~制作~

「土偶と倒木から生まれたお前たち!!もうすぐ夏休みだな!だが海兵隊に休みがあると思っているのか!?9月中旬に朗読発表会をやってもらう!!この夏休みは泣いたり笑ったりできないと思え!!」


おお、ついに来たか。「発表」。そう、我々は表現者の端くれとして人前で何かを表現していく仕事を目指しています。そのデモンストレーション、そして初めての舞台です。そこで行われるは朗読、班対抗朗読バトルとの事です。優秀者には声優仕事も振ってもらえるとの事で全員が色めきたちました。


「憧れていた場所に行けるかもしれない」


憧れを現世に降臨させる。ただそれだけを全員が心に思っていました。


「お前たちが自分たちで班を作ると仲良しこよしで進もうとするだろう!そうは行くか!海兵隊はどんな状況でも戦うのだ!班分けを発表する!!こっちで二つに分けるから対決しろ!!発表会ではアンケートを取る!どっちが優秀な海兵隊員か分かるようにな!!」


学校側が班を分けると聞き、全員が若干不安になっています。そう、お互いに仲の良い人間と班を作りたい物です。そしてハッピーな気持ちで制作をする。担任はその気持ちを見抜いていました。そして、まとまってきたクラスの人間がいきなり戦わないといけない状況になりました。


「第一班!豚骨麺吉!蛸村豪族!ポム巻仁!笹本イヌマ!無禄真司!大八雛子!権現雑魚美!モブ山女子!脇役男児!其他色々男…」


うそおおおおおおおお!それなりに仲の良い人全員敵チームかよおおおおおお!!!

ジーザス、なんてこった。あの中に水堂の名前が出なかった…するってえと同じチーム…これは…勝ったんじゃないか…?


「第二班!後藤健和!論鰤へにょ彦!光本ひよこ丸!弱腰ヘボ正!桜丸ミロ!水堂ゆり!其他川適当子!奈前梨道!……」


うおおおお、なんじゃこりゃ、これは偏った。これは偏っとるぞ。


第一班は全員がそこそこ仲が良い。しかし個々の能力はそれなり。


第二班は全員が殆ど一匹狼スタイル。だが個々の能力は目に付きやすい。


「以上!本番まで励め!!題材は両方とも同じ作品を使って貰う!題材は「百万回手袋を買いに」だ!!感動の児童文学!!持ち味で調理しろ!!以上!今日を生き延びたら明日も会おう!解散!!」


担任が教室を出た後はざわざわとした空気が教室を覆って居ました。皆、何となく決められた班の人間で集まりました。雛子が少し寂しそうに私を見ました。私は困ったような笑顔を見せると雛子も同意の笑顔を向けてきました。そんな彼女とも今からは敵同士です。高校時代からの友達、笹本とも敵同士です。考えてみたら、声優同士で仲が良い人も居ますが、視点を変えると皆敵同士なのです。仕事の数は決まっただけしかありません。その椅子を友達同士、時には々事務所の人間とも奪い合うのです。それがプロの世界なのです。


「後藤君…嬉しいよ…僕…僕、話さない人ばっかりだったら不安だったから…」


「おお、弱腰。よろしくお願いします。しかしアレだな。何と言うか…この班は濃いな…」


「うん…僕なんかが…居て良いのかと思う位に…」


「後藤~!同じ班で良かった~!あんたしっかり頑張りなさいよ!弱腰もがんばりなさいよ!私達が勝つんだからね!?」


「ヒィー!み、水堂さん!近い!距離が近い!!ヒィー!」


ああ、何だかもう色々嫌な予感がしてくる。


「水堂と桜丸が居るのか。勝ったな。」


「おや、論鰤。俺の名前は言わぬか?まあ良い。しかしそう決めるのは早いぜ。向こうも雑魚美とかポム巻さん居るしな。それに蛸村のあの低い声は唯一無二だぜ」


この男、論鰤へにょ彦。身長は180cm位、痩身。顔がやたらに濃い男です。児童劇団に居たらしくすでにCM等を経験している男です。実力はあるのですが、誰とも仲良くせず正に一匹狼と言う男です。


