第3話

「え、君、新撰組目指してたの!?」


 正確に言ってしまえば、僕は〈新選組〉の一員である。

 しかし、それをばらせないので、目指していたと嘘をついた。


「……」


 郎音さんの反応は思った通りの反応ではあったけど、真依さんは何も反応を示してくれなかった。

 郎音さんが続けて「凄いねぇ」と、感心するが、その内心、どう思っているのか、僕にはわからない。

〈新撰組〉を目指すのは、変わり者か貧乏人。

 それが全国共通の認識だろう。

 なぜならば〈新撰組〉は、多額の給料と引き換えに、一生の拘束が約束されるのだ。

 自由に外出もできず、〈SISI〉を倒すための技術、知識を学び続けなければならない。それ故の変わり者か貧乏人となるわけだ。

 人を守るために、自らを犠牲にする人間か、家にお金がなく最終手段として〈新撰組〉に入隊する人間。

 しかし、この時代においては、実際は金に困ったものの集まりでしかない。

誰だって自分の命が惜しい。

 自分を投げ出す馬鹿はいない。


「はい、正確には目指してた。と、言いたいのですが、本当は、お金がなかったので、仕方なく目指してたのですが……」


 僕の家は貧乏だった。

 それも物凄く。

 家庭の事情と言えばそれまでだけど、家は子供が多かった。僕を含めて7人兄弟。一番上の兄一人の稼ぎで暮らすなんて、不可能。

ならば、僕も働くしかないと、目指したのが〈新撰組〉だった。

 年齢制限も低かったし。

 もちろん、家族の反対は合ったんだけど……。


「ですので、一応、知ってはいました」


「おお、いいねぇ」


 郎音さんが座っていた机から立ち上がり、僕の首に腕を回す。

 その状態でブンブンと首を揺さぶるものだから、一瞬、殺されるかと思っちゃったりした。


「中々、〈新撰組〉語れる相手がいないんだよ!」


「そんな事ないと思うけど。お兄ちゃん」


 真衣さんの適当な相槌。


「とか、いいながらお前だって興味がないだろう。真依!」


「それはもちろん。国守ってくれてありがとう、位には思ってるけど?」


「あ、僕もそれは思ってます!」


 自衛隊を〈SISI〉に集中させた組織。

 何をしているか、よく知られてないが、国を守っているとして、『名前』だけは、大半の人間が知っていた。


「お前たち……。全然分かってないな!」


 再び熱く語りだそうとする郎音さんに、


「お兄ちゃん。長くなるなら私散歩行くね」


 真衣さんは話を聞く気がないのか、自分が食べた分の皿を片づけ始める。


「僕も一緒に行っていいですかね……」 


 別に誰かの長話を聞くのは苦ではないけれど、しかし、それが自分の黒歴史となれば尚更だ。正直、〈新撰組〉について、話したくないのが本音。

 大体、隊長の名前を継ぐとか意味が分からない。

 知らない人間を尊敬など――僕はできない。


「別にいいけど……」


 真衣さんが僕の申し出を受け入れてくれた。


「良くないよ、真依!」


 皿を片づけ終わった真依さんは、キャンピングカーから離れていってしまう。

真依さんを止めようと、郎音さんも立ち上がるけど、その姿を見ても足を止めることはなく、さっさと歩いていってしまう。


「無視しないで、真依!」

 その後ろ姿に悲痛な声が響くけど、決して真依さんは振り替えることはしなかった。


「えーと、僕も行きますね」


 真衣さんに無視されて、凹んでいる郎音さん。

このまま残って郎音さんと〈新撰組〉について語るのは嫌だし……。

僕は残された郎音さんに声をかけて、真依さんの横へと走る。


「なんか、郎音さん泣きそうだったけどいいんですか?」


 横に並んだ僕は、まだ凹んだままでいる郎音さんを一回振り返り見る。


「別に……。いつまでも子供みたいだから、お兄ちゃん」


 呆れた様に真依さんは話す。


「でも、兄妹二人で旅なんて……仲良いんですね」


 どっちか年上なのか分からない真衣さんと郎音さん。家はとにかく生きるのに必死だったから、とにかく生きるのに一生懸命だった。


「そういうわけじゃない」


 羨ましそうに話す僕の言葉に首を横に振る。


「……?」


「どうせ、夏休み家にいてもなにもしないから」


 ふと、僕は真依さんが社会人なのか、学生なのか疑問に思う。

 夏休みと言えば学生だけど、見た感じ真依さんは僕より年上である。だから、


「真依さんは学生さんなんですか?」

 と、聞いてみた。


「まあ、そうね」


 高校生じゃないだろう。

 となると、


「へー、大学生なんですか。あ、学校はどこですか?」


