九
灰色の男へコーエンから連絡が入った。
「スマナイ。マタニゲラレタ。タブンツカハラシユウノオヤ、ジャマシテキタ。ソイツ、コロシタ」
ツカハラシユウの親。一度戦ったことがある相手だ。強かったが、自分の相手ではなかった。コーエンでは勝てる筈もない相手だが、あれから随分時が経っている。老いか。
可笑しくなって笑った。自分も少し歳をとった。老いとは恐ろしいものだ。
「そうですか。わかりました。ツカハラシユウの親がまだ生きていたことは驚きましたが、始末できたようで何よりです」
「ツカハラシユウ、イキサキ、オレオモウ。アイツノトモダチノトコイク。チガウカ?」
「あぁ、彼女の友達ですか。可能性はなくはないですが、彼女はすぐどこか遠くへ逃げるでしょう。彼女にとって大事な二人の命を奪いました。おそらく、これから一人で行動する筈です」
「ワカッタ。ソウナルト、ツカハラシユウノイキサキ、ヨクワカラナイ」
「その辺りについては、本部で捜索させましょう。彼女の居場所が分かり次第連絡を入れます。あなたは、人目につかぬよう。無駄な殺生をするものではないですからね」
この
コーエンとの連絡を終え、灰色の男は本部にツカハラシユウの捜索を命じた。
寒い。
真夏だというのに、ずっと雨に当たり続けていて、心結の体温はどんどん下がっていた。
適当にビルを見つけて、雨宿りをする。
何も考えられなかった。長い髪の毛から、水が滴り落ちる。
そのままどれくらいの時間を過ごしただろう。気付いたら、外は明るくなり雨は止んでいた。
ビルの外に出ると、夏の日差しに目が眩んだ。心結はどこへ向かうでもなく、適当に歩き始めた。
玲奈が死に、ウォルも死んだ。
これからどうすればいいのか。ウォルは京都に行けば、協力者がいると言っていた。京都に向かうべきなのか。
そもそもどうやって京都に行けばいいのかわからない。歩くしかないが、方向がわからない。ご飯はどうすればいいのか。お金なんか一銭も持っていない。一人で生きていける気がしなかった。
ボロボロの服。玲奈に買ってもらった服のことを思い出した。結局実際に着たのは、結衣と遊んだ日に着た真っ白のワンピースだけだ。それも血で汚してしまったわけだが。
玲奈は何で今年の誕生日をあんなに祝ってくれたのだろう。それまで玲奈にしてもらったことなど、ほとんど何もなかったのに。玲奈と、これからもっと仲良くなれたかもしれなかったのに。
私のせいで玲奈もウォルも殺された。ウォルの最期の姿を見て、私は気付いた。たぶんこの推測は間違っていない。ウォルが私の親だ。
私の獣の姿と同じような姿だった。自分が実際どんな見た目か見ることはできてないが、きっとあんな姿なのだろう。
ウォルが父親だとすれば、母は?玲奈だろうか。オオカミと人間の間に子供はできるのか?いや、ウォルはただのオオカミではないし、このことは考えたってわからない。
いずれの事実もはっきりと明かされないまま、二人は死んでしまった。
二人の遺体はどうなっただろう。
警察が動いているのだろうか。警察と言えば、中学生の事件もどうなったのか。もはや何もわからない。
不意に私は不安に襲われた。
私に関わった二人が殺された。友達は、結衣は無事だろうか。昨日の学校で突き飛ばしたきり、会っていない。
私は、とにかくどこかへ逃げなければならない。でもその前に、結衣が無事かどうかだけでも確かめたい。
今はおそらく学校にいる時間だ。
確かめに行こう。そして、できることなら一言昨日のことを謝ろう。
学校は、朝から騒然としていた。
まず中学生の事件の容疑者が心結だとバレた。その心結は、昨日結衣を突き飛ばしたきり、学校を飛び出して行方不明である。
そして、その心結の母親が自宅で殺されたという。心結が行方不明で、容疑はすべて心結に向けられている。
教室では、先生がそのことを説明してから、教室は心結の話題で持ちきりだった。先生は授業に入ろうとするが、生徒は落ち着かない。
「塚原、いつか何かやらかすと思ってたのよねー」
