4-2 自由なんてどこにでもある

「遅かったわね」


 馬車から降り立った二人に、涼しげな顔でエンジェル・アイはそう言う。

 既に陽は随分と登り、朝の冷ややかさも無くなり、うだる初夏の蒸し暑さだけが漂っていた。


「道が混んでてな」


 リタがおどけて見せる。


「そう……その様子だと、任務は完了と見て間違いなさそうね」

「概ねその通りです」


 その問いには、ウィルが答えた。


「あら、随分と垢ぬけたようですわね……結構な事で」


 エンジェル・アイは、彼らの後ろに荷台から降ろされた小さな手押し車を見て取った。


「それがロナスの死体かしら」

「ああ。正真正銘ロナス・サンチェだ。殺したアタシが証言してやる」


 エンジェル・アイは指を鳴らして手押し車を指差す。途端、兵士が車にかけてより、かけられていた白い布をはらって中身を確認する。しばらくして、兵士は彼女に向かって大きくうなずいて返した。


「持ってきなさい」


 エンジェル・アイはその言葉と同時に、腰のホルスターから漆黒のS&Wモデル3スコフィールドを抜き出した。

 黒の銃握には金色で天使の羽が描かれており、天使の瞳を持つ女にふさわしい銃といえるだろう。

 彼女の銃はロシア仕様のモデルであり、トリガーガードの下部に指かけの付いた俗にいう鋸柄ソウ・ハンドルが設けられていた。

 彼女は優雅な仕草で、その指かけに白く長い指をかける。


「何の真似だ」


 リタが重い響きで口を開いた。


「答える気はありませんわ。私は三文小説の悪役でなくてよ」

「ってことは、悪人であることは認めるわけですね」


 ウィルもぼそっと口を開いた。

 エンジェル・アイは、彼が口を開いたことに、少し驚いたが、すぐさま気を持ち直した。


「いえ、認めませんわ。これは飽くまで状況を鑑みるに、私の役は悪役のそれと見えないことも無いので、そう例えただけですわ」


 そう言う彼女の横に兵士にが手押し車を押してやってきた。

 エンジェル・アイは、布を捲り、中を確認するが、中には硬直した男の死体。

 正直、ロナスの顔なんて知らないのだけれども、多分コイツでしょう。

 と、アバウトに頷き、顎で示し、後ろに運ばせた。


「悪役なんじゃねーか」


 リタが喚いた。


「悪役じゃありません」

「状況がそうなんだろうが」

「例えですわ」

「んだよ、アタシらを使うだけ使って証拠を隠滅しようってか?」

「あら、アナタにしては頭が冴えているのね」

「ふざけやがって……この…………」


 リタの様子がおかしいことにエンジェル・アイは、眉根を寄せてしかめて見せた。それは彼女が心底危険を感じた時にのみ見せる表情でもある。


「だーっはっはっは! やっぱ無理だわっ!」


 リタは腹を抱えて爆笑しだす。隣のウィルもくすくすと小さく笑っている。

 突然の呵々大笑に、背後の兵はどよめき、町の人々でさえ、様子を伺いだした。

 エンジェル・アイは、スコフィールドの指かけの指をとっさに引き金に移して、リタを見開いた青い瞳で睨んだ。


「何がおかしい!」


 腹を抱えてい俯いていたリタがゆっくりと、顔を上げて緑色の瞳をエンジェル・アイに向けた。その顔はいたって真面目であり、笑みは消え去っている。


「何もかもだよ。バーカ」


 こいつらはこちらの動きを知っていたというの?

 だとすれば何故戻ってきた?

 戻って来るからには、何か、そう、私たちに勝つ見込みが……ある、はず。

 彼女たちの行動から逆算された答えが彼女の脳裏を巡る。

 こちらはリタの、ひいては雷撃のリタの戦闘パターンを熟知している。そのため、兵の配置は一辺に寄せ、彼女が駆けて近寄れない距離に配置した。この陣形に勝てる見込みがあるとすれば、背後の兵を一斉に排除すること。

 そしてその方法ならば、ないことはない。そう、ダイナマイトでも使えば兵の一斉排除は不可能では……ダイナマイト!?

 エンジェル・アイは、とっさに振り向き、手押し車を見やる。

 手押し車は既に後方まで運ばれている。そこには多くの兵士が屯して……。

 エンジェル・アイは、そんな事よりもわが身が可愛かった。

 咄嗟に彼女は大きく右に飛び退いて、通りの屋台の樽の後ろに滑り込んだ。高級なスーツがなんのその。今はそれどころではない。

 彼女の表情には珍しく笑み以外の表情、そう、恐怖の表情が浮かび上がっていた。


「ドカーン」


 リタの声が聞こえた気がした。とその言葉に反応する間も有らばこそ、次の瞬間には全身を熱風と衝撃が襲い、音など聞こえはしなくなった。

 それは束の間のことであり──一瞬意識がとんでいたとも感じられるのだが──、酷く痛む体と無音の世界に瞼を開き、辺りを見回す。

 ふと、地に伏した状態で見上げた視界の先に、ほくそ笑む男女の姿が映った。


「この……Ugly卑劣クソ女ビッチめ!」


 エンジェル・アイは憎たらしげにそう吐き捨てた。

 きーんとした耳鳴りが聞こえ始め、どうやら鼓膜は破れていなかったと、この状況下で安堵する。


「お前はBad悪い奴だろうが。それによぉ、アタシは忠告したんだぜ。言ったろ『同じ轍は踏まねえ』ってさ。ありゃお前に言ったんだ。それとも何か? アタシが上手い話しにほいほい乗るとでもガチで思ってたのか?」


 リタは嬉しそうに笑うと、エンジェル・アイに銃口を突きつける。


「てっきり、無罪放免ってのに乗ったのかと」

「バーカ。アタシは別に無法者でも良いってんだ。てか、そっちの方が自由が利くしな」


 エンジェル・アイは「そう」と表情を一瞬、曇らせた。

 読みが甘かったという訳ではない。

 結局、この女と私の価値基準が交わらなかったというだけ。

 悔しいけれども、私の負けね。

 彼女は諦め、視線を上げた。


「殺しなさい……」


 リタはその言葉に顔をしかめ、銃口を上げ「ったく」と小さく舌打ちをした後、踵を返して背を向けた。


「ぶっ殺してやりてえとこだけどよ。お前が生きたまま地獄に落ちていく様をどっか遠くで眺めるってのも悪くねえと思うんだよ」

「……どういう意味?」


 リタは少し離れたところで再び踵を戻し、先の何倍にもまして卑しい笑みを地に伏すエンジェル・アイに向けた。

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