 何て学校を聞いたところで、僕は分からないのだろうが。


「東京大学」

「……」


 東京大学。

 学校にろくに通わなかった僕でも知っている、大学の名前である。

 日本に存在するであろう大学のトップに存在する。

 一生を約束されたそんな大学に通う真依さんが、なぜ、夏休みをフリーライターの兄と共に旅をしているのだろう。


「別に……。勉強ができれば頭が良いとか思ってないから」


「格好いい、ですね」


 やはり一流の大学に通うものは考え方も素晴らしい。


「そういう君は、明らかに高校生位だよね」


「……」


 しまった。

 まさか真依さんが自分に興味を持つとは……。

 恐らく興味は持っていないんだろうけど、僕が真依さんに聞いてしまったが為の社交辞令。郎音さんから逃げれた事に気を緩めてしまった。


「あ、えーと僕は……」


 なんと言えばいいのだろう。

 学生ではないし……。あまり人に言える仕事でもない。

 むしろ言ったらマズイ。


「まあ、普通のサラリーマンです」


「だから、私より年下でしょ?」


「そうなんですけど」


 僕が貧乏なのはさっき話したので、下にいる弟や妹を養うには、僕も働かなければならなかった軽易を簡単に説明した。


「君……若いのに頑張ってるのね」


「いや、働くくらいは誰にもできますよ」


 朝の森は気持ちが良かった。

 柔らかい光とひんやりとした空気。

自然は人を浄化してくれるなんて聞くけど、それはあながち間違ってないのかもしれないな。


「あれ……」


 そんな僕の気分に水を差すように、目の前で何人か固まっている集団がいた。

 その集団は全員が統一された制服を見にまとい、なにやら簡単なバリケードを作っている。警察が事件現場で使っているような、KEEP OUTと描かれた黄色いテープ。

 それはすなわち、ここには入るなと警告していた。


「あれ、警察かな?」


 真依さんは足を止めて、なれた手際で一定の範囲にバリケードを作っていく男たちを眺めていた。


 僕は一歩前に出て、後ろにいる真依さんと向き合うようにする。何か事件が起きているなら、早く帰った方がいいし、何か事件があるのなら、真衣さんにあまり見せたくない。


「多分……。もし事件だったら何かあるかもしれないから、早く戻ろう」


「そうね」


 真衣さんもあまり近寄らないほうがいいと、判断したようだ。


「それにしても、何でこんな朝早くから行動してるんでしょうか?」


「警察だって、事件があれば直ぐに駆けつけるのよ」


「それこそ、大変な仕事ですね」


 僕は真依さんの腕を取ってそのバリケードから離れる。

 少しでも近づいたら、何か聞かれそうで怖い。

刑事は疑うのが仕事らしいから。

別に聞かれて困ることはないけど、僕としては、それは避けたい。


「なに慌ててるの? 血まみれで倒れてたのって、犯罪だったとか?」


それを今聞くのか……。


「それは違いますけど」


 勿論だが犯罪ではない。小心者の僕が、犯罪など犯せる訳ないよ。少しでもその度胸がれば、僕はこんな場所にいない。


「ま、私も興味ないから帰る。早くお兄ちゃんに教えてあげたいし……」


 真依さんはクルリと僕に背を向けて、歩いてきた道を戻り始める。

僕はその後ろ姿をしばらく見つめた後、森の奥へと姿を消した男たちに視線を向けた。


「〈新選組〉――」


 真衣さんはあの集団を、警察だと思っていたらしいが違う。

 あれは〈新選組〉だ。

 こんな場所に〈新撰組〉がいると言うことは、あのバリケードの範囲内に恐らく〈SISI〉がいる。

すべての生物に擬態ができる〈SISI〉を、〈新選組〉だって、取り逃がす場合もある。

そうした場合、近くにいた人が犠牲にもなる。だから、ここから真衣さんを避難させたかったのだ。

 一般人が犠牲になる。

そんな事が起きても政府が全力で揉み消すので、世間には知られないのだけど……。

 〈SISI〉に至っては、国の上層部に立つ全ての人間が危機感を持っている。人の中に紛れてるとなれば、もしかしたら――真依さんが〈SISI〉かも知れない。

 そう思ってしまえば、人を信じられなくなる。

 綺麗事を言うために、綺麗事抜きにして挑まなければいけないと言うのが、お偉い方のだした結論とでも言っておこう。

 多少の犠牲は止むを得ないと。


「ちょっと、早く帰るんでしょ!」


「ごめんなさい、すぐ行きます!」

 

 僕は真依さんに呼ばれて森を後にした。

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