」

「にゃ」


久しぶりの外へと踏み出す。

別段禁止されているわけではないのだが私は外が嫌いだ。私を煩わせるものが多過ぎる。

 一度外に出れば子供のおもちゃにされるわ、女子高生が近寄ってきて「きゃーかわいい」などとのたまいながら舞様どころか誠よりも劣る粗雑なマッサージを振る舞われるのだ。辛抱たまらない。そのようなものをわざわざ味わうために外に出るぐらいであれば家にいて至福のマッサージを受けるほうが断然良い。

 とまぁ久々の外に足を踏み出し京子の現在地へ向けて歩き出す。

まず、道路は危ない。車はもちろんのこと小学生に追っかけられやすいのだ。まずは塀へと上り塀伝いに移動する。

そのまま二軒、三軒と移動していくと近所の飼猫、種類はシャム猫だったか、非常に美しい見た目のむぅちゃんと出会う。

流石に礼儀というものがあるので一声にゃあと鳴き挨拶をして通り過ぎていく。すました顔で凛と一声にゃあと返事を貰った。


 かれこれ五百メートルほど歩いたところで京子を発見した。

塀の上から京子へ声をかける。


「にゃー」

「...ん?あれみぃちゃん?珍しいじゃん外に来るなんてお散歩?」

「んにゃー」

「もしかしてお迎え?」

「にゃ」

「ふーん、やっぱり優しいね。ほらおいで一緒に帰ろっか」


 京子がそう言いながら腕を広げたので遠慮無く飛び込む。重量的には一般的な猫と変わらないので大丈夫だ。

飛び込んだ京子の胸に抱かれながら再び来た道を戻る。

普段私といると物凄くやかましい京子だが五百メートル歩く間、会話はなかった。心拍数も非常に落ち着いていた。

見上げるとその顔は、笑顔ではなく、苦しそうな顔をしていた。


「ただいまー。みぃちゃん迎えに来てくれたから一緒に帰ってきたよー」

京子が言いながら玄関に入ると台所の方から声が聞こえた。

「おかえりー。珍しくみぃちゃんがお迎えに行きたがってたから頼んだのよ。ご飯はもうちょっとだからお父さん帰ってくるまでまっててね」

「はーい、じゃ行こっかみぃちゃん」

「にゃ」


 抱きかかえられたまま京子の部屋へと移動した。

制服から普段着に着替えると京子は私をいじらずそのままベッドに寝っ転がった。

そのまま数十分は経っただろうか。私はその間ずっと毛繕いをしつつ様子を伺っていた。

すると突然京子は起き上がって床の上で毛づくろいしていた私をベッドの上に持ってきた。毛繕いの途中であったがまあ良い。


「みぃちゃんに言ってもわかんないと思うんだけどさあ...フられちゃった...」


 なんと、驚愕すべき発言であろうか。付き合い始めたのは確か数日前、調べたデータによるとこのカップルというのはケースにもよるが平均して数ヶ月ぐらいは付き合ったままいでいると思っていたのだが、四日ほどか、それで、別れたのか...


「っていうかあっちは付き合うつもりなんてなかったんだって...たかがデートしてキスしたぐらいでって笑われちゃった」


 続けざまにまた驚愕した。以前誠と読んだ漫画ではカップルになってキスするまでが非常に長くひどくドキドキ、そしてモヤモヤさせられキスしたときになぜか達成感を感じたりしたものだが、キスまでしてそういう仲になっておきながら彼氏ではなかったのか!?