「皆で…!頑張ろうよ!勝敗はあるかもしれないけど…それはそれだよ!まだ入学して数ヶ月なんだから実力なんて変わんないよ!楽しんだ者勝ちだよ!」


キラキラした発言をキラキラした目でキラキラと伝える男が一人。彼の名は光本ひよこ丸。低身長、キラキラした雰囲気、ピーターパンみたいな男です。物凄く真面目で誰とでも仲良く。ラノベの主人公みたいな男です。


「やーん!あんたやっぱり可愛わねー!」


「わ!水堂さん!ちょっと!おっぱいが…むががが」


光本を胸に抱きかかえ振り回す水堂。アホを見る顔の論鰤、モガモガ言いながら顔を真っ赤にしている光本、台本を見て無言の桜丸、調子を合わせて笑っている弱腰、こりゃ地獄だわと思っている私。早々と帰りその場に居ないモブ達。


「後藤、論鰤。何見てるの?あんた達もして欲しいの?」


「アホか」「結構です」


一体どんな朗読劇が出来るのか。はたして朗読劇の形になるのか?

エイエイオー!と声を合わせてニコニコしている一班の連中を横目に見ながら私は渇いた笑いを漏らしました。不安を押し殺す為に。


さあ、作戦会議をやろう。朗読とは言え一つの舞台を作るのです。ここで皆の気持ちを一つにして大きな目標に一丸となって向かうのです。第一班はもう結構まとまっています。年長者のポム巻が中心となり、テキパキと物事を進めています。車座になり、皆で読む練習とかもしています。これは凄い。さすが年長者。そりゃ皆頼るし、言う事も聞くだろうな。さあ、こっちも会議だ!頑張ろう!


「えっと、どうしましょうかね?皆さん?」


「そうだね!みんな!まずはしっかり楽しむ為にも話し合おう!」


「うん…!そ、そうだよ!…僕も…僕も必死で頑張る!!」


「ちょっと~?別に皆で話し合わくても良くない~?だって全員が上手かったら良いんでしょ?」


「俺もそう思うぜ?そりゃ皆が下手なら団結するべきだろうけど、この班だったら下手なの弱腰だけじゃねえの?」


「ちょっと論鰤君酷くない!?弱腰君は確かにド下手だけどそれは言い過ぎ!」


「みーちゃん、君も酷いよ?論鰤、水堂。言いたい事は分かるが、それはどうなのかねえ?」


世界よ、これがミーイズムだ。

全くまとまらない人間達の全くまとまらない会議でした。モブな人達は特に自分から発言もしません。しかし、やはり上手い人間が居るとそれだけで全体が上手く見えたりもします。言っている事は合ってはいないですが、全て間違っている訳では無いのです。

いわゆる「富国論」方式でやっていこうと言う事なのです。一人一人が上手いなら国全体が上手くなる。そう言う事で進みたいのでしょうけど、そうはいかんでしょう。私は発想とか勢いはあっても実力はあまりありません。光本もキャラやスター性はありますが実力は中の下程、弱腰に至っては未だに緊張とかで何を言っているのかわからない状態です。桜丸もどちらかと言えば論鰤、水堂と同じ意見のようでした。しかし私は気になっていました。「一人一人が上手い形で良いなら個人戦の形で朗読大会は開かれる。しかし、これは班だ。実力以外の何かも見られるのではないのか?」と思っていたのです。だが、三人の気持ちを変える言葉を持っている訳ではなかったのでグっと言葉を飲み込みました。ここで揉めるよりも、横で真っ青になって泣きそうな弱腰が心配だったからです。


「弱腰、気にするな。あいつらは多分若干アホなんだと思う。アホの意見に左右されて気にするのはもっとアホだ。上手い下手は多分まだ誤差の範囲内だ。ここから良くなっていこうぜ。俺もそう言う気持ちだからさ」


「うん…でも………やっぱり……やっぱり僕が足を引っ張って…ごめん…本当にごめん…」


「弱腰君!まだ悪い事をしていないのに謝っちゃダメだよ!!それは!自分が失敗する事を見越しての、「予防線としての謝罪」だよ!大丈夫!皆で練習しようよ!一人で練習しても上手くならない!でも…皆と練習したら意見も言い合えるし、絶対に上手くなれるよ!」


「その通り。さすが光本。弱腰、まあそう言う事だ。まずはもう楽しみましょう。やっぱり君も何か心の中のスパークする気持ちを炸裂させにここに来たんだ。なら出すしかない。学費分は楽しもうぜ」


