二
私が花村結衣と友達になったのは、五年生に上がり二週間程してのこと。
それまで私には相変わらず友達はいなかったし、学校はただ忌み嫌われイジメられるだけの場所だった。
結衣といえば、眼鏡をかけいつも本を読んでいる典型的な大人しい女子であった。俗に言う優等生といったところだ。
だから私は特に結衣に興味は示さなかったし、向こうも特別こちらを意識したこともなかっただろうと思う。
そして、ある日の休み時間。
私は教室にいてもウザがられるだけなので、中庭を一人散歩していた。天気が良くて気持ちの良い日だった。
すると男子の笑い声が聞こえてきた。どうやら誰かをからかっているらしい。
私は別段興味はなかったが、たまたま現場を通りかかって見ると、からかわれている相手が花村結衣だとわかった。からかっている男子は同じクラスのやんちゃ共である。
「いつも本ばっか読んでるくせに、お前こんなとこで何してんだよ?」
からかうように一人の男子が結衣に言う。
「お、見ろよ。やっぱりこいつ本持ってるぜ」
「なんだなんだ。生意気に外で読書かよ」
どこが生意気なのか。意味がわからない。
イジメをする人間の思考回路はほとほと理解できない。本当に同じ人間か、と疑ってしまう。
「おい、これちょっと貸せよ!」
男子が結衣の本を取り上げる。
「あ、やめて・・・」
結衣がようやく声をあげた。小さくて弱々しい声だ。
「ん?なんつった?小さくて聞こえねー」
男子達が爆笑する。結衣はもう既に泣きそうだ。
これくらいで泣くなよ。そう思った。私なんかもっとえげつないことを平気でされる。でも私は泣かない。
しかし、私の体は反応していたようだ。その集団に知らず知らず近寄っていた。一行が私の存在に気付く。
「うげっ!塚原だ!キモチわりぃー」
「うわっ!ホントだ!何だよおめぇ、あっち行けよ」
私には痛くも痒くもない暴言だ。
「その本、返してあげなよ」
ハッキリとした口調で私が喋ったことに、男子達は一瞬慄いた。
「は?意味わかんねぇ。お前花村のこと助けようとか思ってんの?殺すよ」
「やれるもんならやってみな」
私は、本を持ってる男子にずかずかと近寄った。
「ちょ、こっち近寄んじゃねえよ!気持ち悪ぃ!」
私のお腹に衝撃が走り、尻餅をついた。こいつ、事もあろうに女子の腹を蹴るか?
「あはははは!お前やり過ぎだって!」
「いや、しょうがねえじゃん!こんな不気味な奴に近寄られたら普通蹴るでしょ!」
そうか、こいつらにとってはそもそも私は人間でもないんだった。
「あーぁ、なんかつまんなくなったな。この本どうする?」
「池にでも捨てちまえば?」
「あー、そうしよ」
本を溜め池の方に向かって投げた。結衣は泣いている。
瞬間、私は意識を無くした。
気付くと私は本を持って、結衣の横に立っていた。
男子達は何があったのか、腰を抜かして座り込んでいる。私を見る目はさっきとは少し違う。不気味なものを見るというより、
「バ、バケモノーーーーー!!!!」
そう、それだ。男子達は一斉に逃げ出した。
私は何が何だかわからず、手に持ってる無傷の本を見、隣に立っている結衣の顔を見た。
結衣は、涙は相変わらず出ているが、不思議そうな目で私を見ている。
(あぁ、またこれか…)
私には何度かこうして記憶を失うことがあった。
すると、決まってその後には不可思議なことが起こる。
ある時は、木の上にかかってしまった少年の大事な帽子を、手の届かないはずの高さにあるにもかかわらずとったり、私が命の危機すら感じた暴行を受けていた時に、気づけばその相手を打ちのめしていたり、私が意識を失うと何かが起こる。
その場にいた人間は決まって私のことを「バケモノ」と呼ぶ。
結衣の顔を見ながら思う。この子にも言われるのだろうと。
しかし、結衣の口から出た言葉は、私が学校で初めて聞く言葉だった。
「ありがとう・・・」
その言葉の意味がすぐにはわからず、私はぼーっと突っ立っていた。
「同じクラスの塚原、心結ちゃん、だよね」
普通に私に話しかけていることに戸惑いながら、私はやっと返事をした。
「あぁ、うん、そうだよ・・・」
結衣は笑顔で私のことを見てきた。私は目のやり場に困り、まだ持っていた本の存在に気づいた。
「あ、これ、返すね」
「うん、ありがとう」
その場にいるのが恥ずかしくて、すぐに去ろうとしたがまた声をかけられた。
「心結ちゃん!」
ぎょっとして、私は立ち止まった。ちゃん?恐らく初めてだ。「ちゃん」なんて名前につけて呼ばれたことは。
私は恐る恐る後ろを振り返る。
「心結ちゃんって、心に結ぶでしょ?私の結衣も結ぶって字を書くの」
私はどんな顔をしていたのだろうか。ただただ頷いた。
「同じだね!友達にならない?」
まだ泣き痕が残る彼女は満面の笑みで、私に衝撃的な発言をしてきた。
「友達・・・?」
「うん。あ、ごめん、嫌だったらいいんだけど・・・」
「い、いや全然いいけど、私なんかでいいの?」
結衣は首を傾げた。質問の意味がよくわからないらしい。
「だって私って、こんなに髪長いし、服もダサいし、なんか、不気味でしょ?」
「不気味?うーん、私はそうは思わないけど、でも心結ちゃんのことは今まで少し恐かったかなぁ。なんか近付き難かった」
「あぁ、うん、やっぱりそうだよね・・・」
「あ、全然変な意味じゃないよ!なんとなくそう感じてただけで。でもさっき助けてくれたし、恐い人じゃないんだってわかったの!だから良かったら友達になりたいなって・・・」
これは夢か。この世の中に私と友達になりたいっていう人がいたとは。理由が何であれ、私がその申し出を拒否する要因は何もなかった。
「友達、いいよ・・・」
「え!ホント!」
「うん」
「やったぁ!よろしくね!」
本を脇に挟み、結衣は両手で私の手を包んできた。
あったかい。人の手ってこんなに温かいものなのか。
これが私にとって、初めての人間の友達ができた時であった。
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