私が花村結衣と友達になったのは、五年生に上がり二週間程してのこと。

 それまで私には相変わらず友達はいなかったし、学校はただ忌み嫌われイジメられるだけの場所だった。

 結衣といえば、眼鏡をかけいつも本を読んでいる典型的な大人しい女子であった。俗に言う優等生といったところだ。

 だから私は特に結衣に興味は示さなかったし、向こうも特別こちらを意識したこともなかっただろうと思う。

 そして、ある日の休み時間。

 私は教室にいてもウザがられるだけなので、中庭を一人散歩していた。天気が良くて気持ちの良い日だった。

 すると男子の笑い声が聞こえてきた。どうやら誰かをからかっているらしい。

 私は別段興味はなかったが、たまたま現場を通りかかって見ると、からかわれている相手が花村結衣だとわかった。からかっている男子は同じクラスのやんちゃ共である。

「いつも本ばっか読んでるくせに、お前こんなとこで何してんだよ?」

 からかうように一人の男子が結衣に言う。

「お、見ろよ。やっぱりこいつ本持ってるぜ」

「なんだなんだ。生意気に外で読書かよ」

 どこが生意気なのか。意味がわからない。

 イジメをする人間の思考回路はほとほと理解できない。本当に同じ人間か、と疑ってしまう。

「おい、これちょっと貸せよ!」

 男子が結衣の本を取り上げる。

「あ、やめて・・・」

 結衣がようやく声をあげた。小さくて弱々しい声だ。

「ん?なんつった?小さくて聞こえねー」

 男子達が爆笑する。結衣はもう既に泣きそうだ。

 これくらいで泣くなよ。そう思った。私なんかもっとえげつないことを平気でされる。でも私は泣かない。

 しかし、私の体は反応していたようだ。その集団に知らず知らず近寄っていた。一行が私の存在に気付く。

「うげっ!塚原だ!キモチわりぃー」

「うわっ!ホントだ!何だよおめぇ、あっち行けよ」

 私には痛くも痒くもない暴言だ。

「その本、返してあげなよ」

 ハッキリとした口調で私が喋ったことに、男子達は一瞬慄いた。

「は?意味わかんねぇ。お前花村のこと助けようとか思ってんの?殺すよ」

「やれるもんならやってみな」

 私は、本を持ってる男子にずかずかと近寄った。

「ちょ、こっち近寄んじゃねえよ!気持ち悪ぃ!」

 私のお腹に衝撃が走り、尻餅をついた。こいつ、事もあろうに女子の腹を蹴るか?

「あはははは!お前やり過ぎだって!」

「いや、しょうがねえじゃん!こんな不気味な奴に近寄られたら普通蹴るでしょ!」

 そうか、こいつらにとってはそもそも私は人間でもないんだった。

「あーぁ、なんかつまんなくなったな。この本どうする?」

「池にでも捨てちまえば?」

「あー、そうしよ」

 本を溜め池の方に向かって投げた。結衣は泣いている。

 瞬間、私は意識を無くした。


 気付くと私は本を持って、結衣の横に立っていた。

 男子達は何があったのか、腰を抜かして座り込んでいる。私を見る目はさっきとは少し違う。不気味なものを見るというより、

「バ、バケモノーーーーー!!!!」

 そう、それだ。男子達は一斉に逃げ出した。

 私は何が何だかわからず、手に持ってる無傷の本を見、隣に立っている結衣の顔を見た。

 結衣は、涙は相変わらず出ているが、不思議そうな目で私を見ている。

(あぁ、またこれか…)

 私には何度かこうして記憶を失うことがあった。

 すると、決まってその後には不可思議なことが起こる。

 ある時は、木の上にかかってしまった少年の大事な帽子を、手の届かないはずの高さにあるにもかかわらずとったり、私が命の危機すら感じた暴行を受けていた時に、気づけばその相手を打ちのめしていたり、私が意識を失うと何かが起こる。

 その場にいた人間は決まって私のことを「バケモノ」と呼ぶ。

 結衣の顔を見ながら思う。この子にも言われるのだろうと。

 しかし、結衣の口から出た言葉は、私が学校で初めて聞く言葉だった。

「ありがとう・・・」

 その言葉の意味がすぐにはわからず、私はぼーっと突っ立っていた。

「同じクラスの塚原、心結ちゃん、だよね」

 普通に私に話しかけていることに戸惑いながら、私はやっと返事をした。

「あぁ、うん、そうだよ・・・」

 結衣は笑顔で私のことを見てきた。私は目のやり場に困り、まだ持っていた本の存在に気づいた。

「あ、これ、返すね」

「うん、ありがとう」

 その場にいるのが恥ずかしくて、すぐに去ろうとしたがまた声をかけられた。

「心結ちゃん!」

 ぎょっとして、私は立ち止まった。ちゃん?恐らく初めてだ。「ちゃん」なんて名前につけて呼ばれたことは。

 私は恐る恐る後ろを振り返る。

「心結ちゃんって、心に結ぶでしょ?私の結衣も結ぶって字を書くの」

 私はどんな顔をしていたのだろうか。ただただ頷いた。

「同じだね!友達にならない?」

 まだ泣き痕が残る彼女は満面の笑みで、私に衝撃的な発言をしてきた。

「友達・・・?」

「うん。あ、ごめん、嫌だったらいいんだけど・・・」

「い、いや全然いいけど、私なんかでいいの?」

 結衣は首を傾げた。質問の意味がよくわからないらしい。

「だって私って、こんなに髪長いし、服もダサいし、なんか、不気味でしょ?」

「不気味?うーん、私はそうは思わないけど、でも心結ちゃんのことは今まで少し恐かったかなぁ。なんか近付き難かった」

「あぁ、うん、やっぱりそうだよね・・・」

「あ、全然変な意味じゃないよ!なんとなくそう感じてただけで。でもさっき助けてくれたし、恐い人じゃないんだってわかったの!だから良かったら友達になりたいなって・・・」

 これは夢か。この世の中に私と友達になりたいっていう人がいたとは。理由が何であれ、私がその申し出を拒否する要因は何もなかった。

「友達、いいよ・・・」

「え!ホント!」

「うん」

「やったぁ!よろしくね!」

 本を脇に挟み、結衣は両手で私の手を包んできた。

 あったかい。人の手ってこんなに温かいものなのか。

 これが私にとって、初めての人間の友達ができた時であった。

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