ガラクタ彗星のほしくず

石動 友(イスルギ ユウ)

1.ガラクタ彗星の邂逅

 それは、ガラクタでできた小さな星だった。

 地表にあるのは岩石や砂塵ではなく、砕けた金属片やネジばかり。10分も歩けば一周してしまう程度の大きさしかない、小惑星と呼ぶこともできない塊だ。

 そんな不思議な星に、トーワという独りぼっちの宇宙人が住んでいる。

 星座を形作る星々は隣り合わせに見えるが、実際の距離には何光年もの隔たりがある。星はみんな孤独に軌道を廻り巡り、引力によって時に近づき合い、また離れ合う。それは近くから見れば偶然で、遠くから見れば必然だ。

 だから、乗っていた宇宙船が事故に遭い、宇宙空間を漂流していたロボットのアルタが、このガラクタだらけの星の上空を通過したのもまた、決してただの偶然ではなかったのかもしれない。

 トーワは新しい出会いに胸を高鳴らせ、アルタを助けに向かった。しかしいくら声をかけてみても、彼が言葉を返すことはなく、ただ力なく漂っているだけだった。

 はたして壊れているのか、眠っているだけなのか。動かないアルタを地上まで運び、デコボコとした地面に彼を寝かせると、トーワはその硬い白銀色の体をあちこち調べてみた。やがて胸部に付いている蓋の下に起動ボタンらしき物を見付けると、少し迷ってからボタンを押した。

 すると、ブーーン。カリカリ。チキチキ。ジジジ。と体中からたくさんの機械音が鳴り響いた。いよいよ壊れてしまったかと心配するトーワを余所にひとしきり鳴り喚くと、卵のようにつるんとしていた頭部にシンプルな顔が表れ、アルタはスリープモードから目を覚ました。

「やった! 起きた起きた!」

 トーワは飛び上がらんばかりに喜んで、頭上でパチパチと手を叩いた。

「…こんにちは」

 スリープモードに入る前までの記憶を読み込みながら、アルタは自分を覗き込んでいるトーワを確認した。人工声帯からは、人間のそれと変わらない流暢な声が、問題なく発せられた。

 虹色の髪、つり目がちな赤い瞳、とんがり耳をした、あどけない少年のような宇宙人。外見だけでは宇宙人と断定できないが、酸素のない空間で宇宙服も着ずに平然としている彼は人間ではないと、アルタは判断した。

 トーワに笑いかける。表示される顔の表情も、誤作動なく変化させられる。

「えへへ」

 アルタの笑顔につられて、トーワも屈託なく笑った。

「はじめまして、私はアルタと言います」

「ぼくはトーワ」

 そこで記憶の読み込みが完了した。直前の記憶を思い出す。乗っていた輸送船に隕石がぶつかり、アルタは船外に投げ出されのだ。体内の経過時間によると、事故から2年あまりも経っていた。体の損傷具合は? いや、それよりもペンダントだ。ペンダントはちゃんと持っているだろうか?

 今度は体をスキャニングする。

「ねぇ、立てるかい?」

 人間よりも耐久力の強い白銀色の体には、欠損も大きな損傷もなかった。とは言えアルタは宇宙空間に適するようには作られていない。長らく宇宙空間にいた体は、地上にいた頃よりも著しく劣化している可能性がある。

「試してみます」

 アルタはゆっくり慎重に体を動かしてみた。

 上体を起こすと、体中から軋む音がする。次に右腕を動かして、握られていた手を開く。そこには花の形をしたペンダントが握られていた。アルタは安堵した。

 更に各関節部分を動かしていく。初めはぎこちなかったが、何度も動かしている内に滑らかに動かせるようになっていった。

 そんなアルタの一挙手一投足を、トーワは楽しそうに見ていた。

「どうやら、大丈夫なようです」

 無事に立ち上がり、歩行も走行も問題ないことが確認できると、ようやくアルタは周囲を確認する余裕ができた。

「助けてくれてありがとうございます、トーワさん」

 トーワと同じ目線になるよう屈み込み、アルタはトーワに礼を言った。宇宙空間で助けられる確率は0ではないが、しかしほとんど0に近い確率だ。

 五体満足で再び起動できたのは、まさに奇跡と呼べるほどの幸運だった。

「本当にありがとう」

「そ、そんな。偶然見つけただけだよ…」

 礼を言われることに慣れていないトーワは、顔を真っ赤して照れてしまった。

「ぼくこそ、アルタを見つけられてよかったよ。ぼくはずいぶんの間、独りぼっちだったんだ」

「独りぼっち? きみはこの星に1人で暮らしているのですか?」

 見た限り、この星は生物が住むのに適しているとは言い難かった。それとも、このガラクタしかない風景の裏側には、別の風景が存在しているのだろうか?

