第8話

 バタン


 ドアが閉まる音がして、オートマトンのノルが帰って来る。


「タダイマ モドリマシタ」

「おかえり」

「おかえりなさい」

「おかえりー」


 ロロルーシェとリリとルカが優しく向かい入れたのを見て、イサムも声をかける。


「カブラギ イサムだ、よろしくな」

「ハイ ヨロシク オネガイシマス」


 片言でロボットの様だが、ちゃんと感情の伝わる声でイサムに答える。


「あの…さっきは悪かったわ…」


 最後に少しオドオドしながら、エリュオンがノルに話しかける。


「アナタカラ ゲンザイ テキイ ヲ カンジラレマセン」


 エリュオンも少しホッとしたのか小さく息を吐いた。


「では、まだまだ話す事は沢山あるが、まず湯浴みと食事だろう」


 ロロルーシェはそう言うと、一同が頷く。


「ノルが食事の支度をしている間に湯浴みを済ましてしまおうか、異世界漫遊中にドワーフの奴等に色々と指示したから、良い湯浴み場が出来てるはずだ」


 ロロルーシェは、異世界からオートマトンの【大宇土 真兎】を使い、ノルに色々と指示を出していたようだ。


「そうだった、ノル、少しこっちに来なさい」


 ロロルーシェは、ノルを自分の前に呼び寄せ自分の右手をそのまま彼女の頭の上に乗せた。


「まぁちょっとしたアップロードかな、コアには影響しない魔法だから気にしないでいい」

 

 ロロルーシェはそう言いながら、一瞬念じてノルの頭に乗せている手を外すと、光の玉がノルの頭に入っていくのが見えた。


「この子は他の人形達のハブの役割も兼ねてるのさ、安全も踏まえて一歩通行だけどね」


 眺めているイサムに分かりやすいように説明した。

 

 ノルは微動だにせず、瞬きを数回して何事もなかったかの様にロロルーシェに話しかける。


「モンダイ アリマセン フジ カンリョウイタシマタ」

「よろしい、じゃぁみんな移動しようか。ノル美味しい食事を頼むぞ」

「カシコマリ ました」


 語尾がなんか可笑しかったが、気のせいかなとイサムはふと疑問に思う。だか特に気にせずロロルーシェの後をついて行く。


「やっと風呂に入れる…まさか! 混浴じゃないよな…それなら色々とゆっくり入れないぞ」

「ふふふ」


 ロロルーシェの意味深な笑い声に、イサムは気が付かずそのまま奥にしばらく進むと、男湯と女湯の暖簾が出てくる。異世界で銭湯の暖簾が出てくるとは思わなかった。


「流石はドワーフだな要望通りの入り口だ」


 そう言うとロロルーシェは男湯の暖簾をくぐろうとしたのでイサムは慌てて引き止める。


「ロロルーシェ! そっちは男湯だ!」

「おっと、そうなのか。まぁ一緒に入ってもかまわないが」

「それなら、私も入るわ」


 エリュオンも入ると言うが、イサムは焦りながら一人で落ち着いて入りたいと、女湯へロロルーシェとエリュオンを押し込んだ。リリとルカの冷たい目線を浴びながら、イサムは男湯へ入る。


「完全に俺が悪者になっていたが、俺…被害者じゃね?」


 と思っていても、実際は見たかったのだからしょうがないだろうが、それはそれとして大きな脱衣所入りに借りたローブを脱衣かごに入れ扉を開ける。


「へーボディタオルもあるし石鹸もある、すごいなぁ」


 感心しながら自前の湯桶をアイテムボックスから取り出しタオルと石鹸を入れ、イサムは浴場の扉を開ける。


ガラガラガラ


「っておい! 混浴じゃねーか!」


 完全にロロルーシェにだまされた。


「えっ!」

「キャァァ!」

「ハハハハ」

「イサム?」


 4人が同時に別々の声を出す。


「はははっまぁ安心しろ、魔法で見えないようにしてある」

「完全にだまされた!」


 ロロルーシェがそう言うが、リリとルカはジト目で胸と下を隠しながらこちらを見ている。エリュオンは恥ずかしながらも仁王立ちで堂々としている。


「おいおい、俺は被害者なのに…それにホントに見えてないよ…」


 膨らみやくびれ等はある程度分かるが、肝心な部分は大きな靄がかかって見えない。イサムは、もう相手にしないでおこうと背を向けて椅子に座る、後ろを見れる鏡も無いので相手にしなければ、あの二人もいずれ気にしなくなるだろう。