「うん………ありがとう………僕………僕も………頑張る…!!」


これが自己紹介で「死にたい」と言った男でしょうか。声優としての実力は置いといて、「漢」として一番成長しているのはこの男、弱腰ヘボ正では無いでしょうか。

人間と言うのは不思議です。一人で頑張るよりも、多人数で頑張る方が気合が入るのです。弱腰は我々に頑張ると言った手前、そして私と光本は一緒に頑張ろう!と言った手前、お互いのやる気ファイヤーが飛び火し合い、より大きなファイヤーを作るのです。もう火は付いた。後は、思い切り転がろうぜ。

動き始めました。どう言う風に転がるか?こう言う時は自分たちのウィークポントを考えれば答えは出ます。我々の弱点は


協調性の無さ


弱腰の下手さ


となっています。しかしこれは非常に簡単な事で、「皆で弱腰を鍛える」と言う方法で一気に解決が出来ると思っていました。そして班会議でそのように進言してみました。


「弱腰が上手くなりたい!と言っている。勝つ為には弱腰を鍛える事が先決である。どうか?」


「ええ~?皆が勝手にしっかり練習してたら良くなるんじゃないの~?」


「俺も水堂と同じ意見だな。結局は俺たちもライバルな訳だし、個人でやっていこうぜ」


「決まった方に着いて行くモブー!」


あ、ダメずら。こりゃあダメずらね。


「そんなのダメだよ!!僕たちの班が評価されるって事は!学校としても評価するって事だよ!!やっぱり「協調性」って部分も見られると思う!それに、教える事で自分の中に落とし込める知識も有るはずだよ!」


さすが光本。君がまとめ役になれば上手く回るんじゃないのか?と思うアプローチを入れてくれました。


「たしかに…そうかもしれないな…わかった。弱腰を鍛える事を手伝おう。弱腰、甘えるんじゃねえぞ」


「はい…!!ぼ、僕!!頑張る!!」


「ええ~!じゃあ私も手伝う~!」


「よーし!桜丸式演技法を教える!」


「私達も手伝うモブー!」


皆の心はとりあえず一つになりました。しかし、これは第一班にやっと対等に並べたと言うだけなのです。ここからやっと勝負の為のスタートを切る事ができるのです。しかし…それは地獄への第一歩だったのかもしれません。


「弱腰!だから滑舌がおかしいんだよ!」


「弱腰君~?文章の立てる部分違うくない??」


「弱腰君!!頑張れ頑張れ!!まずは読みまくる事!!」


「ううう…うう…ごめん…本当に下手で…何もできなくてごめん…うう…ううう…」


おいおい、追い詰めてどうするんだ。弱腰の心は皆の心が一つになった瞬間に思い切りバキバキになってしまいました。できる人間はできない人間を理解できない。「できない」事の悔しさや悲しさ、そして自分が周りにかける迷惑の重さを感じていないからです。彼らも失敗はしてきたでしょう。しかし、単独での失敗や、失敗をあまり気にしないと言う性格を持つ生命体は別の弱い生命体の思いがわからないのです。


「ちょっと君たち?やりすぎじゃないかね?いきなり上手くなれる訳じゃなかろうに」


「そうだよ!教えるって言うのは詰め込む事じゃないよ!一つ一つしっかりと攻略していかないと!!」


「あんたやっぱり可愛いわね~!もー!いちいち可愛がりたくなる!」


「水堂さん!モガガガガガガ」


これはダメだ。嫌な予感がする。そして数日後、事件が起こりました。


「弱腰!お前下手すぎるぞ!もう知るか!!」


「ごめん…!本当に…ごめん……」


「おい、論鰤。言い過ぎだ。まだ学校に入って数ヶ月だぞ?皆お前みたいにやってきた訳じゃねえんだよ」


「論鰤君!水堂さん!ちょっと読んで聞かせてみたら!?」


桜丸がナイスアシストを出しました。そして論鰤が文章を読み始めました。それなりに上手いですが、「お前そこまで言える程か?」って感じでちょっとがっかりしました。

そして水堂が読みました。上手い。本当に抜群に上手い。もしかしたらプロのレベルじゃないのかと言うレベルです。そして水堂が話し始めました。


「あのさ~?みんなはどうしてできないの?私、ほとんど練習してなくてもそれなりに出来るよ?みんな私より練習してるんでしょ?何で下手なの?」


うわあ、無い無い。これは無い。その瞬間、論鰤が台本を叩きつけて教室から出て行き、桜丸は無言でトイレに行き、モブ達も散らばっていきました。これはおしまいだ。完璧におしまいである。第一班もこちらの剣幕にびっくりして稽古を中断して見物しています。理解ができないから平気で傷つける。理解とはある種の投影なのではないでしょうか?自己を他者に投影することで理りを解することができる。それが理解だと考えます。だからこそ投影することなく生きてきた人間は解ではなく壊を選択してしまう。


