灰色の男へコーエンから連絡が入った。

「スマナイ。マタニゲラレタ。タブンツカハラシユウノオヤ、ジャマシテキタ。ソイツ、コロシタ」

 ツカハラシユウの親。一度戦ったことがある相手だ。強かったが、自分の相手ではなかった。コーエンでは勝てる筈もない相手だが、あれから随分時が経っている。老いか。

 可笑しくなって笑った。自分も少し歳をとった。老いとは恐ろしいものだ。

「そうですか。わかりました。ツカハラシユウの親がまだ生きていたことは驚きましたが、始末できたようで何よりです」

「ツカハラシユウ、イキサキ、オレオモウ。アイツノトモダチノトコイク。チガウカ?」

「あぁ、彼女の友達ですか。可能性はなくはないですが、彼女はすぐどこか遠くへ逃げるでしょう。彼女にとって大事な二人の命を奪いました。おそらく、これから一人で行動する筈です」

「ワカッタ。ソウナルト、ツカハラシユウノイキサキ、ヨクワカラナイ」

「その辺りについては、本部で捜索させましょう。彼女の居場所が分かり次第連絡を入れます。あなたは、人目につかぬよう。無駄な殺生をするものではないですからね」

 この地球ほしには、虐殺をしに来たのではない。ツカハラシユウを手に入れ、やるべきことはまだまだ他にもある。

 コーエンとの連絡を終え、灰色の男は本部にツカハラシユウの捜索を命じた。



 寒い。

 真夏だというのに、ずっと雨に当たり続けていて、心結の体温はどんどん下がっていた。

 適当にビルを見つけて、雨宿りをする。

 何も考えられなかった。長い髪の毛から、水が滴り落ちる。

 そのままどれくらいの時間を過ごしただろう。気付いたら、外は明るくなり雨は止んでいた。

 ビルの外に出ると、夏の日差しに目が眩んだ。心結はどこへ向かうでもなく、適当に歩き始めた。

 玲奈が死に、ウォルも死んだ。

 これからどうすればいいのか。ウォルは京都に行けば、協力者がいると言っていた。京都に向かうべきなのか。

 そもそもどうやって京都に行けばいいのかわからない。歩くしかないが、方向がわからない。ご飯はどうすればいいのか。お金なんか一銭も持っていない。一人で生きていける気がしなかった。

 ボロボロの服。玲奈に買ってもらった服のことを思い出した。結局実際に着たのは、結衣と遊んだ日に着た真っ白のワンピースだけだ。それも血で汚してしまったわけだが。

 玲奈は何で今年の誕生日をあんなに祝ってくれたのだろう。それまで玲奈にしてもらったことなど、ほとんど何もなかったのに。玲奈と、これからもっと仲良くなれたかもしれなかったのに。

 私のせいで玲奈もウォルも殺された。ウォルの最期の姿を見て、私は気付いた。たぶんこの推測は間違っていない。ウォルが私の親だ。

 私の獣の姿と同じような姿だった。自分が実際どんな見た目か見ることはできてないが、きっとあんな姿なのだろう。

 ウォルが父親だとすれば、母は?玲奈だろうか。オオカミと人間の間に子供はできるのか?いや、ウォルはただのオオカミではないし、このことは考えたってわからない。

 いずれの事実もはっきりと明かされないまま、二人は死んでしまった。

 二人の遺体はどうなっただろう。

 警察が動いているのだろうか。警察と言えば、中学生の事件もどうなったのか。もはや何もわからない。

 不意に私は不安に襲われた。

 私に関わった二人が殺された。友達は、結衣は無事だろうか。昨日の学校で突き飛ばしたきり、会っていない。

 私は、とにかくどこかへ逃げなければならない。でもその前に、結衣が無事かどうかだけでも確かめたい。

 今はおそらく学校にいる時間だ。

 確かめに行こう。そして、できることなら一言昨日のことを謝ろう。



 学校は、朝から騒然としていた。

 まず中学生の事件の容疑者が心結だとバレた。その心結は、昨日結衣を突き飛ばしたきり、学校を飛び出して行方不明である。

 そして、その心結の母親が自宅で殺されたという。心結が行方不明で、容疑はすべて心結に向けられている。

 教室では、先生がそのことを説明してから、教室は心結の話題で持ちきりだった。先生は授業に入ろうとするが、生徒は落ち着かない。

「塚原、いつか何かやらかすと思ってたのよねー」

「ほんと不気味で何考えてるかわからなかったしさ、まさかお母さんまで殺すとはね」

「昨日も花村さんに暴力振るってたし、ホントいなくなって良かったー」

「私達が殺されるところだったよね」

 キャーこわーい、と騒ぎ立てている。心結を擁護する声はどこからも上がらない。先生でさえ、それを否定できずにいる。

 中学生の事件は、確かに心結が犯人である。ただあれは、相手が悪い。結衣に手を出しかけた中学生に、獣の姿になった心結が助けに入ってくれた。その鋭い爪で、中学生達を引き裂いた。正当防衛だとしてもやり過ぎではあったが、心結自身の意識はない様だった。結衣自身には手を出さなかったし、優しい心結は獣の姿になってもあった。

 心結と友達になったときも、獣の姿を見ている。いや、あの時は一瞬で何になっていたか判別できなかったが、男の子達が私の本を池に放り投げた時に、物凄いスピードで結衣の本を取り、結衣の横に立った。

 この時も本人には意識がない様だった。正直驚いたし恐いという思いもあったが、男の子達が逃げていく様に戸惑う彼女を見て、結衣は声をかけずにはいられなかった。自分を助けてくれたのだ。

 そして、その後から彼女と過ごす内に、彼女の優しさと強さを知った。だから結衣は、この子とずっと友達でいようと自然と思える様になった。

 だから、結衣は確信している。心結の母親を殺したのは心結ではない。

 きっと何かに巻き込まれたのだ。結衣の予想を超える何かに。

 彼女は今どうしているのだろうか。誰か側にいるのか。一人で辛い思いをしていないだろうか。

 心結に会いたい。

「ねぇ、あれ塚原じゃね?」

 一人の男子が、校庭を指差して言った。門の側に一人の少女。心結だ。

 結衣は教室を飛び出した。幸い教室は心結の登場で混乱している。



 教室を見ていた。私の姿が見つかったようだ。教室がざわついている。

 遠目なら見つからないかと思ったが、こんなに髪の長い女子は、そういるはずもない。やってしまった。

 結衣の姿は確認できなかったが、ここから離れよう。そしてどこか遠くへ。そう思い踵を返した時、

「心結ちゃん!」

 花村さんだ。走って私の元へやってきて、抱きつかれた。

「良かった!会いたかったよ!」

「花村さん・・・」

「大丈夫!?心結ちゃん。今大変だよね?」

 教室の騒ぎが大きくなっている。ゆっくり話している時間はない。私は抱きつく結衣を両手で突き放した。

「結衣、聞いて」

 花村さん、ではなく結衣と呼ばれたことに、結衣は驚いていた。

「私、もうあんたとは友達でいられない」

「え?」

「あんた、全部知ってたんでしょ。私がバケモノなことも」

「・・・心結ちゃんは、バケモノなんかじゃないよ」

 結衣の目に涙が溢れる。

「私はもうあんたとは、友達じゃないから、私のことは忘れて!」

「心結ちゃん、私一緒にいるよ。どっかに行くなら私も一緒に行く」

「うるさい!」

 私も気付いたら泣いていた。

「私と一緒にいるとみんな死んじゃうの」

「私、心結ちゃんと・・・」

「頼むから・・・!」

 結衣の言葉を遮る。

「頼むからあんただけは死なないで!」

 結衣は、私の目をじっと見つめていた。

 私はその目を振り切り、駆け出した。

 結局結衣には謝れなかった。まあこれはこれでいいか。

 教師の声が後ろからする。

「花村、大丈夫か!?塚原!」

 私は走った。するといつの間にか獣の姿になっていた。

 こんな時に獣になるくせに、何で昨日はなれなかったのよ!

 屋根へ飛び上がり、人目のつかない場所を探し駆けて行った。


 どんなに辛いことや悲しいことがあっても、私は孤独ではなかった。

 そんな日常が、とてつもなく愛おしかった。

 日常は突如として奪われた。玲奈もウォルももういない。

 でもまだ結衣がいた。結衣ともっと一緒にいたい。でも今は一緒にいられない。あいつらがいる限り。

 私は決意した。あいつらを殺す。

 玲奈とウォルを殺したあいつらを。

 私の平和を奪うあいつらを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る