「私もさーあんまり付き合った経験ないけど酷いよねー...どうしたらいいんだろ...」


 わからぬ。猫の私にはわからぬ。それはわからんのだ。ただ一つ言えることがあるとすればその問題は京子自身で乗り越えるしかないということだろうか。

「にゃあ...」

「みぃちゃんもびっくりしてるの?ありがとう私もびっくりしてる...」


 それっきり京子は黙ってしまった。何かまだ足りないようにもみえるが、今日は京子の部屋で様子を見よう。


 晩ごはんの時間も京子はだまったままであった。舞様は変わらず明るく井戸端会議とやらで仕入れた話や最近流行ってる小説や漫画の話をしていて誠は相槌をしていたが、京子はただ食べて飲んでごちそうさまをいうだけであった。私は珍しく猫缶を食しながら様子を見ていた。

そして気づいた。京子はまだ何か抱えている、と。


食べた猫缶や皿を流しのところに口に咥えながら持って行き、舞様に一声かけた。


「にゃあー」

「あらみぃちゃんありがと。片付けは私がやるから今日は京子に付き合ってあげて」


さすが舞様いや、母と呼ぶべきか。きちんと気づいておられた。


「そうだな、それがいい」


なんと、誠も気づいておったか、伊達に父親を何十年もしているだけはある。

二人にお墨付きをもらい、私は今日この部屋へと移動した。


 今日この部屋の戸をカリカリ引っ掻いて開けてもらおうと思ったのだが僅かに隙間が開いていた。こういう時はたいてい私に入って来い、そう言っている。

そのまま隙間を体でこじ開けて入ると寝間着に着替えた京子がベッドの上で待っていた。

 無理やりな作り笑いで今日帰り道で出会ったように腕を広げた京子が

「おいで」

そういった。

そのまま私は足早で近寄ってその胸に飛び込んだ。すこし、骨があたったが致し方ない。ないものはないのだ。


 京子はもう寝るらしく電気を消して布団に潜った。私は抱きかかえられるように、布団の中にいた。私は体内の温度を僅かに上昇させ、安眠できるよう準備をした。

 暗くなってしばらくすると京子が話始めた。


「...部活の先輩でキャプテンでさー、前からかっこいいなーとか思ってて、遊んだりしてたんだけどこの前初めて二人で遊びにいって、プリクラとか撮ってさ、先輩の方も肩いつもより抱き寄せてきたりしてさ...そしてキスもしてこれはもうそういうことなのかな、って思ってて今日ちゃんと告ったんだけど先輩が『あーごめん勘違いさせちゃった?俺本命つーか彼女いんのよw別れたら付きあおうやw』って笑いながら言ってきたんだ...そこでひっぱたくなりすればいいんだろうけど何もできなくてそのまま帰ってきたんだけどみぃちゃんが居てさ。ちょっと落ち着けたありがとね。ごめんね、暑苦しくて、私はもう寝るから苦しかったら出てっていいよ。ありがとみぃちゃんおやすみ」


 なんたる非道か。誠とともに読んだ多くの少女漫画はどれも幸せな結末を迎えていて、それらはきっと京子の理想であったのだろう。

初心な男女が少しずつ仲を進展していくあの漫画や、突然知り合った二人の男女が話が進むにつれて互いの気持ちに気づいたり、そういうことではないのか?高校生の男女はそういうものではないのか!?

 猫である私は激怒した。あってたまるものか、と。京子をこのようなことに突き合わせる輩がいて良いのか、と。

 京子が眠ったのを脈拍などから確認したあと起こさぬようにするりと腕の間を抜ける。抜けたあと寝返りをうって、起こしたのでは、と不安になったが起きた様子はない。熟睡できているようだ。

 私はそのままインターネットの接続がよい環境へと移動した。

この部屋であれば今日この机の上が一番よい。

今日は確かスーパームーンであったか、月が普段よりも明るく大きく街全体を照らしている。

その光とともに私は情報を探し、思考し、探し、思考し、探し、思考した。


 私は眠らない。眠れないのだ。機能としてスリープ状態はあるが極力使わないようにしている。眠らないほうが得られる情報も多く、人のやかましさのない夜という時間もまた愛おしいことを私はこの九年で知った。


