第三章
3-1 やはり、早起きは得じゃない
今日も今日とて朝陽が昇る。
まばゆい光を浴びながら、門番の朝は再び始まった。
昨日は侵入者を二人もいれちまうし、殺されるかとも思ってたが、ロナスの奴ら、アイツらを痛めつけることでそれどころじゃなかったらしいから、まあ、そう言った意味ならあの青年に助けられたってとこか。
そこまで熟考してから門番はふと思う。
そもそも奴らが来なけりゃこんな気苦労覚えなくても済んだんじゃねえか。ってことはだ、結局悪いのはあのゲイリーとか名乗った男じゃねえかよ。
門番は「くそ」と誰に言うでもなく罵ると、黄色い砂を蹴とばしてみる。
それにしても──続くのはいつもと同じ言葉。そう、暇だ。
煙草でも吸うか。
そう思い立ち、軍服の胸ポケットから煙草を取り出すと、口に咥えたところで慌ててマッチを箱に戻した。
危ない危ない。今日はダイナマイトの運搬があるんだった。煙草なんて吸ってて引火でもさせちまったらせっかくの命が台無しだ。
門番は銜えた煙草もポケットに戻すと、溜息を落とした。
気怠さと常習化した毎日に嫌気がさしてきていたのだ。
今日はあの侵入者二人を広場で絞首刑にすると言うが、いやはや、俺も行きたいもんだ。誰か代わってくれないかな。
そんなこんなと考えていると、地平の彼方から馬車が揺られてやって来るではないか。
おそらくあれがダイナマイトを積んだ馬車だろう。しかし、こんなに早く来る予定だったか?
一瞬疑問に思ったが、長旅だったのだろう。前夜のキャンプを早めに切り上げたというのなら分からんでもない。砂漠の夜は堪えるからな。
門番は以前、運搬係を任されていた時期があったことを思い出していた。
あの仕事は給料の割に危険だし辛いしで、良い事なんてなにもない。同情するぜ、まったく。
馬車は門の少し前でスピードを落として、ゆっくりと門番の方に近づいた。
「おはよう」
馬車の御者台にはオレンジ色のポンチョに身を包み、頭にはソンブレロハットをかぶった、人物が腰を下ろしていた。
顔は髪と口ひげでよく見え無いが、その毛の中から突出した浅黒いとんがり耳──少し耳の先に毛が生えているので獣人とのハーフだろうが──からアースエルフとみられる。首元には真っ赤なマフラーが巻かれており、あまりに大きいためか、巻き切れない部分が後ろになびいていた。
「お、おはよう」
それはあまりにしゃがれた声で、油の切れた風見鶏だってこんな汚らしい音を出しながら回転はしやしないだろう。
門番は訝しげな表情で目を細めた。
「風邪でも引いてんのか?」
「お、おう……まあ」
ぎこちない声でそう言うアースエルフ。風邪を引いたから早めにキャンプを引き上げたって訳か。
門番は納得して、御者台をポンと叩いた。
「ご苦労だな」
「あ、ああ」
「疲れてるところ悪いが、荷物を見させてもらうぞ」
荷台には箱に詰められたダイナマイトが四箱。弾薬の類がひと箱。食料にライフルとスコープ。異常はない用だ。
門番は荷台をくまなく確認もせずにそれだけ確認すると視線をアースエルフに移した。
「お前一人なのか?」
「ああ……」
「そう、か。じゃあ、最後のひと仕事頑張れよ」
「し、仕事?」
アースエルフは少し焦り気味に尋ねてきた。若干声は裏返り、女性のような声になっていた為、門番は笑いをこらえた。
彼も一生懸命なんだ。笑うのは失礼だろ。
門番は「こほん」とわざとらしく咳を取ってつけ、ニヤケ顔を誤魔化した。
「仕事さ。なんだ、聞いてないのか?」
アースエルフは頷く。
門番はやれやれと言った調子で溜め息を落とし、アースエルフの方を見た。
「そのダイナマイトを町の奥の倉庫まで運ぶんだよ。大丈夫か、任せられるか?」
「あ、ああ。まかせろ……じゃなくて、大丈夫だ」
「お前…………」
門番はそう言ってじいとアースエルフの顔を覗き込む。けれども、髭に邪魔されて、良くは見えない。視えたのは綺麗な緑色の瞳だけ。
顔を見ようかとも考えたが、いいや、流石にこれ以上引き留めるのも悪かろう。早く解放してやらねば。
「体調が悪いんだろう? 早いとこ仕事終わらせて町で休め。良いな?」
優しい口調で門番はアースエルフに語りかけた。
アースエルフはソンブレロハットを軽く前に下げると、馬車を町に進め出す。
馬車が完全に町に入る前に、門番は踵を返し、地平を眺めた。
今日は、何事もなく終わりますように。
後のことを考えるに、この時の門番の祈りは、どうにも神に聞き入れてもらえなかったらしい。
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