GUNS OF THE REVENGERS(邦題:続・荒野のコンパネロ!!!)

舞辻青実

雷撃のリタ ──群狼荒野を裂く!──

プロローグ

P-1 繋がれし狼

 石の壁が両側から圧迫していて妙な息苦しさを感じる。

 チロチロと、か細く揺れる蝋燭のオレンジ色の灯も、それに滑車をかける働きをしているのだろう。

 そんな通路を行くぼろ布を纏ったごわごわとした長髪の女が一人。その耳は少しとんがっており、耳の鋭角の先に毛が生えそろっていることからしてメキシコ人アースエルフと獣人種との混血であるらしい。

 その亜人種の女性の両隣りには、きちんとした制服の兵士が二人、ウィンチェスターM1886──排莢部分の真鍮部品が黄金に輝いて見えることから、通称『イエローボーイ』と呼ばれる──を手に、歩みをともにしている。

 亜人種の女は、歩みを進めるごとに手のかせがガチャガチャと音を奏で、それが耳障りで仕方がないらしく、眉間に深い皺を寄せていた。

 その不機嫌な顔は垢で汚れてはいるが、まつ毛の長い大きな緑色の瞳に、形の良い鼻と非常に整った顔立ちであり、この閉鎖的でごつごつとした石造りの監獄には不釣り合いである。

 彼女は狭い通路だというのに、自分の左右を封じるようにして歩く二人の兵士が鬱陶しく、緑色の瞳をわきを圧迫する兵士に交互に向けた。


「だから、アタシに何のようなんだよ? 絞首刑はまだ先だろうが」


 三度目の同じセリフ。何度聞いても返ってくるのは通路に反響した自分の声だけ。三度発して三度返ってくるのだから、同じセリフを六度は聞いてることになる。


「ったく、どいつもこいつも無口サイレンスだってか?」


 毒づいたところで、はたと両サイドのサイドの兵士の足が同時に止まった。

 そのさまがまるでぜんまい仕掛けの人形のようで、笑いがこみあげてきそうになったが、ぐっと下唇を噛んでこらえる。

 堪える必要はないのかもしれないが、ここで笑えば笑い声が反響してやかましいだろうと彼女は判断し、堪えた次第だ。

 そんな彼女の様子が気になったのか、左側の兵士が彼女のほうに顔を向けてきた。まだ若い兵士だ。彼女と同じくらいか、少し年下と言ったところ。


「怒ったか?」


 少しは人間らしさを醸し出したかと、彼女はにんまりと笑みを浮かべて見せる。

 けれども、その兵士は何もしゃべらない。素っ気なく視線を反らすのみだ。


「んだよ、つれねえな」

「ついたぞ」


 代わりに、右側の兵士が喋った。

 みやると、いかにもな漆で塗られ艶やかに光る扉が石のレンガに埋め込まれている。苔生したレンガに埋まる扉はあまりにも行儀良すぎて、かえって気色悪い。

 左側の若い兵士が扉をどんどんと三度叩いた。


「マルゲリタ・チェンチャッコ・トリニチィ────」


 若い兵士はそこまで言って後頭部を掻いた。


「──続きなんでしたっけ?」


 若い兵士は彼女を挟んで向こう側にいた壮年の兵士に尋ねた。


「馬鹿、『トリニチィ』じゃねえだろうが。『トリニティ』だったはずだぜ」

「違いますよ。その続きです」

「『アンソニー』とかじゃなかったか?」

「まだ長かったでしょう?」

「そうだが、少なくとも『トリニティ』の次は『アンソニー』だったはずだ」

「だぁー! アタシの名前なんだ! 目の前にいんだから聞きゃいいじゃねえか! 何なんだ、手前ら!」


 喚くマルゲリタ・チェンチャッコ・トリニティ・アントン・デサンタ・パシフィコ・ヒル・ダン・ダングス・バンデンランス──通称『リタ』は、自分の名前を問答する兵士たちに大きく叫んだ。

 大声で怒鳴ったせいで、キーンと反響する自分の声に思わずリタは顔をしかめた。隣の兵士二人も同様に渋い顔をしている。


「あーはいはい。もういいですわ~」


 その騒ぎに見かねたか、呆れ気味に扉の奥から柔らかい声が発せられた。


「その娘。臭いでしょうから風呂に入れてから連れて来てくださる? 部屋に臭いを移されては困りますの」


 兵士たちはぴっと背筋を伸ばし、「了解しました、大佐!」と敬礼してみせた。


「大尉ですわよ~」


 リタは扉越しでも分かるこの甘ったるくそれでいてかしこまった口調に覚えがあった。

 サンディ・ルーヴァン・ターナー。このケリオン監獄の局長にして、悪名高き賞金稼ぎ。

 別名『エンジェル・アイ』。スーツを着た死神。金の亡者にして、いけ好かないクソ女だ。


「臭いとはなんだ、エンジェル・アイ!」


 扉越しにリタは喚いた。またしても声が反響するが、もうどうでもいい。この際喚きまくってやる。


「事実でしょう?」

「香水臭い手前と比べりゃ豚の糞の方がマシだってんだよ、クソボケ!」

「とっとと連れてって~」


 毒気を含んだかのような柔らかい声色に合わせ、二人の兵士は二人してリタの両脇に手を突っ込み、引きずるようにして暴れるリタを引っ張った。

 野獣の如く、歯をむき出して暴れるリタを両脇の兵士が何とか抑え込んでいる。


「なんて馬鹿力だ」

「馬引っ張ってるみてえだよ」


 苦戦する兵士のやり取りは気にも留めず、知りうる限りの悪口雑言で騒ぎながら、リタは二人の兵士に連れて行かれた。

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