腐敗した国とメルの涙

第26話

 リリィの宿酒場で宴の途中だか、イサムは酔い醒ましとロロルーシェへに連絡をする為に店の外に出る。するとタイミング良く、ロロルーシェから連絡が入った。


 『イサム、今大丈夫か?』

 「丁度良かった。今連絡しようとリリィの店から出た所だ」


 入り口の登り場に腰を下ろしイサムは片耳に手を当てる。


 『そうか、メルから先に連絡があったがリリィとテテルは無事だったんだな。テテルに関しては、コアが消えたから少し気になったんだ』

 「そうなんだ、黒い髪の女性から直接コアに闇を流し込まれて侵食されたらしい」

 『ルーシェか?』

 「だろうな。新しく仲間になった元闇のシム族タチュラも、そう言っていた。でも子供じゃなかったか?」

 『そうだ、しかし人形と違って形を有していないコアなら、姿を変えるのも可能かも知れないな』


 実際に姿を見ていないので、テテルとタチュラの話しを聞いただけだが、危険な奴だと思っていた方が良いだろう。


 「それでこれからの予定なんだが、ルーシェはタダルカスに向かったらしい」

 『ああ、メルから聞いたよ。タダルカスに向かうのか?私の占いでは、あまり良いとは言えないのだが・・・』

 「俺が魔法を使う時は大抵良い事じゃないだろ?国に余り介入しないってのも知ってるが、今回は闇の魔物関連だ。それに救える人は救いたい」

 『ふふふ、なかなか心構えが出来てきたな。分かった、タダルカスに行って構わんよ。ただ一つだけ覚えてて欲しい、その国は元々ノルとメルの生まれた場所だ。だから、メルを守ってやってくれ』

 「わかった、まかせろ!必ず守る!」

 『よし、頼んだぞ。何かあればまた連絡をくれ』

 「了解だ、また連絡する」


 そう言って通信が切れた。すると、それを見越したのか、暗がりから白くて丸いあいつが現れた。


 「イサム殿、今宜しいでしょうか?」

 「大丈夫だ、子蜘蛛の処理に活躍したんだってな」

 「いえいえ、我輩の力など微々たるもので御座います」


 丁寧に言葉を返すカルに、イサムは余程汚染されていたんだなと感じる。


 「それで俺に何か様なのか?」

 「いえ、先日の非礼を深くお詫び申し上げたく・・・」

 「いやいや、気にするな。汚染されてたわけだし、別に気にしてないさ」

 「そう言って頂けると、我輩も救われます。それで、ご無礼と思いながらも一つイサム様にお頼みしたい事が御座います」

 「ん?頼みたい事?」


 カルは卵の体から小さく細い手足を曲げ、土下座の状態になる。


 「次の戦いの場所はタダルカス王国とお聞きしました。我輩はここの復旧作業の使命がある為に、メル様のお傍に仕えお守りする事が出来ません。何卒、あの国からメル様をお守り下さいませ!」


 深々と頭を下げ地面にくっ付けている。それを見てイサムもカルの真面目さが伝わる。


 「カル、わかった!ロロルーシェからも言われてるが、必ず守る安心しろ!」

 「ありがとうございます!では、失礼致します」


 そう言うと、カルは振り返り去っていった。


 (あんがいいい奴なのかもな・・・・)


 イサムは随分と酔いが醒め、ハッキリとした視線でカルを見送った。そこへ酔っ払ったミケットが後ろからイサムに抱きつく。


 「にゃふふふふ、イサムにゃにしてるにゃん!」


 ぐいぐいと背中にミケットが胸を押し当てる。


 「こっ・・・こら!何してんだ!酔っ払ってるな!」


 するとそこにエリュオンが駆けてくる。


 「こら!ミケット!!離れなさい!」

 「よかった、エリュオン早くミケットを外してくれ!お前は飲んでないのか?」

 「飲んでないわよ!流石に見た目で誰も酌してくれないわ!」

 「その方が良い!これは悪い大人の見本だ!」


 脚を持ち上げられても、まだイサムを離そうとしない。イサムは手すりに掴まり必死に耐える。


 「こら!ミケット早く離しなさい!」

 「いやにゃぁぁん、まだ遊ぶにゃぁぁぁぁん」


 ミケットの尻尾が高速でフリフリと動いている。しかしその尻尾がどうしても気になったイサムは思いっきり握った。


 「ぎにゅー!なにするにゃん!」


 そう言うとミケットは、イサムの顔を両手で掴み思いっきり口付けした。


 ぶちゅーーー!


 「ぷはっ!いきなり何するんだ!」

 「ミィケットォォォォ!!」


 そう言うとエリュオンも尻尾を握る。


 「ぎにゅうーーーーー!エリュオン何するニャン!」


 そう言うとエリュオンの顔を両手で掴み思いっきり口付けした。


 ぶちゅーーーー!