「ほんと不気味で何考えてるかわからなかったしさ、まさかお母さんまで殺すとはね」
「昨日も花村さんに暴力振るってたし、ホントいなくなって良かったー」
「私達が殺されるところだったよね」
キャーこわーい、と騒ぎ立てている。心結を擁護する声はどこからも上がらない。先生でさえ、それを否定できずにいる。
中学生の事件は、確かに心結が犯人である。ただあれは、相手が悪い。結衣に手を出しかけた中学生に、獣の姿になった心結が助けに入ってくれた。その鋭い爪で、中学生達を引き裂いた。正当防衛だとしてもやり過ぎではあったが、心結自身の意識はない様だった。結衣自身には手を出さなかったし、優しい心結は獣の姿になってもあった。
心結と友達になったときも、獣の姿を見ている。いや、あの時は一瞬で何になっていたか判別できなかったが、男の子達が私の本を池に放り投げた時に、物凄いスピードで結衣の本を取り、結衣の横に立った。
この時も本人には意識がない様だった。正直驚いたし恐いという思いもあったが、男の子達が逃げていく様に戸惑う彼女を見て、結衣は声をかけずにはいられなかった。自分を助けてくれたのだ。
そして、その後から彼女と過ごす内に、彼女の優しさと強さを知った。だから結衣は、この子とずっと友達でいようと自然と思える様になった。
だから、結衣は確信している。心結の母親を殺したのは心結ではない。
きっと何かに巻き込まれたのだ。結衣の予想を超える何かに。
彼女は今どうしているのだろうか。誰か側にいるのか。一人で辛い思いをしていないだろうか。
心結に会いたい。
「ねぇ、あれ塚原じゃね?」
一人の男子が、校庭を指差して言った。門の側に一人の少女。心結だ。
結衣は教室を飛び出した。幸い教室は心結の登場で混乱している。
教室を見ていた。私の姿が見つかったようだ。教室がざわついている。
遠目なら見つからないかと思ったが、こんなに髪の長い女子は、そういるはずもない。やってしまった。
結衣の姿は確認できなかったが、ここから離れよう。そしてどこか遠くへ。そう思い踵を返した時、
「心結ちゃん!」
花村さんだ。走って私の元へやってきて、抱きつかれた。
「良かった!会いたかったよ!」
「花村さん・・・」
「大丈夫!?心結ちゃん。今大変だよね?」
教室の騒ぎが大きくなっている。ゆっくり話している時間はない。私は抱きつく結衣を両手で突き放した。
「結衣、聞いて」
花村さん、ではなく結衣と呼ばれたことに、結衣は驚いていた。
「私、もうあんたとは友達でいられない」
「え?」
「あんた、全部知ってたんでしょ。私がバケモノなことも」
「・・・心結ちゃんは、バケモノなんかじゃないよ」
結衣の目に涙が溢れる。
「私はもうあんたとは、友達じゃないから、私のことは忘れて!」
「心結ちゃん、私一緒にいるよ。どっかに行くなら私も一緒に行く」
「うるさい!」
私も気付いたら泣いていた。
「私と一緒にいるとみんな死んじゃうの」
「私、心結ちゃんと・・・」
「頼むから・・・!」
結衣の言葉を遮る。
「頼むからあんただけは死なないで!」
結衣は、私の目をじっと見つめていた。
私はその目を振り切り、駆け出した。
結局結衣には謝れなかった。まあこれはこれでいいか。
教師の声が後ろからする。
「花村、大丈夫か!?塚原!」
私は走った。するといつの間にか獣の姿になっていた。
こんな時に獣になるくせに、何で昨日はなれなかったのよ!
屋根へ飛び上がり、人目のつかない場所を探し駆けて行った。
どんなに辛いことや悲しいことがあっても、私は孤独ではなかった。
そんな日常が、とてつもなく愛おしかった。
日常は突如として奪われた。玲奈もウォルももういない。
でもまだ結衣がいた。結衣ともっと一緒にいたい。でも今は一緒にいられない。あいつらがいる限り。
私は決意した。あいつらを殺す。
玲奈とウォルを殺したあいつらを。
私の平和を奪うあいつらを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます