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「――――それで、これがざっくりと見積った【新拠点】の予算だよ。何か意見はあるかい、加藤さん」

「うーん。家賃が完全に無料っていうのはすごいけど~、部屋の数が広いし、設備の維持にお金がかかりそうだよね。たとえば、備品が壊れた時のために、予定外の出費がかかりそうなのが怖いかなぁ」

「メンテナンスに関しては心配しないでくれ。とりあえず、個人的な財源でなんとかしてみせるよ」

「今あるお金で、最低どれぐらい維持できるの?」

「〝現メンバー〟のみで言えば10年持つ」

「同人ソフトの売り上げは、そこには含まれてないよね?」

「当然だ。あの金はすべて、次回作の製作費に回してもらう。それがクリエイターにとって最大のモチベーションに繋がるからね。ただし、現実がそういうわけにもいかないのは、君なら理解してくれると思う」

「うんうん。安芸君に〝10年は持つ〟とか言ったら、クオリティ保持のためにとか言いきって、続編を匂わせた上での大作を、10年で一本しか作らないかもしれないもんね~。権利を上手く利用して立ち回れば、それだけで食べていけるかもしれないけど~」

「加藤さん、そういう事を言ってはダメだ。怒られる。僕は大人だから流すけど、とりあえず他に気になるところはあるかい?」

「う~ん、やっぱり音響周りかなぁ。楽器に関しては、氷堂さん以外に分かる人がいないしね~。っていうか氷堂さんも機材に関しては素人だよね?」

「あっさり言うね。まぁ一応、音響の修理は僕の人脈でカバーできるよ。ただ、加藤さんの言うように、設備関連で不具合が起きた時、いちいち僕が交渉役に回ると、日常の通常タスクが回らなくなる。僕としては、それだけは避けたい」

「うんうん、わかるよ~。つまり私に【事務所】の窓口というか、主に交渉役になれって話だよね~」

「あぁ。現状で期待する君の役割は、今はそこかな」

「今は?」

「君だって、まだクリエイターの道をあきらめたわけじゃないだろ?」

「まぁそれは……」

「会社の経営が起動にのれば、雑用をこなす人材を雇うこともできる。現状は『クリエイター資質』に特化している連中ばかりで、僕らのような一般的な感性や、感覚を持っている人間が他にいないから、まずは地盤固めが先だ」

「倫也君は? 一応〝納期最優先主義〟を詠ってるけど」

「その〝納期の期限〟を、彼が最適に設定できると思うかい?」

「……あー、うん。確かにそれはちょっと、任せきれない、かも……」

「だろ。彼も根はクリエイターだからね。基本的には制作の総指揮として、作品制作の作業に集中させたいというのが僕の考えだ。

 とにかく目前のプランとしては、最初の数年は、僕と君で経営にあたりたいと考えている。もちろん途中で意見が対立したら、彼に意見を問うのもいいだろう」

「空中分解しない?」

「ルールを決めておこう。基本的に、僕と君の〝物の見方〟は同じだ。クリエイター最優先主義。結論はそれでいくが、構わないね?」

「……それは、うん、構わないけど……ところで、来年の今頃まで、倫也君には、この事は秘密なんだよね?」

「あぁ。他言無用に頼むよ。他の現メンバーにも内密に」

「出海ちゃんにも?」

「話していないよ。とりあえず、肝心の彼の将来がまだ未定だからね。理想はこの一年で、クリエイター、プロデューサーとしての素質、自力を高めてもらいたい。そして翌年に『環境』が必要になった頃に――」

「……この【事務所】を、紹介するわけだね?」

「加藤さん、そこは【新拠点】と言ってくれ。そっちの方が、ほら、カッコイイじゃないか」

「うーん、よくわからないけどー、まぁどっちでもいいよ~。この物件を見つけてきたのは、伊織君だしね~」

「元々は僕の物じゃないさ。卒業記念に、師匠から与えられた仕事で、良さそうな場所を一つだけ、引き払わずに取っておいたのさ。おそらく彼女もそういう心づもりで、僕に託したんだと思ったから」

「うんうん。お金持ちのアラサー女から、都心部のマンション一棟もらってきたって、完全にイケメンホストの役割だよね~。すごいよ~」

「…………それ褒めてないよね? 加藤さん」

「そんなことないよ~。でも個人的な恨みとはべつだから~。なんていうかねー、ほら、癪だなーって思うでしょー? 一度、私たちの関係を自分の都合で壊してくれた女性の元職場を引き継ぐのって、正直に言って屈辱だよね~」

「加藤さん、加藤さん。落ち着いてくれ、目がマジになってる。人を殺す目だ」

「あはははは、そんな事ないよ~。私ってほら、人畜無害で空気のよめないフラットキャラらしいから、そういうの全然ないからね~?」

「キャラが濃いよ……加藤さん……というか君は彼女に近……いやなんでもない。まぁほら、オタク的に言えばさ、元は宿敵だった相手が仲間になってっていうパターンは、王道とも言える展開なんだよ」

「ふふふふふふふふ。いいよね~、なんていうか、二次元は平和で。発想とか着想とかも理想的だけど。へぇ~、人間ってそんな簡単に許し合えるんだ~。じゃあ戦争とか起きないよねっていうか~」

「……気が向いたら、話し合おう。うん。話せばわかる。話せば……たぶん」

「ところで、将来的に【事務所】を法人化するなら、やっぱり、法律とか勉強してた方がいいよね」

「あぁ。【新拠点】を会社にするビジョンはもちろんある。取り急ぎ、代表者の名義は僕にする予定だが――異論はあるかい?」

「うーん。微妙かな~?」

「微妙て」

「じゃあ、私たちが、君を社長に推すよ~って判断するのに、伊織君も一年かけて修行したらどうかなぁ?」

「フッ……つまり、この僕だと役不足と言うわけだ?」

「今のままだとね~」

「いいだろう。加藤さん。僕が証明してみせよう。昨日の敵は、今日の友になれるのだという、その証を立ててみせようじゃないか」

「でもそういうの、今の時代だと流行らないって聞いたよ~?」

「……そこは素直に盛り上げてほしかったな……君、一応はメインヒロインなんだから、さ」

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