#10 神☆おねいさん
ケント少年とキューザンさん、そしてナオミさんの家は、村の中心地から少し外れたところにあった。
向かう途中で小さい神社らしきものの前を通ったけど、この村の守り神とかだろうか。神社にしては何か足りないような気もするけど。
そもそも私、挨拶とかしてないけど大丈夫だったのかな。縄張りを荒らす不届き者めとか言われて、村の氏神様に祟られたりしないよね。ブルブル。
たどり着いたキューザンさんの家は、回りを緑の生垣が囲い、白い花が良い香りを放っているこじんまりとした日本(風)家屋だった。
キューザンさんの家と思うと見た目も大きさも可愛らしすぎるけれど、あの可憐なナオミさんが住んでいるのは楽に想像できる。
そして私は、そこで自分の想像を裏付けるものを発見した。
「ねえ、これ。人がもたれ掛かった跡に見えない?」
私は、ケント少年に生垣の一端を指差す。生垣は重いものが圧し掛かったように枝が折れ、枯れた花が散っている。
最近あまり手入れがされていないのか、不恰好に枝が伸びてしまっている垣根だけれど、そうと気付けば実にはっきりとこの場で起きた事件の痕跡が見て取れた。
「あ、ここ! 葉っぱが濃くて分かり辛いけど、血じゃないかな……?」
ケント少年も葉っぱの一部についた血の跡を、目聡く見つける。
朝に見たキューザンさんの髭には、白い花が絡まっていた。半日で萎れる花がまだ白いままだったということは、キューザンさんの髭に絡まったのは昨日の夕方、家を出た時ではない。
「キューザンさんは昨日の深夜、ここに戻ってきた時に刺されてたんだ」
つまり山の中に連れ出されて、そこで刺されたのではない。刺された後、何らかの方法で山に運ばれて、斜面の上から淵に落とされたのだ。
しかしそうすると、一体誰があの巨体を山まで運べたというのだろうか。
「……親父を運べるような人間って言ったら、やっぱり大叔父さんくらいしか」
ケント少年は再び青褪めた顔で俯いてしまうが、私は首を傾げる。
「でも、ドモンさんはこの村の人間じゃないんでしょ? 土地勘のない人が、わざわざ深夜の山の中にキューザンさんを運んだりするかな」
下手すると自分も遭難してしまいかねないというのに、わざわざそんな苦労をする人間がいるとは思えない。
それだったらこれまでの仕打ちに腹を据えかねたタンデン老人が、他の飲み仲間と一緒にキューザンさんを襲って運んだと考える方が容易だ。もっともそれだって、可能性としてさほど高いようには思えない。
私たちは二人して色んな案を出したが、これぞという意見は結局出てこなかった。
「どうやら、時間切れみたいね」
空はだいぶ赤く染まって、山へ帰るカラスの鳴き声が幾重にも重なって聞こえ始めた。
「約束どおり、今日はもう家に帰らなきゃ」
「でも、まだ犯人が!」
ケント少年は頬を膨らませるが、私は首を振る。
「そんなにすぐには分からないよ。それに見るべきものも聞くべきものもあらかた調べたでしょ。そしたら一度持ち帰って、家でゆっくり考える方がいいと思うよ」
なにせ最終的には、宇宙人による人類完全捕獲計画やら、闇・魔術協会による新世界の神を呼び出す生贄大作戦だとか、よく分からない方向へ推理がぶっ飛んでいた。
もはや徹夜明けのテンション並の思考回路である。少し間を置いて頭を冷やさないと、まともな意見は望めそうにない。
そう言うと、ケント少年もしぶしぶではあったけれども頷いた。
「ねえ、明日も一緒に調査できる?」
ケント少年は上目遣いに私を見上げてきた。
美少年でなくても、こうやって年下の少年に見上げられるのは悪くない気分だ。
私には半ズボン小学生男子にトキめいちゃう性癖はないが、大抵いつも蔑んだ目で見下ろされてるのでそれに比べるとよっぽどマシである。
「明日かあ。明日は口うるさい奴が戻ってきちゃうからなあ」
でも、協力できるかどうかはちょっと難しい。
今日こんなに出歩いたのだって、万が一ばれれば、天井から無残にも吊るされてしまいかねない。もちろん、首に縄掛けて足がつくギリギリの高さにだ。
私は果物を食べるのは好きだが、自分が奇妙な果実になるのは御免被りたい。
しかし、それを聞いて落ち込んだような顔で俯かれては、さすがの私も否とは言えなかった。
「分かった。じゃあ何とか抜け出してみるから、明日ね!」
人間、死ぬ気になればなんでもできるはず! そう、暴力ドS大魔神なんかに、わたし、負けない! 無慈悲な鉄槌なんかで私を止められると思うなよ!
