異世界借金返済記
入江九夜鳥
0. プロローグ的な
1. あいきゃん(んと)ふらい
†
人は空を飛べない。
だからこそ古来より空を行く鳥に想いを馳せ、飛行機という文明の力で以て空を飛ぶことを目指した。
それはとても素晴らしい事だと、俺は思う。
人間が絶えず憧れ、望み、辿りついたということだから。
俺も願わくば――そういう人間でありたい。
人生において、困難は多いだろう。
目的に至るまで多くの苦労を重ねる事になるかも知れない。
それでも諦める事なく歩み続け、いずれは夢を叶えたい。
自分が何者に成れるのか、それはまだわからないが――
そんな青臭い想いを胸に、俺は春の桜舞う桜並木を歩いていた。
おろしたばかりのスーツ。慣れないネクタイ。着るよりは着られているこの格好は、これから大学の入学式だからだ。
今日から大学生。
期待と希望、そして少しばかりの不安。
青い青い、春の空にこれからの人生へ想いを馳せる。
赤い信号が青に変わり、踏み出す一歩。
それはまるでこれから新しい人生へと踏み出すことを象徴するかのようで。
そして二歩目。
突っ込んできた居眠り運転のダンプカーにグッシャア跳ねられ、俺の身体は空を飛んだ。
――人は空を飛べる(物理)
そんな下らないことを考えながら、俺の意識……魂は、真っ赤な血飛沫を撒き散らしながら落下していく肉体から離れ、空へと昇っていく――
意識がだんだん暗く、重たくなって、
俺は眠るように……
…………
……
…
意識が途切れる寸前、誰かに呼ばれたような気がした。
†
深いところに沈んでいた意識が浮上し、俺は目を開いた。
俺は――ここは?
無理に揺すり起こされた時の寝起きの様な感覚。頭がうまく回らない。
しばらくぼんやりしていたが、やがて意識がはっきりと覚醒してくる。
すると違和感が、俺の中に湧きおこって来た。
「………?」
ここは、一体どこだ?
薄暗い部屋だった。
乱雑に散らかった印象がある。
近くのテーブルの上にビーカーのようなものが転がっている。フラスコには謎の赤紫の液体。色とりどりの水晶や、鉱石類。書類やメモの様なものが何枚も落ちていた。何冊か立派な装丁の本が無造作に広げられている。
床に何か良くわからないケーブルが何本も這っていて、それがあちらこちらを繋いでいる。それなりに広い部屋だというのに、そういった乱雑さのせいですごく狭い場所のように感じられた。なんというか、SF映画か何かに出てくるマッドサイエンティストの実験室って感じだ。
そして、その実験室の中心に、俺はいるのだった。
「な、なんだこれ?」
場所の奇妙さもさることながら、俺自身も相当変なことになっていた。
まず、斜めに傾けられて固定してある透明なカプセルの中に浮いている。
そのカプセルの内部には薄緑の色をした液体で満たされていて。だというのに、不思議なことに全く息が苦しくない。普通に呼吸ができている。
狭いカプセル内で首を巡らせて、俺は自分の身体を見た。
薄緑の液体の中で、俺は全裸だった。
ストリーキングの習慣は無いので、風呂に入る以外に全裸になることは殆ど無いのだが、服は一体どこにいったのだろう。
というか、この……胸に埋め込まれた赤い拳大のモノは……なんだ?
それがちょうど心臓の上の位置にある。
ルビーのような宝石か? だとしたら一体何カラットあるのだろうか。
宝石の鑑定なんてできないが、これが本物のルビーだとしたら一体幾らくらいするものなのだろう。
だが、どうしてこんなものが俺の胸にあるのだ?