機械猫はロボットに分類される。ここで重要なのがロボット三原則と呼ばれるものだ。


第一条

ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。


第二条

ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。


第三条

ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


この三つだ。

 私はこの非道を許す気はない、かといって危害を与えられるようなロボットでもない。どうやって復讐するか。それを考えた。

まず一つ目だ。「人間」に「危害」を加えてはならない。つまりその所有物などに何らかの損傷を与えることはよいのではないか。

二つ目、これは問題ない。原則私に命令を与える人間はいないし復讐するなという命令はない。

最後に三つ目、自己を守る。私を私たらしめているのは私を取り巻く関係性つまりこの家族、所有者である京子が一番大きく、これを損なうことは自己の損失に等しい。つまり京子の心を守らねばならんのだ。


原則を拡大に解釈を広げながら案を練る。復讐対象のデータなら大丈夫だ。「京子と同じ部活で異性でキャプテン」これだけの情報があればSNSが発達したこの世界簡単に特定できる。こいつだ。中村大吾というのか。

 個人情報とは意外とあるものでSNSを元に住所などの特定を急ぎつつ、同時に高校生あたりの年代の嫌がることをリサーチした。

私にできることをやってやる。京子を傷つけた報いは受けてもらわねば私の気が済まない。

覚悟をしておけよ、まだ見ぬ大吾よ。私は激怒している。






「...おはよー」

「あ、京子おはよー!ねぇねぇ聞いた?先輩の話」

「っ、なにそれ...」

「いやなんかさー...




「お母さんただいまー!」

「京子おかえりー、あれどうしたの?いいことでもあった?」

「いや、べっつにー?みぃちゃんはー?」

「ついさっきあんたの部屋にいったわよ」

「わかった!」


 今日この部屋で昨日中断させられた毛繕いを続けているとドタドタと階段を登る音が聞こえた。

元気なようで何より。

そのまま勢い良く扉があいた。

「ただいまーみぃちゃん!」

そういいながら部屋の中央で毛繕いしていた私を京子は持ち上げてくるくると制服姿のまま回りだした。

いいことでもあったんだろうな。


「へっへーみぃちゃんでしょ」

「んにゃ」

「しらばっくれても分かるもんね!伊達に九年付き合ってないんだから!」

「...んなー」


 別段私は何もしていない。

ただ今日朝早く舞様に外出許可を貰って外に出てたまたま貯蓄していたまたたび粉をたまたま知らない自転車に大量にふりかけたり、事前に野良猫や付き合いのある猫たちに声をかけてたまたま誰かの家の近くに集まるようにしたり、京子と同じ学校の制服をきた男子生徒の頭に大量のまたたび粉を振りまいたりかばんの中にぶち込んだりしただけである。まぁ私がそいつにしたことといえばわざとそいつの前を何度も何度も横切ってやったことぐらいだ。「私」が直接何かをしたわけではない。


「友達から聞いたんだけどさー先輩猫に逆襲されたってビクビクしてたってさ」

そういうと京子は吹っ切れたようにけらけらと笑う。

「自転車に乗って登校したら大量の猫に追っかけられて追いつかれて全身舐め回されて、特に頑張ってセットした髪の毛を猫にもみくちゃにされたって!しかも何度も何度も黒猫が自分の前を横切るからもう黒猫が怖いってさ」

「んにゃー」

「みぃちゃんでしょーやったの!なんかボロボロでくちゃくちゃの先輩みてたら馬鹿らしくなっちゃった」

「んにゃ」

「しらばっくれちゃってまぁいいやありがとね!今日は高い猫缶おごってあげる!」

 そういいながら京子は学校鞄のなかからビニール袋を取り出し普段なら食べられないような高価な猫缶を取り出した。

これが目当て、ではないし京子の精神状態を普段以上に戻すことができればよかったのだが、思った以上に効果はあったようなので私は遠慮なくその猫缶をいただくことにした。

さしずめ猫の復讐だろうか、彼には悪いことをした、とは思わないが此れに懲りたらあまり不埒な行動は謹んで欲しいものである。

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