2-2 襲撃はディナーの後で

 ドワインとの話し合いの末、アンドレという男は盗賊に殺されたという事になった。

 もちろん、ドワインはそんなことは信じていない。確実にサンディが敵だと認識した様子でその話し合いを終えた次第である。

 サンディとしてはこれからの方向性を再認識させることができ、計画通りと言ったところ。

 いいや、彼女にすれば計画通りなどというものではない。順調すぎてにやけてしまうほどであった。

 



「あの……よかったんですかい?」


 サムは目の前に並べられた料理を前におどおどとそう言った。


「私、家を貸せとは言いましたけど、タダでとは一言も言っていませんでしてよ?」


 サンディはそう言い、手を広げて見せた。

 彼女はサムとティナを連れ、ドワインが経営するレストランに来ていたのだ。

 内装はそれはもう絢爛豪華の極みで、ドワインがどれだけのお小遣いをもらっているのか知れないと言ったところ。

 当然、スタッフもドワインの手下であると見ていい。


「好きなだけお食べなさいな」


 にこりとサンディはティナの方に微笑みかける。

 ティナは相変わらず暗い表情ではあるが、少なくとも昨日に比べると表情が見えているだけでも回復していると言っていいだろう。

 サンディは二人が豚肉の煮込みを食べ始めたところを見て、にこりと口元を緩めた。

 二人を連れてきたのは何も恩義や哀れみからではない。

 単純に彼らの家で豚の糞のような料理を食うのがいやであったというのと、彼らの家で料理を食べないとなるとドワインの息がかかっているかもしれないレストランに行く必要がある。そうなった時に毒でも盛られていれば大変だ。

 ────と、いうわけで、彼女は毒見をさせるために二人をレストランに誘った次第なのであった。

 とことん善人からは程遠い女であることは間違いないであろう。

 愉快そうに料理に手を付ける二人。そして、懐中時計を片手ににこにことその様子を微笑ましく眺めるサンディ。


「お酒も必要ですわね」


 そう言い、サンディは店員を呼びつける。

 すたすたとやってきた店員にサンディはワインをボトルごと持ってくるように注文をする。サムに飲ませて大丈夫であれば自分が飲むためだ。


「ところで、何を話してきたんだ?」

「何とは?」

「ほら、朝の騒ぎの後出て行ったろ」

「ええ。まあ、昨夜の殺人事件について少し話をしましたの。それだけよ」


 にこりとそう言ったところでワインのボトルがやって来る。見たところ封はしたまま、毒は入っていない様に見える。

 サンディはそれでも用心のため、サムに飲ませることにした。


「お先にどうぞ」

「悪いな」


 サムはそう言い、ボトルを手に取ると栓を抜き、グラスに並々注いでからごくごくと赤ワインを喉に流し込んだ。


「こんなに美味いの飲んだことないぜ!」

「それは良かった」


 サンディはそう言いながら左手で持った懐中時計に目をやる。

 時間の経過から見て、料理に毒は入っていないらしい。毒が入っていた場合、ティナの方が体が小さいため長くても十分程度で症状が出始めるはずなのだが、それが無いからだ。

 ワインは飲んだのがサムだ。胃の中に料理が入っていることを考えると、三十分は経たないと判断できない……となれば、あの飲みっぷりだ。ワインは飲めそうにないかと、少し残念そうな笑みを残し、サンディは豚肉の煮つけを自分の取り皿に装った。

 考えてみれば朝から何も食べていなかったのだ。腹の減り具合もやぶさかではない。

 彼女がそれを食べようとしたその時である。

 自分の手前においていた空のワイングラスにふと何かが映った。

 それは、レストランの外を過ぎようとする棺桶を乗せた馬車だ。

 こんな夕暮に墓に向かう気か? いや、おかしい。

 そう判断したサンディは手をフォークからホルスターから出る漆黒のグリップに移した──途端である、三つの棺桶の中から覆面をした男が三人飛び出し、手にしたライフルをこちらに向けたではないか。

 サンディは咄嗟に椅子ごと横に倒れ、同時に足でティナの椅子も蹴り倒した。

 ガラスが割れ、銃声が響き、レストラン内が悲鳴で埋まった。

 サンディは吹き飛ぶ料理の欠片を顔に受けながらも、何とか怪我はしなかった。それはティナも同様である。

 銃撃はすぐにやみ、馬車を操る御者の男が叫びすぐさまその場を去って行った。

 サンディが立ち上がり、辺りを見回すと、椅子に座ったままハチの巣にされたサムの姿がある。


「お父さん!」


 ティナが悲鳴とも泣き声ともつかぬ絶叫を上げ、死んだサムの体に抱き着いた。

 サンディはその様子を苛立たし気に眺める。

 白い服を父の血で染めながら泣きじゃくるその姿。

 その光景、いや、その様を見ると、無性に苛立たしく思えるのだ。

 いつか見た光景……そう、遥か昔の出来事。

 それを思い出しそうになり、サンディは足早にレストランの割れたガラス窓から駆け出る。

 馬車は夕陽の中に砂埃と共に消えつつある。

 サンディは指笛を吹く。すると、駆けて寄ってくるのは漆黒の馬。サンディはそれに飛び乗ると、掛け声とともに駆け出すのであった。

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