第30話

 イサムとアートルフィットは対峙してすぐに、当たり前の様に激しい剣の斬り合いを始めた。


 ギィィィン!

 キィン

 ガッ!


 そしてイサムは一太刀受け後ろに下がる。そしてまた斬り合いを繰り返す。技術はアートルフィットが上だが、体力と防御力はイサムが上の為に全く疲れもダメージも無い。


 「はぁはぁ雑魚めが、早く死んで欲しいものだ」

 「いや全く斬れてないし、何言ってんだ?」


 平然と立つイサムに、息切れしているアートルフィットは、チッと舌打ちをつく。そしてイサムを睨み、不敵に笑い出す。


 「こっちを見ろ!」

 「駄目ですイサム様!動きを封じる魔法です!」


 アートルフィットの目が光り禍々しい波導を感じるが、イサムには効果が無い様だ。


 「ん?目が光るのが何か意味があるのか?」

 「何者だ貴様・・・・」


 もう一度アートルフィットは邪視を発動させるが、やはり効果が無かった。だがイサムには効果が無かったが、後ろにいたタチュラは動けなくなっていた。


 「ご主人様・・・申し訳ありません」


 しょうがないなとイサムがタチュラを『保管』しようとメニューを開いた時だった。


 『あらぁ?タチュラが何故ここに居るのかしらぁ?』


 突然イサムとアートルフィットの間辺りの空間から声が聞こえ、どす黒い闇の靄が現れる。


 『持ち場を離れた上にそんな汚い色になるなんて、お仕置きが必要みたいねぇ』


 闇の靄はそう言うと、イサムが瞬きを一つする間も無く通り過ぎタチュラを吹き飛ばす。


 「ギィィ!」


 タチュラは激しく壁にぶつかり、その苦痛により声を上げる。


 「タチュラ!くそっなんだあいつ!」


 イサムは壁にぶつかるタチュラを見ると即座に『保管』をタップした。タチュラは光に包まれコアの形になるとイサムの中に消える。それを見ている闇の靄は、徐々に人の形になり黒髪の綺麗な女性が現れる。ロロルーシェに似ているが、禍々しさが尋常ではない。


 『ふーん。面白い技を使うのね』


 黒髪の女性はそう言いながらイサムの傍に音も無く近づく。咄嗟にイサムが斬り付けるが、空気を斬るような実感の無い手応えで、黒髪の女性を剣はすり抜けた。そしてそのままメルの傍へと黒髪の女性は移動する。


 「お前がルーシェだな・・・・」

 『へー良く分かったわね。流石はママの下僕って所かしら』


 メルの髪を撫でながら、目線だけイサムに向けて話す。


 「おい、邪視が通用しないぞどうなってるんだ!力をくれるんじゃないのか!」

 『何言ってるの、あなたが弱すぎだからでしょ』

 「くっ・・役立たずめ!」

 『ふぅん・・私にそんな事言うわけね・・・・』


 アートルフィットはルーシェに不満を言う。ルーシェはそれに少し腹が立ったらしく、アートルフィットの髪を掴み持ち上げる。


 「いぎぎぎっぎいたたた!やめろ!」

 『何よ、口先だけの役立たずが偉そうに。下の物を引き千切って上げましょうか?』

 「す・・・すまない・・言い過ぎた・・・」


 素直にアートルフィットが謝ると、パッと掴んでいた髪を離し頭を撫でる。


 『ふふふ、まぁいいわ。今日はママのお気に入りの人形と遊べそうだから機嫌が良いのよ』


 イサムはゾクッと寒気がした。こいつは放置したらダメだと直感で分かる。


 「おいおい、動けない奴をいたぶるのが趣味なのか?その子と遊びたいなら、俺を殺してからにしな」

 『んふふふふ、なかなかの騎士様ね。いいわよ、面白い事は沢山楽しまないとね』


 アートルフィットの頭を撫でていたルーシェだったが、その撫でている手から黒い靄が湧きアートルフィットの中へ消えていく。


 『ぎ・・ぎぃ・・・ぐぐぐぐう』


 突如アートルフィットは苦しみだし、膝を付く。そしてルーシェはメルの後ろに回る。


 『ふふふ、まだまだお楽しみはこれからよ』


 メルの後ろに立ったルーシェは次の瞬間、メルの胸を背中から突き抜いた。手にはメルのコアが握られている。


 「がぁぁ!!」

 「な!てめぇ!!!」

 

 イサムが傍に駆け寄ろうとする事を反対の手でルーシェは静止させる。


 『まだまだ、見てなさい。それともこのままコアを潰されたいの?』

 「くっ・・・・」


 コアを抜かれたメルの体は、徐々に白くなり粉のようにボロボロと崩れていく。それと同時にコアから黒い靄が溢れ、人の形に変わっていく。


 「テテルもそうやって変えたのか・・・・」

 『テテル?あぁタチュラが守っていた町に居た人形ね。そうよ、面白いでしょ』

 「何が面白いだ!」


 イサムの怒りのゲージは振り切れそうだが、冷静になれと自分に言い聞かせている。そしてメルが先程と同じ状態で形作られたが、目は虚ろで視点はあっていなかった。それと同時にアートルフィットも立ち上がる。


 『おおおお、力がみなぎる・・・ふふふふふ』

 『お情けで力を与えたんだから、楽しませなさい』

 「くそっ・・」


 イサムがメルを守れなかった事を悔やんでいると、また別の声がする。


 『ルーシェ様、宜しいですかな?』


 ルーシェの傍に新しい闇の靄があらわれる。


 『何よ!今いい所なのよ!邪魔するなんて余程の事なんでしょうね』

 『はぁ・・メテラスがまた問題を・・・・』

 『はぁ!?またぁそれに何で私なのよ!他にいるじゃない』

 『それが他の者は関わりたく無いと・・・・』

 『いい加減にして欲しいわ、人の楽しみを奪っておいてあいつら殺そうかしら』

 

 何の会話かまったく分からない・・イサムはその場に立ち尽くしている。

 

 『はぁ・・・・しょうがないわ』


 ルーシェはそう言うと、空間から柄に人の目が付いた様な奇妙な剣を取り出し、それをアートルフィットに渡す。


 『その剣は見て記録してくれる優れものよ、後で楽しむからそれを使いなさい。もしあの男を殺したら、その子と死体の上で楽しんでいいわ』

 『まがせろ』


 そしてルーシェはメルの耳元でささやく。


 『あの皇太子がもし死んだら、次はあなたがあの男を殺しなさい』

 『・・・・はい・・・・』


 ルーシェはメルから離れフワッと空へ飛ぶと、イサムを見下す。


 『もう少し見たかったけど、続きは後で記録をみるわ・・・残念だけど』

 「こいつらを放置していくのか?」

 『あなたを殺した後は、この国中を殺し回らせようかしらね。それが嫌ならこの二人を殺すことね』

 「お前はいつか、俺が必ず倒す」

 『楽しみだわ。じゃぁ生きてたらママに宜しくね。ふふふふふ』


 イサムに手を振ると、ルーシェは闇の中へ消えて姿が見えなくなった。


 『じゃぁぞろそろ行こうか!』


 アートルフィットは、ルーシェが居なくなるのを待っていたように、イサムに向かい駆け出す。それは先程とは段違いに速く振り下ろされる剣も異常な程重い。


 ガリリィイィン


 剣がぶつかり合い火花が散る。そこから直ぐに蹴りが来る。


 ゴスッ!


 イサムは避けきらずに腹部に入る。三メートル程横にすべり膝を付く。


 「随分力が上がったな、痛くは無いが威力が段違いだ」

 『ぐふふふふ、負け惜しみもそれくらいだ』

 「負けてる気は無いがな」


 イサムはそう言うと、剣を握り締め上から振るように見せかけ、アートルフィットが剣を上に構えたらそのまま顔面に拳を叩きいれた。


 ガスッ!


 鈍い音がして拳が顔に入るが、その目はこちらをしっかりと見ている。


 『弱い弱いなぁぐへへふふふ』


 思いっきり顔面を叩いてもまったく効いていない。そしてまたイサムは斬られ吹き飛ばされる。


 「ちっ!力の差がありすぎだな」

 『もっど本気出せよぉぉじゃなきゃこの女は俺が貰うぞぅ』


 アートルフィットはボーっと立っているメルの傍でそう呟くと、メルのシャツを掴み引き破る。


 ビリリ!


 メルは何も反応しないが、上半身は下着のみになっている。


 「やめろ!ゲス野朗が!」

 『がはははは、弱い奴程よく吠える!じゃぁ助けてみろよぅ!』

 「言われなくてもそのつもりだ!」


 再び剣を握り、アートルフィットに斬りかかる。何度も剣を交えては弾かれを繰り返し、丁度メルの足元に倒れ込む。そしてアートルフィットに顔を踏みつけられ身動きがとれない。


 『残念だなぁぁ。この女は俺が今から思う存分味わうから、お前は死んでしまえ』


 ゲラゲラと笑うアートルフィット。そして下着を剥ぎ取ろうとした時、メルの目から黒い涙が零れる。イサムは顔を踏み付けられながらも、それを見てついに切れる。


 ブチィィ


 「おい、その汚い足をどけろ」


 イサムは片手でアートルフィットの足を掴む、すると突然アートルフィットが悲鳴を上げ倒れる。


 『ぎゃぃぃぃぃ何だ!!今の痛みは!!』


 アートルフィットがイサムに掴まれた足を見ると、火傷の様に焦げている。


 「お前は人として失っちゃいけない物を失った」


 そう言いながら立ち上がるイサム、その手には薄っすらと光を帯びている剣を握っている。


 『な・・・なんだそのひがりは・・・』

 

 躊躇なくアートルフィットに振り下ろした、先程まで弾かれていたのが嘘のようにイサムの剣は腕を切り落とす。


 『ぎゃぁぁぁぁぁぁなんでだぁぁぁぁ!!!』

 「お前はもう終わりだ!」

 『いだいぃぃぃぃた・・・たすけてぇぇぇ・・・・・』

 

 這い蹲り逃げようとするアートルフィット、それを見てますます怒りが込み上げる。


 「そうやって奴隷にした逃げる女性を殺したんじゃないのか!」


 イサムは倒れながらも逃げるアートルフィットの背中を刺した。


 『ぎぎぎぎやぁぁぁぁぁぁ!』


 暫くもがき、やがて動かなくなった。だがそれで終わりではない、落ちていた目の付いた剣を拾い上げたのはメルだった。


 「メル、皇太子は死んだ。終わったんだ」


 しかしイサムの話を聞いているような感じではなく、涙が流れた痕の残る目は虚ろで未だに囚われている様に見える。そして、一瞬でイサムとの距離をつめると手にした剣で斬りかかる。


 キィィィィィィン


 咄嗟にイサムも剣で受け止めるが、力で押し負け横に吹き飛ぶ。


 「ぐうううううう」


 ダメージは無いが、勢いが皇太子よりも強い。


 「メル!しっかりしろ!お前が闇に落ちてどうする!」


 話しかけるイサムにメルはひたすら剣を打ち付ける。互いに剣の練習をした数日前とはまるで違う、殺意を帯びた剣にイサムは酷く悲しくなる。


 「メル!お前の望んでいた事はこんな事なのか!助けたい人をまた殺すのか!」


 話しかけるイサムにメルはまた黒い涙を流す。イサムは気付いている、闇に侵食されたが心はまだ汚染されていないと。そして思いっきり剣がぶつかり合い、互いの剣が弾け飛びメルの持っていた剣は砕け散る。だがそのままメルはイサムの首を両手で掴み押し倒す。

 ぐっと力いっぱい絞めるがイサムは平気な顔でメルを見ている。


 「メル・・・・・それじゃぁ俺は殺せない・・・知ってるはずだ」


 イサムの顔に黒い涙がポタポタと落ちる。葛藤しているのが痛いほど伝わる。


 「大丈夫。メルは闇に落ちたりしない、光の国の王女様だもんな。大丈夫なんだ」


 そう言うとイサムは片手に蘇生の魔法を乗せ、メルのコアがある場所に触れる。光がそのままメルを包み込むと黒い涙が透明な涙へと変わりそのままメルは倒れこむ。

 それから数秒だろうか、ぽつりとメルが話し始めた。


 「・・・・・・・・怖かった・・・・・・怖かったんです・・・・」

 「もう大丈夫だ・・・・・大丈夫だ・・」


 イサムはメルの頭を撫でる。メルは堪えきれず、激しく泣き出した。


 「イサム様!!わだしは!なにもでぎながった!ひがりのぐにと、えらぞうにぐぢにしながら・・なにも゛!」

 「そんな事ない!メルは闇に打ち勝ったんだ!責める奴なんて居ない!」


 うわぁぁぁとイサムの胸にしがみ付き更に泣き出すメルを、イサムは止めようとはしない。四千年もの間、彼女は泣けなかったのに誰が止める事が出来るだろうか。イサムは、そのままメルの気の済むまで泣かしていた。

 それからどれ位経ったのだろうか、スンスンと泣き止む位のところまできてメルが話しかけてくる。


 「イサム様は弱すぎです。それでは救える者も救えません」


 イサムの胸に顔をつけている為表情は見えないが、怒っているのだろうか・・・


 「お・・・怒っているのか?一応いや・・結構・・頑張ったんだが・・・・」

 「全然足りません!!」


 ガバッと勢い良く起き上がったメルだったが、イサムのジャケットの金具とメルの下着が引っかかり破れてしまう。


 ビリッッ!


 突然あらわになるメルの上半身にイサムは一瞬で顔を横に向ける。


 「きゃぁぁぁぁ!」


 顔が真っ赤になり即座に腕で隠すメル。イサムも顔を横に向けて目をつぶっている。


 「見ましたか?」

 「見てない」

 「見ましたか!?」

 「いや見てない」

 「見たんですね!」

 「いや、ほんの一瞬だよ・・・」


 本当に一瞬だったのだ、見えたと言われてもハッキリとは見ていない。不可抗力だ。


 「今まで四千年の間・・・男の人に見られた事なんて一度も無いんです!責任とって下さい!」

 「おい!何でそうなるんだ!」

 「何でもです!」


 そんな理不尽なと思いながら、頭の中では選択肢がADVの様に出てくる。


 【1:了解したと頷く】

 【2:それは無理だと断る】

 【3:えっと・・その・・・恍ける】


 だめだ、どれも良い選択肢と言えない気がする。そう思っていると。ドンドンドンと激しく窓を叩く音が聞こえた。


 「ん?メル・・窓に誰か居るみたいだぞ・・・」


 そう言いながら窓の方向を見ると、エリュオンが窓に張り付き物凄い形相でこちらを見ている。


 【4:エリュオンが乱入してくる】

 

 イサムは起き上がりジャケットをメルに着せると窓に向かい直ぐ開ける。


 「こらーー!なにやってんのよ!!」

 「いやぁこれには深い訳が・・・」

 「わけぇぇ!?あんな格好で何の訳があるの!私が居ながらこんな女と!」

 「こんな女?聞き捨てなりませんね?」


 どうやらメルもカチンときたらしい。


 「イサム様は私を助けてくれたのです。先程のは、如何ともし難い事情があった為です!」

 「そんなの信じられないわ!私より少し大きいからってイサムに迫って!」

 「おいおい・・・エリュオン・・事情はちゃんと説明するから話を聞けって、それにリリルカはどうしたんだよ」

 「まだ宿屋で待っているわ!ちゃんと防御魔法を発動するように設置しているから大丈夫なはずよ!」

 「はずって大丈夫かよ・・・」


 イサムは心配になりリリルカにチャットを繋ぐ。


 「リリルカ、エリュオンがこちらに来たが大丈夫か?」

 『うん大丈夫!そちらはなにかあったの?』

 「まぁ色々とな・・・あとで詳しくは話すから、しっかりと身の回りを警戒して休んでてくれ」

 『わかった!』


 そう言いイサムはチャットを切る。はぁっと溜め息とつき大丈夫みたいだとメルに伝える。


 「とりあえず、まずやらなきゃいけない事を済まそう。国王が殺されてる可能性があるよな」


 イサムはマップを開き、城を見ると五階層の大きな部屋に一つ灰色丸を見つける。


 「たぶんこれだな、窓から行くしかないな」


 メニューを開き、コアからタチュラを選択する。先程のダメージも無く、何事も無かったように現れるタチュラ。


 「タチュラ、さっきは大丈夫だったか?」

 「あれ・・ご主人様、ルーシェ様はもう居ないのですか?」

 「そうだ、あの後何処かへ行ってしまった」

 「そうなんですね・・」

 「それで、頼みがある。今度はもう一つ上の階に窓から上りたい」

 「では口の中へ」

 「いや・・・普通に背中でいいだろ」

 「え・・・そうなんですか・・・?」

 「いやそうだろ・・・」

 「何?口の中って?」

 

 また喧嘩するなと思いながら、後で話すと伝えタチュラの背に掴まり窓から外に出る。皇太子の部屋では、エリュオンとメルがイサムの帰りを待つ様に言われ待機している。メルがエリュオン話す。


 「エリュオン達が、イサム様を好きなる理由が分かりました」

 「まさか!あなたも好きになったとは言わないわよね!」

 「言いますよ。私も好きです」

 「きーー!どんどん増えていくわ!」


 そんな話をしているとは全く知らないイサムは、五階の国王の部屋に向うのだった。

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