第4話
松山美奈子。
17歳でこの世を去った僕のたった1人の姉。
姉は生まれつき身体が弱く、更に精神薄弱であった。
その短い人生を、ほとんど華やかに飾り立てられた自宅のベッドの上か、殺風景な病院の個室で過ごした。
外にあまり出てないからか、その肌は透き通るように白く、髪は母が洗髪の時に椿油を塗るからか、艶めく黒髪で、身内は勿論、近所でも評判の美人で、噂を聞いた男子学生が家の前をうろついていたこともある。
精神薄弱であっても、姉は自分の美しさは自覚していたようで、体調の良い時には、ベッドから身を起こし、南向きの小さな窓から、純粋な男子学生に怪しい微笑みを撒き散らしていた。
白痴美人…という言葉が、姉を形容するのにぴったりだった。
僕は、親の、特に母親の愛情を一身に受ける姉が憎らしく、あまりいい思い出がない。
だから、目下1番大切といえる華が、姉に似ていると言われて、心が怒りに激しく波打つのを感じた。
しかし、その感情は、姉と華が確かに同じ雰囲気を醸し出していたからであることは否めない。
昔、こんなことがあった。
ある夏の夜、友達と夏祭りに行った僕は、当てもので中国製のエアガンを当てたことに気をよくして、夏の暑さで体調を壊し家のベッドに寝たきりの姉に土産を持って帰ろうと思いついた。
よくあるカステーラやりんご飴は、屋台の食べ物が嫌いな母が嫌がると思い、土産を探しうろついていると、人だかりを見つけた。
覗いて見ると、そこは、鮮やかな金魚が舞泳ぐ金魚すくいの屋台で、子どもはもちろん、大人もその小さく非力な金魚をアイスクリームのもなかのようなポイで追いかけていた。
「そうだ!金魚を持って帰ろう!」
僕は金魚すくいの屋台の煌々とついたライトに負けないくらいのヒラメキを感じ、ポケットに残っている最後の300円をタバコを咥えた屋台のおじさんに渡した。
ヒラヒラ尾びれを水中でひらめかせながら泳ぐ金魚はみな元気で、金魚すくいを初めてした僕は、狙った金魚にことごとく逃げられ、モナカのようなポイはすぐにふにゃふにゃになり使い物にならなくなってしまった。
あまりに早すぎたことの終わりに落胆した僕を憐れんだのか、屋台のおじさんは、白い煙を吐きながら一匹の真っ赤な金魚を持ち帰りのビニール袋にいれてくれた。
無骨なおじさんの優しさに胸を一杯にし、おじさんにむかって精一杯頷き、駆けて帰ろうとするとおじさんが僕の背中にむけて言った。
「その金魚弱ってんで~。」
幼い僕には、おじさんの投げかけた言葉の意味が理解できず、何がなんだかわからなかった。
善意でくれたはずの金魚が弱っているって、小さないたずら的な悪意だったのか?
振り返る勇気のなかった僕は、祭りの人ごみの中を金魚のようにすり抜け、家にひた走った。
今思えば、その金魚の運命は、その後の姉を彷彿とさせるものであった。
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