「エリュオンこちらに来なさい、頭を洗ってあげよう」


 そう言うと、ロロルーシェはエリュオンを椅子に座らして頭を洗い始める。リリとルカも、イサムが背を向けているし気にしていないようなので、二人で交互に体を洗い始めた。


「エリュオン、どうやって上まで来たのだ? 上るには相当大変だと思うが、例えば九十層とかね」


 九十層で他の闇の魔物は殆ど倒された。言われる事は分かっていたが、正直にちゃんと話そうとエリュオンは口を開く。


「オートマトンのコアよ…それに一時的に同化した様に見せかけて、メンテナンス室に行くの」


「なるほど考えたな…確かにそれなら九十層も無視できるし一気に十層まで上がれるわけだ。まぁそう簡単に同化偽装なんて出来るわけじゃないが」


 オートマトン達は、コアに不純物が溜まるのを防ぐ為に定期的にメンテナンスを受けている。しかし壊れたオートマトンは迷宮管理に支障が出る為、早急に十階のメンテナンス室に運ばれる。


 九十一層以下にもオートマトンはもちろん設置しているが、そいつらの強さは桁外れな奴らばかりである。それを破壊できるかは疑問が残る、しかし現にこうして上がってきたのだからそうなのだろう。


「まさかここまで知識を持つようになるとはな、それか協力者が居るのか…三年間こちらを離れたのが裏目に出たな」


 ロロルーシェが迷宮を離れた事で、即座に闇の魔物の波動を感じる事が出来なかったようだ。だが我々の被害はまだそこまで大きくなってないようだ。

 現在は、ロロルーシェが帰ってきたに気付いたのか、大人しくしている様だ。しかし迷宮の外に出た奴が居れば少々厄介だな。


「迷宮の外に出た奴らはいるのか?」

「うーん、それは分からないわ。普通に出て行こうとしてた奴らは九十層のあいつに瞬殺されてたわ。コアの中から見てたけど、コアの同化で出たのは私が初めてだったし。あいつには私も三十秒も持たないわ」


 後ろから聞こえてくる会話に、イサムはまったく分からず黙々と体を洗っていた。

体を流しイサムは湯船につかる。家の中だが天井が開放式になっている様で、星が見える。


「ふぃー極楽、極楽」


 年寄りのような言い方をしながらもお湯の心地良さを感じ、本当にこの出来事は夢なんじゃないかと思い目をつぶる。


「風呂は命の洗濯だと、君らの国では言うのだろう?」


 目をつぶってぼんやりしていたので気がつかなかった。隣にロロルーシェが入ってきた。


「おいおい…いくら見えないとはいえ、流石に目のやり場に困る」


 透き通る肌に、豊満な双丘が湯船に浮かぶ。髪はタオルで巻き上げており仄かな香りがイサムの鼻をくすぐる。


「ははは、私も長く生きているからなぁ。たまには若いエキスを吸収しないと」

「見た目と言葉にギャップがありすぎだろ」


 イサムは、すこしドキドキしてしまうと思って見あげたその頭上より陰が通り過ぎる。


「とう!」


ばっしゃーーーん 


 大量のお湯が回りに飛び散る


「ぶはっなんだぁ」


 イサムは思いっきりお湯を被る


「こらーーー湯浴み場は走ったらだめーーー!」


 遠くからリリの声が聞こえる。横ではルカが「子供よねー」と呟いている

 飛び込んだのはどうやらエリュオンらしい。湯船に沈んだ影が浮き上がる。


「ぶはーははははっ!」


 楽しいらしい。もの凄い嬉しそうな笑顔だ。となりのロロルーシェも微笑んでいる。

 そこに少し離れてリリとルカが背を向けて湯船に入る。


「それで、迷宮ってのは?」


 率直に疑問に思う事をロロルーシェに聞く


「そうだな、まずそこからだな。簡潔に言えば、私が造り上げた地上一階から百階まである地下迷宮で、闇の王を抑える効果も担っている。そして、その迷宮に挑む冒険者どもを鍛える場でもあるな」

「へー冒険者もいるのか」


「ルカも話していたが、二千年前の戦いで多くの人が亡くなり私はその命をコアに閉じ込めオートマトンに組み込んだ。しかし戦いで勝利した後で人形達が不要になる訳ではなく、次の戦いに向けて私は、闇の王を抑えつつ人間を鍛えられる方法を考えた。それが迷宮であり、その管理をオートマトンが行い、そしてその迷宮の中にある財宝を求め、人が探求する。そこにはドワーフ族や獣人(ビースト)族どもの加勢もあるがね」


「壮大すぎてまったく意味が分からないぞ」


「ちなみに今の家を中心にして直径一キロを壁に囲まれているが、その先直径五十キロが迷宮になっていて四方から出入りできる。しかしそれでは簡単に攻略出来るかと思い、地下十階単位で五十キロ毎迷宮を広げてある」


「しらなかったー」

「すごいねー」


 リリとルカの二人は当たり前のように関心している。

イサムは、お湯の温かさもそれを助け、脳から煙がが出そうだったのでそれ以上考えないようにした。


「そろそろ食事が出来上がる頃だろう。続きは食べながら話そうか」


 そうロロルーシェが言うと、みんな各々着替えて先程のテーブルに戻り始める。イサムは体を拭き、ローブを着るだけなので一番早かった。

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