なのでその証に、私は彼に小指を差し出す。
「何それ?」
ケント少年は首を傾げる。この世界には、どうやら指きりげんまんはないらしい。
「約束の証だよ。指きりげんまん嘘付いたら針千本飲ーますって」
「ゲッ! やだよ、そんな恐い呪い! そこまでしなくてもいいよ!」
……全力で拒否られてしまった。呪いじゃないんだけどな。ちょっと寂しい。
ともかく私はケント少年と一緒に明日また調査する約束をして、別れることになった。
山間の村では、日が落ちるのも早いらしく、夕暮れが来たと思ったらあっという間に暗くなってしまった。ぽつぽつと電灯が点っているので自分の指も見えないというほどではないけれど、少し離れた相手の顔が分からない程度には真っ暗だ。誰そ彼刻とは良く言ったものである。
さすがにそろそろ不在がばれてしまっているかも知れないので、私は念のためローブを被って村長さん宅に戻る。あ、手ぬぐい返して貰い忘れた。まあ、いいか。
それにしても、と私はしみじみ思う。
この世界に来て、こんなに長く神殿外の人と話したのは初めてだ。人と関わること自体、久々かも知れない。
神殿内に引きこもって随分たつけれど、私はいつのまにやら人間付き合いにすら無精をするようになっていたらしい。
「……うん、別に怖くないよね」
私はケント少年と過ごした今日一日を思い返してうなずく。どうやらさすがに対人恐怖症にまではなっていないようだ。
もっとも神官長からの特に理由のある暴力に襲われる日々なのだから、それが平気ならよっぽどの事がない限りは問題ないだろう。
「楽しかった……よね」
私は再度確認する。不謹慎かもしれないけれど、ケント少年と事件の調査をするのは楽しかった。
これなら、少しくらいなら式典や儀式に参加しても大丈夫かもしれない。
「キューザンさん、無事に戻ってくるといいな」
生意気だし素直でもない、それでも家族思いのあの少年が悲しい思いをしないで済むように。
掛け替えのない幸せな日常を、無事に取り戻すことができるように。
私はなんの力もない駄女神だけれど、それでも心の中で何かに祈る。
それが私の女神として、最低限するべき役割だと思ったからだ。
そろそろ村長さん宅だ。さてどうやって部屋に戻ろうか。私は塀の角から玄関を覗き込む。
うっかり女中さんとかと鉢合わせちゃったら、なんて言い訳すればいいんだか。
きゃー、女神様のえっちぃ! とか言われてしまったらどうしよう。って、いきなり時空が歪んで扉が風呂場に繋がっちゃわない限りそれは大丈夫か。
ならば、こういう時は深く考えずに正面突破である。
男は度胸、女は愛嬌、女神は……なんだろう。まあ、いいか適当に農協とかで。
とにかく、私は一つうなずいて足を踏み出す。いや、踏み出そうとした。
「ぷぎょらっ!?」
いきなり後頭部に強い衝撃を受けて、私は地面に倒れる。
ぐらんぐらんと世界が揺れて、思考も視界もぶれにぶれて、訳が分からなくなる。
驚きのあまり感覚が麻痺したのか、痛みは感じない。しかし、誰かが私の腕を取り、無造作に引き上げたのは分かった。
(やば……っ)
瞬時に顔が青ざめる。耳鳴りを引き起こすほどに、私の脳内で激しく警鐘が鳴り響いていた。
このまま、どこかに連れて行かれるのか。そして殺されてしまうのか。
私はこの世界に召喚された私は不老不死になったみたいだけど、殺されても死なないかどうかは『まだ』分からないのに。
――嫌だいやだ、死にたくない。せっかく生き長らえたのに、命があったのに、まだしにたくない、いきていたいいきていたいのに。
頭の中で、自分のものとは思えない思考がハウリングを起こす。
(父、母さん、千明っ!!)
(だ、誰か……っ、誰でもいいから)
(神官長、助けて――!)
私は最後に神官長を呼んで、ぎゅっと目をつぶる。その時、
「うわあ――っ、人殺しぃぃ――っ!!」
何者かの悲鳴の直後、私は乱暴に地面に転がされる。
そして遠ざかる足音と近付いてくる足音。
もはや脳みそが許容量を超えていた私に理解できたのは、その二つだけだった。
※ ※ ※ ※
命が尽きる瞬間を前にしては、さすがに冷静でなんかいられない。
無様に取り乱し、足掻いて、喚き立てて。
声を枯らして泣きじゃくり、子供みたいに親を呼んで。
あの時も、この時も、できたのはそれだけ。
いつだって、そればっかり。
その人は言った。
――気味の悪い生き物め。
私は答える。
――私だって人間だよ。
その人は言った。
――何の目的でこの世界に来た。
私は答える。
――好きで来たんじゃないんだよ。
その人は言った。
――今すぐ立ち去れ……さもなければ……
私は呟く。
――ああ、実家に帰りたいなぁ……
――サモナケレバ……
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