第一章 初めの関門

1.出会って5秒で死闘

 ここは異世界だ。

 それは俺だけが知っている。


 そして俺が異世界に来るのは2度目だ。

 これも俺だけが知っている。



「なんでだよッ!」



 思わずツッコミを入れてしまった。


 よわい12にして異世界に転移させられてしまうが、最終的には「はじまりの街」を救ってみせた俺。

 その後、現実世界に戻って平穏な生活を送った。


 ……嘘だ。


 俺は平穏な生活なんて送れなかった。

 現実世界に適応できないまま、引きこもっちまったんだ。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。



 ──そして4年後。

 16歳になった俺はまたもや異世界に転移させられてしまったらしい。


 昨日の夜、ベッドでおねんねしたところまでは覚えてるんだがな……。



 なんで?

 なんで僕なんですか?



 しかも前回とは雰囲気が違うし、同じ異世界じゃ無さそうだ。


「おかしいだろおおおお、家に帰らせて! 帰りたいよぉママ!」


 ショッピングセンターでごねる子供のように手足をバタバタ動かす。


 ……が、何も変わらない現実。



 転生されてしまった以上、俺には課せられた使命があるはず。それをクリアしない限り、現実世界に帰れない。

 それは前回の経験で学んでいる。


 はぁ、と小さくため息をいて立ち上がった。



 周りを見渡すと、どこまでも伸びる平野が……って、人影?

 遠く離れたところに黒い人影が一つ、ポツリとたたずんでいた。


 うーん、よく見えないな……。


 俺は人影に向かって走り出した。もしかしたら街に連れて行ってくれるかもしれないという淡い希望を込めて。

 俺は全力で叫ぶ。


「おーい、そこの人ー! 助け──」


 振っていた手がピタリと止まる。



 ──あれは人じゃない。

『ミノタウロス』だ……。


 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうなその生物と俺の目が合う。合ってしまった。

 ミノタウロスの顔が嗜虐的に歪む。



 おいおい。

 最初にエンカウントするモンスターは『スライム』か『ゴブリン』って決まってるんだが?



「いやぁぁぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇぇぇ!」



 きびすを返して、死に物狂いで逆方向に走り出す。


「ヴヴヴヴォォォォォォォォォォ!」


 ミノタウロスの咆哮が辺りに鳴り響き、俺の鼓膜を圧迫する。続いて聞こえてくる大きな足音。

 やっぱりミノタウロスは追いかけてきた。



 やばいやばいやばい。

 走らないと。逃げないと。こんなところでゲームオーバーは勘弁だ。


 俺は必死に脚を動かすが、ミノタウロスと俺の間は徐々に狭まっていく。

 引きこもり生活の弊害だ。

 過去の自分を殴りたい衝動を抑えて、とにかく走った。走った。走った……。



 ──やっぱりダメでした!

 背中にミノタウロスの鼻息がかかるほど接近していた。


「フゥ、フゥ……」


 生暖かいっ! 生臭いっ! あ、気持ちいっ!

 ……最悪だぁ。



 だが、俺も男のはしくれ。そして、一度は異世界を救ったことのある勇者だ。

 こんなところでくたばるような奴じゃないハズ!


 走りながらくるりとミノタウロスの方へ向き直ると、構えのポーズをとりながら叫んだ。


「さぁ、かかってきやが──グハァッ」


 腹にミノタウロスの頭突きが食い込み、俺の体が宙を舞う。


 いた……い……。


 空に浮かびながら俺は考えた。そして願った。



『あぁ……こんなとき、剣があればなぁ……』



 朦朧もうろうとする意識のまま、地に落ちる寸前すんぜん、俺の右手に棒のような物が出現し始めた。

 光の粒子がその一本に急激に集まっていき、剣の形を作っていく。


 なんだこれは……?


 俺の体がドスンと地面に落ちると同時に、それは完全な『剣』となり、実体を持った。


「こりゃ……すげえわ……」


 仰向あおむけになりながら、そんなことをボソッと呟いた。



「グルウォォォォォォォォォ!」


 追い打ちをかけるかのようなミノタウロスの叫び声が、俺の意識を呼び起こす。


 まだ終わっちゃいねえ。こっからだ。


 俺はゆっくりと立ち上がり、頭から突進してくるミノタウロスに向き直る。

 ニタリと笑いながら剣を握り締めると、タイミングを合わせて頭上から振り下ろした。



 ──ズシャッ



 えぐい音と共に頭部がズレるミノタウロス。

 俺の手に残る確かな手ごたえ。


 辺りには血が飛び散り、落ちていくミノタウロスの顔が苦心に歪んだ。



 勝った。

 俺TUEEEE!


「あはっっはっっっはははははは!」


 俺は狂ったように笑い始めた。


「チートだ……。チートげっとだァァァァ!」


 俺は吠えた。

 ──腹から血がドクドク流れ出しているのに気付かないまま。



「……?」



 当たり前だ。


 ミノタウロスの頭部には角が生えている。

 刺さって肌に穴が開かないはずがない。


「う……」


 膝をがくりと付き、体を手で支えた。傷口を手で押さえるが、血液は留まるところを知らずと溢れ続けていく。

 あぁ、もう限界みたいだ。


 俺は意識が遠のいていくのを感じていた。

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