声が聞こえる
大澤大地
声が聞こえる
ある日、声が聞こえた。
「ねえ、そこの君」
振り返って辺りを見回したが人の気配はない。
「ねえ、私の声が聞こえるの?」
また声が聞こえた。だが人の気配はない。そこにあるのは1枚の絵だけである。その絵には1人の少女が描かれていた。
「そう!私よ!やっぱり聞こえるのね!」
目の錯覚だろうか?少女の頬が紅潮した様に見えた。
「今までであなただけよ!私の声が聞こえたのは」
少女はうれしそうに微笑んでいる。
「ずっと退屈していたの。毎日おんなじ風景だから」
この絵は僕がこの美術館で働き始める前からここにある。
「よかったら話し相手になって!」
「でも絵と話していたら頭のおかしなやつだと思われるよ」
「少しくらいいいじゃない。ね?お願い」
「ごめん。その代わりにいろんな絵を見せてあげるよ」
「本当?嬉しい!」
次の日、少女の向かいには一枚の風景画があった。
「まあ、きれいな緑!」
その絵には初夏の田舎の風景が描かれている。
「あのアーチは橋かしら?」
小さな石橋の下には涼しげなせせらぎが見える。
「あの少年は何をしているの?」
「釣りだよ。魚を釣っているんだ」
数日後、少女の向かいにはある女性の絵が置かれていた。
「まあ、きれいな人!」
「彼女は舞台女優なんだ。君とならいい友達になれると思うよ」
さらに数日後、そこにはまた別の絵があった。
「きれいな街ね!」
その絵には僕らの街が描かれている。
「あの高い建物はなあに?」
「この街のシンボルさ」
「上まで登ったらどんな景色が見られるかしら?」
「ほかのどんな絵画よりも素晴らしい景色が見られるよ」
「ほんとに?ねえ、私をそこまで連れて行って!」
断りきれなかった。少女の喜ぶ顔を想像するといてもたってもいられなかった。
気づいた時には少女を抱えて美術館を抜け出していた。見つかる前に戻せばいいんだ。そう思っていた。
少女はとてもはしゃいでいた。
「まるで雲の上にいるみたいだったね!」
「喜んでもらえてよかった」
後は彼女を元の位置に戻すだけだ。誰にも見つからずに、誰にも気づかれずに。
しかし、もう遅かった。美術館には警察が来ていて、人だかりができていた。僕は焦っていた。
「とにかく逃げなきゃ!」
そう思った。逃げて逃げて逃げ続けた。気づいた時には僕も彼女もボロボロだった。土で汚れてところどころ破れてしまっていた。
「もういいよ。私だけおいて逃げて。もう十分いろんなものを見せてもらったもの」
「そんなのだめだ!僕にはできない!」
だんだん少女の口数が減っていく。彼女は弱っていた。絵としての価値がなくなりつつあるのだ。もう助からない。わかっている。わかってはいるけど、どうしようもできない自分が情けなかった
「ねえ、私を細かくやぶって川に流して。海まで流れ着けば世界中に行けるわ」
「いや、もっといい案がある」
「どんな案?」
「鳩の足に結び付けるんだ」
「素敵ね。世界中が見渡せるわ」
1年後、僕は鳩に餌をあげていた。
「君はどこまで行ってきたんだい?」
鳩は餌に夢中だ。僕の声は届いているのだろうか?その中には足に布切れが巻かれたものも交じっている。
その時ふわっと風が吹いた。鳩たちは驚いて一斉に飛び上がる。君はいま世界中を飛んでいるだろう。もし、もしもまたどこかで会う事ができたなら、また君の声が聞きたい。
声が聞こえる 大澤大地 @zidanethe3rd
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