汎銀河企業体 メロンスター.Inc
鶴見トイ
失われたライムタルトを求めて
失われたライムタルトを求めて(1)
セン・ペルの一日は、その日もいつもと変わりなく始まった。いつもと変わりなくとはつまり朝の八時十二分に目覚ましから二十分遅れで目覚め、あわてて起き上がったはいいものの枕元の目覚ましを踏みつけて転び、片足ではねながら階下へ降りてそこにあった朝食をそのままかきこみ、シャツにコーヒーのしみをつけ、しかししみ取りの時間がないのでそのまま外に駆け出し、通勤用ポッドにぎりぎりでかけこみ、会社に着いてから地下にある自分の職場――メロンスター社バファロール星支社庶務課第四書類室に向かうという一連の流れを指す。
メロンスター社は、銀河全体に営業拠点をもつ大企業である。従業員数は三百億人を超え、時間旅行ツアーからアサガオの栽培、哲学者の派遣から夏休みの宿題代行まで多岐に渡る事業を行っている。会社案内の事業内容ページがあまりに厚いため、撲殺事件の凶器として使われることが頻発したので、最新の会社案内では事業内容を「かなりたくさん」の一行ですますようになった。これによって年間百三十万本の木が救われることとなったが、大得意先をなくした製本業界は大不況に陥ったため、自殺者が大量発生した。これらの自殺者はどういうわけかきまって木に首をくくったので、首吊りを防ぐために年間一千三百万本の木が伐採されることとなった。
センは大学を卒業してからどうにか仕事につこうと西に東に奔走していたが、なかなかよい職が見つからなかった。たまに見つかったとしてもヒト型の身体には耐えにくい重力が常時十Gほどある惑星が勤務地だったり、業務内容が少なくとも六万二千三百四十二箇所で法律に違反していたり、食堂で出されるのが甘い緑茶にのびきったラーメンだったりした。
このような過酷な就職活動の後では、少しばかりの妥協や目の曇りもいたしかたないだろう。といっても知名度だけに着目すればメロンスター社は銀河でも一二を争うほどなのだから、メロンスター社からの合格通知を受け取った当時のセンは大いに喜んだ。やっと就職活動に一区切りがつく。人に聞かれて恥ずかしいような会社でもない。やれやれ一安心。ということで、センは二つの疑問には無意識下で蓋をした。一つは何の仕事をするのかが全く知らされていなかったこと。そしてもう一つは、センはそもそもメロンスター社の採用試験を受けていなかったことである。
(センはとうとう知らずにすましてしまったことだが、当時のメロンスター社の人事ロボは第五百九十七次のストライキに突入していた。そして要求がうまく聞き入れられなかったために、住民データの中からランダムに抽出した住所宛に合格通知だの昇進通知だの解雇通知だのを送付するという暴挙に出ていた。これによってメロンスター社の人件費は著しく増大し、そのコストは人事ロボをアウトソーシングして、不要になった人事ロボをリサイクル業者に売却することによって賄われることとなった)
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