「水堂、それは無いぜ」


「何で?私、それなりにできるからできないって意味がわかんないんだけど?」


ああ、悪意が無い。悪意があってくれさえしたらそのままバシっと怒って何が悪かったのかを伝える事が出来ます。しかし、悪意が無いと怒ってもしょうがないのです。自分の何が悪いのかが全くわかっていない人に怒っても「何か知らないけど怒られた。とりあえずあやまろーっと」になるだけなのです。事態が好転する事などありえません。これは、この状態をどう言う風にしたら良いのか?


「水堂、君は挫折とかした事ある?」


「うーん、無いわね~。大体上手く行っていたもん」


「多分ね、これから凄い挫折すると思う。そして弱腰の今の苦しみも分かると思う。これは勉強だと思ってくれ。多分、誰もが弱腰なんだよ。できない事があると一番辛いのは自分自身だと思う。弱腰はサボって出来無いんじゃないんだ。練習してるのは凄く見るし、凄い真面目だよ。戦おうとしている人間に対してそれはダメだ。まず人の心がわからないと役者とか無理だと思うぜ?だって人の心に伝わる事をやって行く訳じゃない。だからこそ、きちんと相手の事を考えて、それで相手の世界を感じる事でやって行くべきだよ。じゃないと自分の世界だけの芝居になるし、業界で嫌われて消えると思う。理解するしないじゃなくて損得で考えてくれないか?」


「う~ん。今すぐ理解はできないけど頑張る~!後藤は優しいね~!」


抱きつきに来た水堂を軽く捌きながらも分かってくれた事に安堵しました。少しはマシになりましたがこの空気は最悪です。論鰤はどこに行ったのか?泣きそうな弱腰、頭を抱えている光本。ああ、良いなあ一班は、一班はきちんと団結して稽古を進めているだろうに。向こうにはポム巻ってまとめ役がいるしな。こっちはリーダー不在だよ。ってあれ?


「豚骨!お前良い加減にしろよ!」


「なんだよ!俺の演出の方が良い!」


「雑魚美は違うと思う…」


「俺に演出やらせてや!!上手くいくって!!」


「ちょっと落ち着こう。みんな落ち着こう」


ああ、隣の芝は枯れた芝だった。向こうも向こうで大変そうだ。ちょっとポム巻さんとご飯でも行こう。これからどうすべきか考えていかねば…そして雛子が氷のような目で私を見ていたのですが、これ以上の面倒は勘弁しろと完璧に無視しました。

そしてどちらの班も何だかまとまらないままに曖昧に稽古を終了し、曖昧に着替えたり帰ったりしはじめました。


「ポム巻さん、飯でもどうですか?ちょっと班をまとめるとかのお話しをしたくて」


「後藤君…正直きついよ…もっと上手く出来ると思っていたんだけど…」


「ポム巻さん!とり合えずご飯でも食べながらクラスで誰の乳が一番大きいとかの話しをしましょう。俺の班の爆牌宗子さんはあまり話しに入って来ないモブな感じですけど乳はGカップらしいですよ」


「うっそぉ!?そんな大きいの!?マジで!?」


「マジです。柔軟の時、鏡を見て乳を少し確認しましたがありゃ前世も来世も牛ですよ。それで冗談でカップ数聞いたら「Gかな?」って言ってました」


「ちょっとテンション上がってきたね。Gとか聞いたら感情的になっちゃうね」


「たこ焼きでも食べに行きましょう。おごってください」


「良いよ!」


凄い。乳は世界を救う。とりあえず私はポム巻とサシでたこ焼き屋に向かう事にしました。乳以外にも人との付き合い方とかまとめ方を指南して貰う為です。決して誰の乳が凄いとかと言う話しをする訳じゃないと言う事はここに書き記しておきます。


