時代姉妹は探偵です
藤音 紫
プロローグ
怖い顔をした女教師が私を睨み付けている。
私が何かを言うと先生はその表情を更に歪ませて怒鳴ったようだ。
「未希ー起きてー。未希が答えるところだよ」
隣から声が聞こえる。
「うーん……1分……」
私は眉毛にかかった黒髪をさっと払いながらに顔をあげた。
5月の終わり。
時刻は13時45分。5時間目の中盤といったところだ。
高校生になって約1ヶ月が過ぎたこの頃。
私はまた眠ってしまっていたようだ。
そんなことを思っていると目の前に数学の先生であり私たちの担任の入江先生が来た。
「時代。あの問題を解け」
恐ろしい声色で黒板を指差した。
「えっと……」
「21ページ問3(2)を解くんだよ」
隣の席から私の親友である佐原三久が小声で教えてくれた。
だが明らかにばれている。
「時代。お前また寝ていたのか?」
入江先生が私を怖い表情で見つめる。
「はい……」
「貴様は何故いつも寝ている?」
先生がまるで猛獣のような目つきで私をにらみつける。
私は午後の授業の大半は寝てすごしている。
だがそれは勉強が嫌いとか先生の授業がつまらないという理由からではない。
そういう体質なのである。
大体が浅い眠りであるためばれにくいというのが幸いなのだが入江先生には何故かいつも見つかってしまう。
私は質問にどう返そうか迷った。
どう返したところでおそらく私の未来は変わらないのだが。
「今日もお昼がおいしかったんです」
猛獣の目つきから鬼のような表情に変わった。
「ふざけるな!今日の放課後数学管理室に来い!そして問題を解け!」
チャイムが鳴り響き5時間目が終了した。
あの後は私が寝なかったこと以外変わったことは起こらずに無事終了した。
「次の体育、女子は体育館でバレーだよー」
「男子は外でソフトボール!」
「バレーかぁ。腕いたくなるね」
と三久が話しかけてくる。
「そうだね。更衣室に行こっか」
私たちは屋内用の運動靴を持って更衣室へ向かった。
片付けもあり5分ほど長引いて6時間目が終了した。
「いやー楽しかったね」
「未希すごかったね!バレー部の子のスパイク取っちゃうなんて!」
「まぐれだよまぐれ。長引いちゃったから早めに戻らないと」
三久との談笑の最中とあることが発覚した。
「あれ?開かない!」
一人の女子生徒の声に周囲がざわつく。
この学校では更衣室の鍵には南京錠が使われている。
その鍵が開かなくなったのだ。
「先生呼んでくるよ!」
体育の女性教師の渡部先生がボルトカッターを持ってやってきた。
「鍵貸して」
先生は鍵を借りて南京錠をいじり始める。
「開かない。仕方ないか」
渡部先生はボルトカッターを使う。
南京錠はバキンという大きな音が響くのとともに切断された。
「これで大丈夫。後で新しい南京錠つけておくから」
そう言って渡部先生は戻っていった。
これで解決……と思われたのだが。
「あれ?私の財布が無い!」
新たな事件が発生した。
一人の女子生徒の財布がなくなっていたのだ。
周囲を確認するも彼女の財布は無い。
「先生呼んでくる!」
再び戻ってきた渡瀬先生は少しの思考の後、
「悪いが入江先生を呼んできてくれるか?」
何故入江先生を呼ぶのか疑問に思った。
5分ほどして入江先生はやってきた。
「……大森の財布が盗まれたと」
「はい……」
今にも泣き出しそうな彼女の表情を見て入江先生はそっと頭に手を置いた。
「安心しろ。必ず解決させる」
その言葉と同時に入江先生は考え始めた。
「着替える時に更衣室に来て南京錠を開いたのは」
「私です。ちゃんと来たときには開けられました」
と体育委員の女子生徒。
「その後更衣室を出る時にはちゃんと鍵を閉めたんだな?」
「はい」
「なるほど……渡瀬先生!壊した南京錠を見せてくれ」
「はいはい」
南京錠が渡される
入江先生は壊れた南京錠を満遍なく見て、
「そうかそうか、犯人は南京錠を入れ替えたんだな」
周囲のざわつき。
「何でそんなことがわかるんですか?」
「学校の備品の状態は毎週チェックしてる。この南京錠、あまりに綺麗過ぎる。私がチェックしたときはもっと傷がついてた」
言われてみれば確かにあまりに傷がなさ過ぎる。
「それに今週中に南京錠を変えたということは聞いていない。つまり犯人は元々の南京錠をどうにかして空けて財布を盗んだ後、別の南京錠と入れ替えた。そんなところだろう」
「鍵を壊したってことですか?」
私が問いを投げ掛けると先生は答えた。
「その可能性は低いと思うぞ。仮にそうだとしたら犯人はボルトカッターを持ってきたことになる。あれはバッグに入らないくらい大きいから持ってきたら怪しまれるだろう。」
だが少し疑問が残った。