「ここはいったいどんな星なのですか? 見た所、ガラクタだらけのようですが…」

「ガラクタじゃないよ。“欠片”だよ」

「“欠片”?」

 聞き返すアルタに、トーワは足元の破片を拾って見せた。

「そう、宇宙で砕け散った、人々の夢の欠片だよ」

 トーワが差し出した破片を受け取る。素材から察するに、人工衛星の外装の一部分だろうか。

「なるほど。夢の欠片、ですか」

 ずいぶんとロマンチックな例え方ではあるが、確かにそう言えるのかもしれないと、アルタは納得した。

「では、これは全部その“欠片”なのですか?」

「あ! ちょうどいいや。今から見せてあげるよ!」

 言うが早いか、トーワはアルタに背を向いて駆けて行ってしまった。

 質問にも答えず置いて行かれ、アルタが何事かと思っていると、トーワはすぐに戻ってきた。しかもその手には、ロープと自身の体よりも大きそうな玉網が握られていた。

「あれが、“欠片”だよ」

 トーワが指さす方へ視線をたどると、真っ暗な空の向こうから、星とは違う無数の光が近付いているのが見えた。

 それはたくさんのネジや金属の破片、壊れた電子機器だった。宇宙ゴミ、スペースデブリ、ガラクタ等々と呼ばれる、宇宙空間で壊れて散らばってしまった人工物たちだ。

トーワに視線を戻すと、彼はそばにある丈夫そうな金属片に、いそいそとロープの先を結んでいた。

「何をしているのですか?」

「今から“欠片”を拾いに行くんだ」

 トーワは返事をしながら、今度はロープの反対側を自分の体に縛り付けた。

「まさか、そんな格好であれを拾いに行くのですか!?」

「うん」

「そんな、危険ですよ!」

 いくらトーワが宇宙人とは言え、命綱一本で宇宙ゴミを拾いに行くなんて、今まで地球にいたアルタには信じられない光景だった。

「大丈夫だよ、いつもやってるし。この網はね、ここを押すと磁力が発生して、“欠片”がすいすい入るんだ」

「し…しかし」

 平然と言うトーワに、アルタは言葉を濁してしまう。

「だいたい、アルタだってこうやって助けてあげたんだよ」

 そう言われて、アルタはもう何も言えなくなってしまった。確かに、さっきまでのアルタは、あの飛んでくる宇宙ゴミだった。それをトーワが拾ってここまで連れて来てくれたのだ。

「…気を付けてください」

「うん」

 元気に返事をして、トーワは暗い空に飛び出した。

そして彼は宇宙を泳いだ。手足を使い、文字通り宇宙空間で泳ぐように方向を変えながら、宇宙ゴミへと近づいて行く。

 向かってくる宇宙ゴミの前で網をかまえると、トーワの言う通りすいすいと金属片が網の中に入っていった。磁力に反応しない物は自分ですくわないといけないが、彼は手慣れた素早さで、難なくそれを拾っていく。

 あっという間に網を宇宙ゴミでいっぱいにして、トーワは星へと戻ってきた。

「ね、ちっとも危なくなかったでしょ?」

 トーワは戦利品の宇宙ゴミを、地面にばらまいた。

「後は、ちょっとならすだけ」

 アルタは正直、先ほどトーワが言っていた話を信じられていなかった。しかし、これを見たら信じざるを得ない。

 どうやら確かにここは、宇宙ゴミでできた星のようだ。

「きみは、ずっとこうやって宇宙ゴ…“欠片”を拾っているのですか?」

「ううん、ちょっとだよ。クォンが使ってた時計をたまに見るけど、10年くらいかな?」

 その時初めて、トーワの口から他人の名前が出た。

「クォンと言うのは、ご家族ですか?」

「ううん。ぼくの大切な友達さ。でも、死んでしまってもういないんだ」

 さっきまで笑顔だったトーワは、そう言うと寂しそうにうつむいてしまった。どうやら、クォンについて訊くのは失言だったようだ。

「そうだったのですか。それは辛いですね」

「うん。クォンと一緒だった頃いつも楽しかったんだけど、1人になってからはずっと寂しかったんだ。だからね、アルタに会えて嬉しいよ」

 沈んでいたトーワの顔が、またパッと明るくなる。喜怒哀楽がはっきりしているようで、悲しさを引きずらないことにアルタは少し安堵した。

「それでね。ぼくはクォンの代わりに“欠片”拾いをしてるんだ。この星は、元々はクォンの宇宙船だったんだよ」

「宇宙船?」

「うん。案内してあげるよ。ついて来て」

 そう言って歩き出すトーワに、アルタは言われるままついて行った。

 歩みを進めても星の風景は代わり映えすることがなく、いつまでも“欠片”でできた地面が続くだけだった。宇宙船らしき物体も、建物の影も見当たらない。しかしトーワが立ち止った先にそれはあった。