「いやあ、僕の班は結構ダメっすわ。論鰤が偉そうですし、それを水堂の天才っぷりで粉砕して弱腰がアレなんですよ。あらましは分かりました?」


「成る程なあ。いや、うちもかなりハードだよ。後藤君の班はまだリーダーとか居ないよね?それはそれで良いと思うんだ。うちはリーダーが三人居るんだよ」


「三人!?どう言う事ですか?」


「総合リーダーは俺で、演出リーダーは豚骨で、舞台リーダーは雑魚美さん」


「総合と舞台リーダーはわかりますけど、何で豚骨が演出なんですか?そんなうまくねえし、人望もねえのに。しかしたこ焼き、美味いですね。もう一皿頼みましょうか?頼みますね?コーラも頼みましょう。どうせならポン酢味もひと皿頼みましょう」


「演出やるって言うと…学校の人にもアピール出来るじゃない?それを蛸村君が口に出しちゃったんだよね。それでその演出の椅子を巡って戦いが起きてさ…無禄君と蛸村君と豚骨君で…」


「それで何で豚骨に?一番地雷じゃないですか」


「ジャンケン」


「ジャンケン?」


「ジャンケンで決めた。いや、言いたい事は分かる。でも、ここで変に誰が上手いとかで決めると角が立つでしょ?だからジャンケンにしたんだけど…豚骨君結構ハードだよ。女の子に演技指導としてベタベタ触りに行こうとするしね…」


「すげえ、いわゆるエロプロデューサーだ。それはいかんですな。更迭したりしないのですか?」


「やったらどうなると思う?多分ね、雑魚美ちゃんも「私も更迭されるかもしれない!」と思って萎縮するし、皆のダメな所を見つけ合って沈没するだけだと思うよ」


「成る程…でもポム巻さんがいるから何とかなるでしょう。うちは弱腰がいるからそこもちょっと…」


「まだあるよ。うちは無禄雑魚美カップルがいるでしょ?それに当てられて皆が妙に恋愛と言うか…男女仲を近づけようとしているんだよね…蛸村君…多分雛子ちゃんの事好きだね。ガンガンに近づこうとしている」


「それはいけない。マジですか」


「マジ。と言いつつ僕も少し気になる人いるんだけどねえ」


「それは良い事じゃないですか。恋愛も芸の肥やしですよ。誰ですか?」


「水堂さん」


「ウヘェー!?趣味悪う!!!」


「言わないでよ。俺も結構自分でもダメだなあって思ってるんだから」


「まあ色々ありますね。とりあえず沢山食べて沢山飲みましょう。それが楽園への近道です」


解決の糸口は見つからないのに問題だけがどんどん蓄積されていく。やはり学校と言う狭い所で同じ気持ちを持っている人間が集まったらラブが加速するのです。それを止められる人間は居ないのです。そして私は雛子の目を思い出しました。雛子は私がクラスの女性と話しているといつのまにか遠くから氷のように冷たい目線を向けてきました。


「雛子、頑張ってます?」


「頑張ってるよ。でも今日は最後の方で一気に崩れたなあ。急に泣きそうな顔になってたけど…何かあったのかな?」


「……わかんないっすね」


夜は更ける。ただただ問題を闇に包むようにして。


次の日、レッスン自体は休みですが練習のために学校を開放してくれるので全員集まって練習と言う形になりました。しかしかなり早めに来たな。こりゃ教室でこっそりパンイチになってスーパー俺だけタイムでもやろうって感じかねえ?おや?靴が二つあるぞ。結構結構。今日も頑張るか。この教室のドアを開けたら役者スイッチオンだ。やれる事をやるぞ。


「もー!!良い加減にしてよ!!クソ肉野郎!!」


おや?と思いながらもドアをこっそり開けました。そこにはブチギレた女子と豚骨が居ました。うわ、昨日聞いた話しの通りじゃねえの?