「ちょっと待ってください。犯人って生徒で確定なんですか?先生とかなら怪しまれずにカッターを持っていけませんか?それに外から来た人がやったとかは?」
「外から来たということはあり得ない。学校の周り全体には監視カメラがある。学校に入ることは出来ないだろう。先生がやったという線もあり得ない。私がいるからな」
そういえば思い出した。
先生は探偵部の顧問だった。
だからそれでこのようなことを言ったのだろう。
「とりあえず教室に戻るぞ。私の式があってるとすれば犯人はあいつだろうな」
教室へと戻っていく先生。
それを追うようにして私たちも教室へと戻っていった。
「私の仮説では授業中に抜け出した生徒がピッキングがなにかで南京錠を開けて財布を盗んだ後新しい南京錠に変えたというところなのだがなにか質問は?」
教室に戻った先生は先ほどの推理をまとめて話した。
「ちょっと待てよ!何でこの教室で説明するんだよ!他のクラスの奴等かもしれないだろうが!」
「私の仮説では犯人はこの中にいるからな」
その後も生徒の質問に対して先生は毅然とした態度で答えていった。
「質問はこんなところか。では犯人を明かそう。犯人は……」
その時先生が指差した人物に私は驚愕した。
他のみんなも同じ思いだろう。
何故なら指差された人物はクラス委員長をつとめている真面目な人物だったからである。
「片山、お前だろ?授業中に抜けていたのはお前しかいない」
その言葉と同時にざわめく教室。
「ちょっと待ってください。確かに俺は体育の時間中抜け出しましたよ。でも俺とは限らないじゃないですか。他のクラスの奴等だって可能性も」
「確かにな。でも私は面倒臭い女だからな。生徒が授業中に抜けた時には連絡するようにすべての先生に伝えてある。その結果抜け出していたのはお前しかいない。更衣室の方向にもトイレはあったからな。特に怪しまれなかっただろう」
「財布を盗んだのだとしたら体育着じゃポッケに隠してもバレますよ」
「ジャージを着ていればその下の体操着に財布を隠してもバレないだろう。お前今日は体育見学だったから特に動きはしなかっただろう」
「そもそも俺に南京錠を開ける技術なんて」
「お前なら可能だろ。中学時代学校の鍵をピッキングして開けたお前ならな」
「……すごいですね」
「生徒の情報は頭に入ってる。過去もについてもな」
少しの沈黙のあと片山は自白し始める。
「俺がそこの鍵を開けて大森の財布を盗んだんですよ。これが財布でこれが開けた南京錠です」
机の上にポケットに余裕で入りそうなほどの小さな財布と南京錠が置かれた。
「とりあえず事件の真相を私から話させてもらうぞ。まず女子達が体育を行っている間片山は授業を抜け出し、更衣室へと向かう。そしてそこでピッキングにより南京錠を解錠し財布を盗んだ後違う南京錠を掛けてそのまま戻っていった、ということだな」
だが、と先生は続ける。
「お前財布は一週間ぐらいしたら返すつもりだっただろ?職員室
に届ければ財布は落ちてたってことになるだろうしな。犯行動機は自分の力を試してみたくなったとかだろ?中学のときも侵入するだけでなにもしないで後で監視カメラの映像で問題になっただけらしいからな」
「本当にすごいですね。全て当たりです」
「……力の使い方を間違えるな。返すつもりだったとしても犯罪は犯罪だ。まずは大森に謝れ」
片山は大森に深々と頭を下げて謝罪をした。
大森は財布が返ってきたのと、先生の話と謝罪の言葉を聞いてかと特に怒りはせずに片山を許した。
片山の処分は分からないが恐らくは先生がどうにかして退学にはならずに謹慎処分程度の軽い処罰で済むのだろう。
そして放課後。
私は数学管理室で先生の手伝いをしていた。
「1番、評価A」
現在毎時間提出するノートを見て成績をつけている最中だ。
「先生すごいですね。やっぱり探偵部の顧問だから推理小説とかたくさん読んでるんですか?」
私は先ほどの推理を聞きとてもすごいととても単純で率直に感じた。
そして探偵に憧れを感じ探偵部に入りたいとまで思っている。
「2番。評価A。まぁそれもあるが私は最近まで探偵をやってたからな。今は教師としての業務が優先だがな」
「すごいですね。……あの先生」
勇気を出そう。
今は何も部活には入っていない。
だからこれはいい機会だ。
「探偵部の入りたいのですが入れていただけないでしょうか?」
「……分かった。今日入部届けの紙を帰りに渡してやるから明日持ってこい」
「ありがとうございます」
こうして私は探偵への第一歩を踏み出したのです。
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