 「ぷぁ!何するのよ!!」

 「にゃふふふふふ」


 そして直ぐにミケットは店の中に駆け戻る。その後をエリュオンが追いかけていった。


 「一体なんだったんだ・・・・・酔いすぎだよ・・・」


 すると次は店からリリィが出てくる。


 「随分と賑やかだねぇ」

 「本当だよまったく」

 「イサムちょっと話がある」


 急に真剣な顔をするリリィ。それを察してイサムもまじめな顔に戻る。


 「明日出るんだろ?頼みがあるんだ」

 「ん?なんだ?」

 「リリルカをタダルカスまで連れて行くのは遠慮して欲しい」

 「国の状態が悪いからか?」

 「その通りだ、あの奴隷達を見たらあの子は手を差し伸べたくなるだろう。勝手な願いだが、あそこの馬鹿殿下がやり始めた事にリリルカを巻き込みたくないのさ」

 「なるほどな、リリルカは優しいからな。もしかしたら国に怒りを覚えるかもしれないな」

 「そうだ、それだけなら良いが、もし力が暴走して国を滅ぼすような事があれば、それ以上に傷つく事になる」


 リリィは少し悲しい顔をした。力が強いのも良し悪しなのだろう。


 「わかった。寧ろそのつもりだったし、国には俺とメルが潜入して他のやつらを後で呼ぼうと思ってた」

 「そうだったのか、早合点だったな」

 「気にするな、親なんだから当たり前だろ」

 「それで、どうやって行くつもりなんだ?」

 「え・・・それは徒歩?かな・・・」

 「ふははははは!そりゃぁ大変だぞ!タダルカスまで三千キロはある」


 距離を聞いて驚く。日本と同じくらいの距離だ。


 「そりゃぁ・・遠いな。どうしよう・・・」

 「冗談さ。この町から魔導列車が出ているから、各駅に止まったとして三日掛からないはずだ」

 「ふぅ・・・驚かすなよ。じゃぁタダルカス王国に入る前にも町とかあるのか?」

 「あるさ、もしリリルカを列車からおろすならそこが良いかも知れないな。一応宿屋つながりで知り合いが居るから、手紙を書いてやるよ」

 「お、そいつは助かるな」

 「じゃぁ明日行く前までには手紙を書いておくから、リリルカを宜しく頼む」

 「わかった!」


 そう言うとリリィは店の中へと戻っていった。夜風が少し寒くなってきたのでイサムも店の中に入る、ミケットはそのまま椅子の上で丸くなって寝ていた。その隣でエリュオンもウトウトと眠たそうにしている。


 「明日も忙しくなりそうだから部屋を借りて休もうか」


 イサムはそう言うとリリィに部屋を頼み、ミケットとエリュオンを部屋に連れて行ってイサムも別室で休むとメル達に伝えた。彼女たちも片づけが終われば休むと言っていたので問題ないだろう。

 そしてイサムは一人ベットの上で考えていた。己の弱さについて。


 「もっと強くならないとな・・・・」


 みんなが起きる少し前、まだ朝靄がのこる時間にイサムは町の回りを走っていた。あれから少しは眠ったが、タダルカスの事を考えると少しでも強くなりたいと思ったからだ。


 「まずはランニングして体力アップと筋力もつけないとな」


 三十分程走ってから、次はマコチーから貰った剣をボックスから取り出し剣を振る。もともと剣など使った事がないが、それでも武器がこれしかないので一応練習にと素振りなどする。そこへ人影が現れる、メルだった。


 「おはようメル。どうしたんだ?まだ朝早いぞ」

 「イサム様こそどうされたんですか?」

 「少し運動しとこうかと思ってな・・・・もう少し強くなりたいと思って」

 「そうなのですね、では私が少しその練習にお付合い致しましょう」


 そういうとメルは、その辺に落ちている木の棒を取り構えた。それに合わせてイサムも剣を構える、しかしイサムはまったく動けない。メルに隙が見当たらない。


 「イサム様、敵は待ってくれません。相手の隙を探るのではなく、隙を作らせるのです」

 「なるほど、まずは攻撃しなきゃ意味が無いわけか・・・」


 そう言うとイサムはメルに向う。数回剣を振るが、ことごとく避けられてカウンターを喰らう。


 「痛くはないがまったく当たる気がしない」

 「本当は痛みを感じ体で覚えていくものなのですが、イサム様はそれが出来ないので反復しかありません」

 「だよな・・・もう少し頼む」


 イサムは剣を構えてメルに振り下ろす。しかし上手くかわされ肩、腰など次々と木の棒で斬られていく。だが、汗をかきながらも互いに剣を振るのが楽しいのか、ひたすらに剣を交わす。そして一時間程立ち、周りがより鮮明に明るくなり始めた頃ようやく剣を止めた。


 「ふぅー楽しかった」

 「ふふふ、そうですね。でも戦いは楽しんではダメですが」

 「そうだな・・殺し合いだものなぁ・・・」

 「そういえば、ノルとメルの師匠はラルって言ってたよな」

 「そうです。迷宮で九十層の守護をしています」

 「いつか俺も指導してもらいたいな」

 「ふふふ、恐らく喜んでしてくれると思います」


 他愛もない話をしながら、二人はリリィの宿へと戻る。そしてタダルカスへの出発が近づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る