1-9 正義の味方

 銃声に集まった人々が、安い娼館の前にぞろぞろと集まって来ていた。

 何かもめごとか?

 ただ乗りって噂だぜ。

 あんな店でか?

 そんな声を聞きながら、クリーム色のマントに体を隠した少女が人混みの中を器用に泳いで、騒ぎの中心に移動していた。

 マントにはフードが付いており、それに頭は隠れて瞳の部分は見えないが、薄い唇に透き通るほどの白い肌と、そのなめらかな顔の輪郭に沿うようにして首元から毛先がのぞくプラチナブロンドの髪。

 みすぼらしい人々の中では明らかに異質であり、彼女の周辺の取り巻きは、銃声の件よりも彼女の存在に驚いている風だ。

 その彼女はそんな事には気付いていないらしく──そもそも気に掛けることも無いわけだが──銃声の聞こえた娼館の入り口をフードの内側に備える真紅の双眸で見据えている。

 そうしてどれ程経ったか、一組の男女があーでもないこーでもないと何やら言い合いながら、最初やじ馬には気付かず出てきたが、ふと足を止めて体を硬直させた。

 当然の反応だ。

 これだけ大勢の人に囲まれたら誰だってああなる。

 問題は、この二人が犯人である場合、取り乱して辺りの野次馬どもに危害を加える可能性があるという事だ。

 それは厄介だし、不用意な犠牲者は出したくない。

 彼女はそう思って、この二人がこの騒ぎの元凶であるかどうか見定め、必要であれば即座に動けるように、マントの留め具をそっと外した。

 女の方は、浅黒い肌に、露出の多い服装。一見娼婦かとも思ったが、腰に巻いているのは明らかにガンベルトであり、片方のホルスターには銃が収められている。こんな場末の安娼館の娼婦に、銃のような高級品を買える程の経済力があるとは到底考えられない。

 だとすれば、何者だ?

 少女は首を傾げて謎の女の観察を続ける。

 耳は尖っており、耳の先端は赤い毛で覆われているからして獣人とアースエルフとのハーフだろう。

 年齢は二十代か、あるいは十代後半と言ったところ。

 私とあまり変わらないという事か。

 男の方は、すらりと背が高くガタイも悪くない。腰のガンベルトには銀色のフレームを持つS.A.A.が収められている。

 ハンマーはファニングしやすいように広く潰されており、トリガーガードはこれでもかと削られているからしておそらく只者ではない。

 しかし、どうにも先ほどからの様子を見れば、主導権を握っているのはあの女の様子。

 あのガンマンの弱みでも握っているのだろう。なるほど、たしかに一度銜えこんだらなかなか男を離さない感じだ。

 彼女はそう思い、女の行動を注意深く見ることにした。

 やはり、最初に動いたのは女の方だ。

 女は、にへらと笑い、両手を振って見せる。


「暴発しただけだから。心配すんなって。はいはい、帰った帰った」


 嘘だ。

 あの女は嘘をついている。斜めに向けた視線がそれを物語っている。人間、嘘をつくときは視線を逃がすのだと以前、本で読んだ!

 義憤に駆られた体が今にも動き出しそうになったが、クッと抑え込む。

 攻勢に出るにあたって、相手を罰するというのだから、それなりに筋の通った言い分を持つ必要がある。

 そのためにはあの二人が悪人であるという確実性を持った挙動を待つ必要があった。

 人ごみを押しやり、二人が歩き出した。

 多くの野次馬が避ける中、マントの少女は動こうとしない。

 どうと構えるでもなく、ゆらりとその場に漂っている風にとどまっていた。これは彼女が教え込まれた戦術の一つであリ、相手にこちらの実力を悟らせないという効果がある。

 ついに、二人が少女の前に止まった。

 女が先に喋り出すだろう。

 何か真実を語らうとすれば、きっと男の方だ。

 少女の推測と同時に、女が小さく舌打ちをして見せた。


「んだよ。何か用か?」


 そうくると思っていた。少女は自分の予想通りの展開に頬を緩める。

 女の問いには何も答えずに、ただじいと岩のごとくその場に静する。これだけで、相手に威圧は与えられるもの。この知識もまた教育の賜物である。


「どかねえってんなら──」


 女の手が少女の胸倉をつかもうとマントにめり込んだ。

 コツン。

 と軽い金属の響き。

 手を出した女の目が丸くなる。


「お前……」


 何かを察した様子で女は口を開いたが、その声は背後からの声にかき消されることとなった。


「強盗ネ! そこの二人は強盗ネ!」


 あの娼館の主だろう。

 みすぼらしく髪を四方にぼさつかせ、哀れそうな声を上げてる。


「誰が強盗だ!」


 女がわめきながら振り向いて娼館の主と見られる男に悪口雑言をぶつけまくった。


「いや、強盗なのは間違っちゃないと思うぜ」


 男の口からは真実が語らわれた。

 自白だ! その言葉を待っていたのだ。

 少女は一気に姿勢を低くし、マントを翻して脱ぎはなった。

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