第2話 遅すぎた恋

綾に彼氏ができたのはまだ最近のことである。

学校からの帰り道の途中、自慢そうに言った。


「そういえばしゅうに報告することがあります!なんだと思う?」


何か自慢をするとき、綾はいつも質問形式にする。

その質問するときの口ぶりや仕草しぐさは昔から変わっておらず、彼女を少しおさなく見せた。


「ご飯の食べすぎでお腹壊なかこわした」


「違う。なんでそうなるの?」


「じゃあ授業中、先生に早弁はやべんしてたの、ばれた」


「それも違う!早弁なんかしないよ!なんでそう食べ物にこだわるの…」


「だってお前食いしんぼうじゃん」


綾は小柄のわりによく食べるほうだ。必ずご飯は大盛りにするし、たまに僕のおかずを盗られたりする。

最近は僕のお昼はパンなので盗られる心配はないのだが、代わりに必ずといっていいほど、一口ちょうだいとねだられる。そしてあげないとケチだーケチだーとぶうたれるのだ。そんなわけで、いつも一口囓かじらせる羽目はめになる。

そんな綾をって呼んでも文句を言われる筋合すじあいいはないと思うのだが、綾としてはご立腹りっぷくのようだ。


「それ女の子に言う言葉!?デリカシーのかけらもないの、あんたには?」


「安心しろ。今まで一度もお前のことをとして認識にんしきしたことは一度たりともない」


「はあ!?何それ?普通、冗談じょうだんでも言う?」


綾はぶうぶう文句を言った。修は優しさが足りないとか、だから彼女ができないのよとか、散々さんざん罵詈雑言ばりぞうごんを僕にぶつけた。

だが一頻ひとしきり僕の悪口を言った後、コホンと咳払せきばらいをし一旦いったん落ち着きを取り戻した。その顔には余裕の表情があった。今に見てなさいとでも言うかのように。


「私ね、彼氏ができたの」


綾は自慢気じまんげにそう言った。本当に得意気とくいげな表情だった。


「……今日って4月1日じゃないぞ」


「知ってるよ!嘘じゃないって。C組の米田よねだ君とつき合い始めたの!」


米田は僕も知っている奴だった。

成績優秀せいせきゆうしゅうでなかなかのイケメンなのに気さくで冗談がうまいから、女子だけじゃなくて男子からも人気がある。

ましてや、部活でテニスをやってて部長を務めていたから、もはや完璧超人かんぺきちょうじんとしか言いようがない。


そんな米田が綾とつき合うだって?


「マジで…?」


「マジよ、マジ。大マジです!彼の方からね、つき合ってくれって言われたんだよ?」


「米田って物好ものずきなんだな…なんでお前みたいなやつなんかを選ぶんだ?」


「失礼!すっごい失礼!まともに彼女の一人も作ったことのないヘタレにいわれたくない!」


「オレは彼女つくったりするのが面倒なだけだ!ダチとてきとーにつるむのが一番なんだよ」


図星ずぼしだっため、綾と同じくらい声を張り上げてしまった。

ちなみに中学の頃、一時期彼女ができたこともあったが、しばらくたないうちにふられてしまった。

あまりになさけない話なので、彼女には秘密にしてある。


「作れない言い訳しないの。まあ、これからは修に好きな人できたら、私応援してあげるから安心してね」


綾はすごく幸せそうだった。

本当なら喜ぶべきだ。

嬉しそうな顔をして、それを隣で見ることができて…

彼女が幸せならいいと思いたかった。


けど、素直に喜べない自分がいた。


「痛い痛い!なんで頭をぐりぐりするのよ!髪がぼさぼさになるじゃない!」


僕は綾の頭をがしっとつかんで、ぐりぐりとかき乱した。もちろん本気でやっているわけではない。

綾もわーわーさわいで、大げさに抵抗した。


「お前があまりに生意気なまいきなこと言うからだ。彼氏ができたくらいで調子ちょうしのんなよ」


「調子になんてのってない!彼女ができないからって私にあたらないでよね!」


綾は頭をおさえながら、涙目でキーキー文句を言った。

あれ、ちょっと強くやりすぎたかな。


「そもそも、そんな態度たいどだから、彼女ができないんじゃない?誠実せいじつさのかけらもないし。ヘタレのクセに、優しさもないんじゃ、いいとこないね」


「うるさい」


意外と「彼女ができない攻撃」がちくちく心にさった。


「あ、あそこ…」


綾は急に真剣しんけんな表情になり、べつの方向をゆびさした。

古典的こてんてきな方法だったのに僕はそれに気づかず、られて綾の指さした方を見ると…


ボカッ!!


綾は僕のすきいて、見事なローキックを太ももにキメた。

もう、腰の振りといい、足のキレといい、見事なローキックだった。


「……!?」


僕は声にならない悲鳴ひめいをあげながら、膝からくずれた。太ももの痛みをなんとかこらえ、彼女の方をにらんだが、


「これでおあいこね。すっきりした!」


と、綾は満足気な表情で走り出した。


「この痛みにりたら、二度と私にちょっかいださないことね」


走りながら、僕の方を向きニヤリと笑った。


「綾!待てよ!」


僕はズキズキ痛む足をかばいながら、なんとか綾を追って走り出した。


「待つわけないじゃん。待ったら恐い男の人に襲われちゃうもん」


綾は子供のようにはしゃぎながら、僕から逃げた。


「綾、絶対泣かす!」


僕は走って逃げていく綾を必死で追いかけた。


騒いだ。思いっきり騒いだ。


何かを忘れられるように。


その現実から逃げるために。


きっと遅すぎたんだ。


気づくのが。


秋の少し冷えた風が僕を通り過ぎていった。


心がふるえた。

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