人1人が入れるくらいの穴が、ぽっかりと地面に開いていた。穴の中をのぞき込んでみると、底の方に扉のような物が見えた。地上ではなく、地下にあったのだ。

「ここから宇宙船の中に入れるんだ」

 トーワは積み上げられた“欠片”をつたって、下へと降りて行く。アルタもトーワに習って下まで降りると、先に底に着いていたトーワが扉を開けて、船内へと導いた。

 船内は真っ暗で、酸素もないようだった。

「クォンはこれに乗って、“欠片”を拾っていたんだよ。今はほとんど壊れちゃってるから、もう重力装置しか動いてないんだけどね」

 重力装置によって、宇宙船を中心に幾重にも“欠片”が積み重なって星のような型を形成している。トーワの話を聞いて、アルタはこの星の本当の正体がようやく分かった。

「ぼくは外でも平気だけど、たまにここで寝たりするんだ」

 居住スペースにはベッドと切れかけの時計に、いくつかの本。そして一枚の写真立てが置いてあった。それは幼い子供を抱いた男性と、彼に寄りそう女性が写った写真だった。

 この男性がクォンなのだろうか。トーワに尋ねようかと思ったが、先ほどの暗い顔を思い出し、クォンについては彼が話すこと以外を訊くべきではないとアルタは判断した。

「ありがとう。もう上に戻りましょうか」

「そうだね」

 トーワをうながし、アルタは地上へと戻った。

 地上から見えるのは、ぐるりと続く“欠片”の地面だ。トーワは1人で、宇宙船が星になってしまうほどの“欠片”を集めてきたのだ。それはきっと、いつ終わるかも分からない孤独な作業だっただろう。

 そう言えば、トーワはいったいいくつなのだろうか。

「先ほど10年をちょっとと言っていましたが、人間にとって10年は決して短い時間ではありません。そう感じるということは、きみは地球人より長生きなのですね」

「どうなのかな。ぼくは時間の感覚ってよく分からないんだ。楽しい事は長いし、嫌な事は短いよ。1人で“欠片”拾いをするのは寂しかったから、短かったな」

 なるほどと、アルタは納得した。トーワの体感時間は、地球人とは違うのだ。外見が似ているせいで、ついつい人と同じ尺度で考えてしまうが、それは間違いなのだ。

 そもそも宇宙において、時間ほど曖昧な物はない。地球換算で年齢を知ろうとするのは、無理な話だろう。

 トーワが座って星空を眺めはじめたので、アルタも隣に腰をおろして眺めることにした。

 空には無数の星がまたたいている。地球から見える星空とは比べ物にならないほどの数だ。この星のどれかが、地球なのだろうか。

「この10年間、することと言ったら“欠片”を拾うだけ。楽しみと言えば、時々そばを通る地球を眺めるくらい」

「地球のそばを通るのですか?」

「うん。これもクォンの時計で調べてみたけど、3年に1回くらいかな? この間地球を通り過ぎてからもう半分以上経ってるから、もう少しでまた地球を見られるんじゃないかな」

 この星がどのような軌道を巡っているのかは分からないが、少なくとも地球の周辺を回っているようだ。

 元より地球に戻るべき理由もなかったから、こんな状況では帰ることはおろか、もう二度と地球を見ることもできないだろうと諦めていたので、その事実はアルタを少なからず安心させた。

「綺麗だよね、地球。ぼくは地球を見るのだ大好きなんだ」

 トーワはまるでそこに地球があるかのように、嬉しそうに空を見つめていた。

「地球に近付くとね、星の表面にある“欠片”が、地球に落ちて行くんだ。それは燃えて、星みたいにキラキラになるんだよ」

 “欠片”の流れ星。もしかしたら、今まで見た流星群の一部は、この“欠片”だったのかもしれない。そしてそれは、この独りぼっちの宇宙人が拾い集めていた物だったのかもしれない。

 誰にも気付かれることなく…。

 それはヒマリを想起させた。

 アルタは無意識に、右手に握ったペンダントを見つめていた。

「私も、トーワさんのお友達になれますか?」

 それを聞いて、トーワの目が輝いた。

「もちろんだよ!」

 トーワは飛ぶように立ち上がり、アルタに抱きついた。

「嬉しいな。クォンが教えてくれたんだけど、人は大切な人とこうやって抱き合うんでしょう?」

「ふふ…、そうですね」

 突然のことに少し驚いたが、アルタも優しくトーワを抱き締めてあげた。

「でも、クォンと違ってアルタは硬いね」

「それはロボットなので、仕方ありません」

「そうだ。ねぇ、今度はアルタの話を聞かせてよ」

 トーワはアルタから離れて、座りなおした。

「ロボットのことはクォンからちょっと聞いたことがあるけど、よく分かんないだ。見た目は人間と違うけど、話しててもクォンとそんな違わないよね。それに、アルタはずっとペンダントを握ってる。それは大切な物なの?」

「これですか?」

「そう。それにさ、なんで宇宙にいたの?」

 アルタは少し考えた。トーワが気になるのはもっともなことだし、聞きたいと言うなら、話してかまわないことだ。

「少し長くなるかもしれませんが、良いですか?」

「大丈夫だよ。時間はね、たくさんあるんだ」

 人々の夢の欠片でできた小さな星に、2人きり。見えるのは真っ暗な宇宙と、輝く星々。彼らを急かすものなど、何もなかった。

「そうだすね…」

アルタは右手にずっと握り続けているペンダントに、もう一度目を落とした。

「私にもね、亡くなってしまった大切な人がいるのです」

 アルタは自分の長い過去の記憶を読み込みながら、トーワに話し始めた。ヒマリとの日々の話を…。

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