疑問に思い、そっと触れてみる。
見た目通りの感触……つまり、硬い。
だが不思議なことにその表面に指を這わせると、触れられている感触があるのだ。
例えば歯や爪のような、人間にだって硬いパーツが剥き出しになっている個所はある。
だが表面に神経が通っているわけではない。歯や爪が何かに触れていると感じるのは、その歯ぐきや指先といった支えになる部分に通っている神経が知覚しているからだ。
だが、この胸元の宝石? はそうではない。
皮膚と同じように、触れられた部分に神経が通っているように、触られている部分でそうと知覚しているのだ。
これは一体なんなのだ……?
というか、この状況全て、一体なんなんだ?
そもそもこんなカプセルの存在自体からしておかしい。
どうして俺はこんなモノの中に入り込んでいる?
様々な疑問が脳裏を駆け巡る中で、ふと、俺は自分が全裸であることを思い出した。というより、一体何時脱いだのだろう? という疑問に対して気がつくことがあったのだ。
最後に来ていたのは、スーツだった。
そもそも着なれないスーツを着ていた理由は、大学の入学式だったからだ。
そこで俺はダンプカーに跳ね飛ばされて空を飛び、
……死んだ、のではなかったか?
いや、だってほら。
ケチャップ的な色の液体塗れで地面を転がる自分を、俺自身は見ていたじゃないか。
それで俺の意識は空に昇って行って、それから……。
いや、待て待て。
そもそもの前提からして間違っていたとしたら、どうだ?
つまり俺は死んでいない――のだとしたら?
事故に遭って空を舞った。
幽体離脱的なアレで、俺はそれを見ていた。
だが実は死んでおらず、蘇生し、こうして医療用カプセルの中で意識を取り戻したのだ。
あるいは事故に遭ったこと自体が俺が見たリアルな夢で、本当の俺はこうしてずっとカプセルの中で浮いていた……という設定はどうだろう。
自分で設定とか言っている時点でもう破綻しているようなものだが、その、アレだ。
今まで高校生でこれから大学生だと思っていた俺は実は仮想現実の世界に生きる存在で、内部での事故によって偶然目覚めた今の状況が現実であり、機械との戦争に敗れた人類はこうしてカプセルに入れられて機械たちの活動源である電気を発生させるために存続を許されているのだ。人々の意識はそうと知らず、仮想現実の世界で生きている。
しかし極まれに俺の様なイレギュラーで目覚める人間が存在し、彼らは協力してレジスタンスを結成。仮想現実の世界を舞台に機械側の
そして俺は、そこに現れた予言の救世主として……。
…………。
いや、ンなことたねぇよ。
一周回ってセルフでツッコみたくなるほどには俺も混乱しているらしい。
大体、超有名SF映画三部作の設定そのまんまじゃねぇか。
人間空想の世界だけではなくて、現実を見て受け入れなければならないからな。
戦わなきゃ、現実と。ってやつだ。
まぁ、俺の生え際はまだまだ安泰だがな!
いや、生え際の話は別にどうでもいいんだ。
いいから落ち着けよ俺。
というわけで、俺は改めて周囲を見回した。
実験室のような、という印象は変わっていないが、明らかにここは人為的な空間だ。
つまり、ここを管理している、または使用している人間がいる筈だ。辺りの散らかりっぷりをみれば、後者だろう。
事故で意識不明の重体だった俺を、治療してくれた人だろうか。
だが、いかな俺が医療技術に明るくないとはいえ、流石に胸に宝石を埋め込むっていう医療技術があるとは思えない。それに、この身体傷の一つも無いし。
と、俺が数少ないヒントから現状について推論を重ねていると。
向こうの方。
壁と思っていた場所がスライドして、通路が現れた。
そこに居たのは――黒髪の、一人の少女。
額に赤い宝石? のようなものを貼りつけた彼女が、俺を見た。
赤い瞳の彼女の視線が、俺の視線と交わる。
ドクン、と俺の胸の宝石が、心臓の鼓動のように跳ねた気がした。
それが彼女と……俺の産みの親である彼女との、最初の出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます