第2話《煉獄の龍姫》

「……りゅ、龍?」

『う、うわぁー!!』

 龍は山賊達に燃え盛る火炎の息吹を吹きかけ、忽たちまち黒焦げた山賊達の身体は灰となった。

 その光景をセトはただ茫然と見ていることしか出来なかった。

 そして、龍はセトと目が合った。襲い掛かると思いきや、龍はセトと対峙している。

 (どうして龍は僕を攻撃しない? そして僕は何故ここから動かない?)

 突然のことにセトは酷く混乱していた。自分の行動さえも分からなくなる程に。

 しかしその時だった。

「セト……セト」

 何処からか聞き覚えのある声が聞こえた。

「妾じゃ、フィリアじゃ」

「……え?」

 確かにフィリアの声の方を向くが、そこには龍しかいない。

 しかしその時、混乱していた脳が活発に働いた。

 (この龍は……まさか!?)

 セトの勘は当たっていた。

 龍と化したフィリアがそのまま口を開く。

「黙っていてすまぬ。本当はこんな姿見られとうなかった……」

「本当に……本当にフィリアなのかい?」

 フィリアは目を瞑ると、龍化から元の人間の姿へ戻った。俯いたまま顔を上げようとしない。

 重い口を開き、少しだけ過去を語るフィリア。

「妾は【龍姫】。人間の姿をした龍なのじゃ。生まれてから今まで妾の正体を知った者は、その力故に怯えたり強引に度重なる戦に駆出そうとしたり……。

 それ以来妾は人間との関わりを絶って来た。お主と会うまではな。

 ……お主は他の人間とは違う。会ってから僅かではあるが、それだけは確信しておる。

 だから……だからこそ妾の本性を知られとうなかった! たとえ心優しい者でも妾の姿を一度見れば恐れ戦おののき、やがて妾を避ける。

 ……もううんざりじゃ。誰からも必要とされず、触れ合うことさえも許されぬ。セト……お主の手で妾を殺してはくれぬか?」

 フィリアは優しくセトの手を握り、剣を握らせる。

「妾が1番心を開いたお主にしか頼めぬ。……早くしてくれ! 妾はもう生きる価値など無いのじゃ!」

 しかしその瞬間、黙って話を聞いていたセトがフィリアを強く抱き締めた。

 その行動にフィリアは理解出来なかった。

 ゆっくりとセトが口を開く。

「余程辛かったんだね……。君はこんなにも優しいのに……。

 僕は君を避けたりなんかしない!たとえこの世の誰もが君を避けたとしても、僕は……僕だけは何時もこうして君を抱き締めるから!だから二度と……二度と死のうとなんかしないで……」

 セトは自分でも気付かぬ内に涙を流していた。フィリアの過去が余りにも不憫だったから。

「ありがとう……ありがとう、セト……」

 フィリアは生まれて初めて涙を流した。こんなにも他人に想いをぶつけることが初めてだった。

 大粒の涙が溢れ、白く細い腕で強く強くセトを抱き締める。セトの胸に顔を埋め、涙が枯れるまでひたすら泣き続けた。




 それからフィリアはセトの隣の空き部屋に住むことにした。空き部屋と言っても、ベッドやソファが完備され20坪もある大部屋だが。

「僕、あまり部屋が大き過ぎると逆に落ち着かないんだ。部屋に置く物もそんなにいらないし」

 と言ってセトは快く貸していた。

「僕は何時でも君を抱き締めるから……はっ!?」

 昨日のセトの言葉を復唱し、思わず顔を赤らめ口を押さえる。

 (い、いかぬ! 妾は一体何を考えておるのじゃ!?)

 1人で取り乱し、1人で反省するフィリアだった。




 一方その頃セトは、第28代現シュヴァリア王国国王、エルマス・シュヴァリアに呼び出されていた。エルマスは紛れもなくセトの実の父親である。

 王室の最奥に位置する王座にゆったりと腰を掛けるエルマス、その御前に跪くセト。

「面をあげよ」

 顔を上げ、その顔をエルマスにしっかりと見せる。

「お前と話すのは久しいなセト。

 ……此度、お前は1人の娘をお前の独断によって我が宮殿に住まわせた。どこの馬の骨とも分からん娘をだ。まずはその理由から聞こう」

 エルマスはセトに対し、厳しい目付きで見ている。自らの政治に厳しいエルマスに言葉を答えを間違えれば、フィリアを追い出すことになる。そうなればまたフィリアは居場所を無くしてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

 (……父上に誤魔化すことは出来ないな。正直に答えるしかないか)

「……あの娘の名はフィリアと言います。フィリアはどこで生まれ、どこに居るべきなのか分かっておりません。他人に心を開かないフィリアが唯一心を開くのが私なのです。その為、フィリアの居場所が見つかるまでの間、私が責任を持って世話をします」

 偽りの無い言葉で答えた。誠実に答えることでエルマスは納得する……とはいかない。

「その娘がお前に嘘をつき、スパイとして我が国、我が宮殿に入り込んだという考えには至らぬのか?

 ……お前は争いを嫌い、民を愛している。それが悪いことではない。しかしな、この戦乱の世を戦い抜くにはお前の様な者は不必要なのだ」

 セトは父エルマスに愛されていない。好戦的なエルマスは戦嫌いのセトを大事な息子として扱っておらず、戦に出さずにただ出来の悪い肩書き上の息子としか思っていなかった。

「……まあ良い。お前は好きに生きろ。但し、そのフィリアとやらが怪しげな言動をした場合……分かっているな?」

「……絶対にそんなことはさせません!」

 そう言い切ってセトは王室を後にした。




「……セト。あいつに似て生温いやつだ」

「国王様、明日にはディパール王国からダリア皇子が帰られます」

 小太りの大臣ゲドがニヤついた顔で手揉みをしながら王室に入った。誰が見ても確実にエルマスに対し媚びを売っていることは間違いない。エルマスは全く気にしていないが。

「そうか。では、明日は宮殿内で宴をやろう。明日の席にはダリアの好物である羊の肉を出そう。ゲド、すぐに羊の肉を手配せよ」

「ウヒヒ、畏まりました国王様。王国全土から最高級の上質肉をかき集めましょう」




 ゲドは王室を出ると廊下で待機していた若者の兵士を呼んだ。

「明日はダリア皇子の帰国を祝して宮殿内で宴を行う。そこでダリア皇子の大好物である羊の肉が出される。

 ……お前にはこれをダリア皇子に出す前に羊の肉に掛けて欲しい」

 ゲドは上着の内ポケットから茶色い小瓶を取り出した。

「ゲド様、これは……?」

「羊の肉の旨みを引き立てる希少なハーブだ。良いな? 喜んで頂く為にも、必ずダリア皇子の分にだけ掛けるのだぞ?」

 茶色い小瓶の中身は葉を細かく刻まれた物である。

 若者兵士は匂いを嗅いでみると、確かにハーブの香りがした。

「頼んだぞ」

「はっ! 必ずダリア皇子に喜んで頂きましょう!」

 若者兵士は地位の高いゲドに肩に手を置かれ、興奮している。

 小瓶を大事そうに握り、若者兵士は足早に去って行った。

「ウヒヒっ!明日は盛大になるぞ。……盛大にな……」

 ゲドはそう呟き、王室の前から肩を震わせゆったりと歩いて行った……

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