「違うよ!動きが違っていたから!俺は!!教えようとしただけ!!」


「だったら口で言えば良いじゃない!どうしていちいち触るの!?!?」


「それは…そうじゃないとわからない事もあるからだ!!!」


「良い加減にしてよ!!!」


「じゃあハッキリ言うけど!俺はモブ山さんの事が好きなんだ!!」


「はあ!?超キモい!!!!」


うわあ、毒が。恋愛の毒が回ってますなあ。そして性欲の毒も回ってますわ。こりゃ入れん。廊下でマゴマゴしていたら、勢いよくドアが開き、モブ山さんとバッタリ会いました。


「聞こえた?」


「バッチリですよ」


「もー!後藤君!豚骨君嫌!!!仲良いならガツンと言ってよ!!」


「でしょうね。ハードな物があると思いますよ。お話し伺いましょう。非常階段に行きましょう」


「…………って感じで豚骨君、班の女の子に私含めて三人に告白してるんだよ!?意味わかんない!そう言う事がしたくて演出リーダーやったのかって思っちゃうよ!!」


夏の陽光に照らされながらも風が吹く非常階段で恋愛の嵐の話しを聞いていました。


「いや、豚骨も恋愛に慣れてない訳じゃない。まあ、体に触れるのはアレだけどさ」


「うちの班メチャクチャだよ!?無禄君と雑魚美ちゃんは稽古中でもイチャイチャしてるし、蛸村君は雛子ちゃんに妙にアピールするし!ポム巻さんがまとめようとしてくれているけど無禄君と豚骨が変にでしゃばろうとして突っかかるし!!」


「どこも大変ですなあ。でも嫌でも二年間は一緒に過ごす仲間じゃないですか。話せば分かるって部分じゃないのかな?」


「無理!うちの班は妙に男女の意識をしていて無理!!雛子ちゃんは稽古中でも後藤君の方見てるしさ!何なの!?皆、声優になりにここに来たんじゃないの!?恋愛も大切かもしれないけど、それはそれじゃない!!」


まさにモブ山の言う通りでした。無禄雑魚美を始祖として恋愛の炎があっちこっちに飛び火しています。あのポム巻さんですら水堂が気になるなんて地獄の様相です。

私も人の事は言えません。雛子とそれなりに良い関係なのです。稽古とそれ以外を分けて考える事が出来れば何よりです。しかし、それが出来る人間は少ないのです。レッスンでは男女ペアで発表する機会があります。それはもちろん付き合っている人間では無く、講師の思惑やランダムで決まったりもします。そうすると、もしどちらかに恋人がいると何だか妙な雰囲気になるのです。それが恋人役だとかだったらもうレッスン後は地獄です。喧嘩をするか、「あれはお芝居だから。本当はあなたが好きだから」と言う気持ちを出す為によりイチャつくかのどちらかです。それも教室の外でやってくれるなら問題は無いのです。それなら無害。完璧に無害。しかし、人に見せる事で自己の思いを確認する部分もあるのか、妙に見せつけたりしてくるのです。お互いに見るだけでは安心できないのです。経験が足りないからどこまでも求めてしまうのです。そして第三者の目をある種の誓約として機能させるのです。ああ、一体どうなるのか…


「話しは分かりました。はい。あの、豚骨に…それとなく伝えます…」


「後藤君はレスリングやってたんでしょ!?半殺しにしても良いから止めてね!?」


この女子、無茶を言いますなあ。俺、気が弱いから喧嘩なんてした事ないのに。適当にお茶を濁して教室に帰ると豚骨は普通に友達と話しをしていました。とりあえずほっとこう。今は自分の班の練習だ。集合時間も五分すぎてしまった。


「遅くなりすまん。じゃあやりましょうか」


「後藤~?弱腰君は今日来ないの?」


「そんな事無いよ。昨日来るって言ってたよ?」


そして数十分経過しましたが弱腰が来ません。こりゃ夏風邪ですかな?そうですよ。そうであってくれ。「心が折れて来れなくなった」だけは勘弁してくれよマジで。


「光本、弱腰のメアド知ってるよね?メールしてくれる?」


「もうしたんだけど…返事が来なくて…電話も取らないんだ…」


「ええい、弱腰の番号を教えてくれ。知らん番号からだったら取るだろう」


弱腰に電話をしてみました。無理に来いとは言いません。落ち着いたら来いと言いたいだけです。


「もしもし…?誰ですか?」


「ハロー。後藤です。弱腰君、体調崩した?」


「あ……いや…あの………」


「大丈夫、俺は分かってる。風邪じゃないならこっちが悪い。ちょっと無茶に詰め過ぎた。本当に申し訳ない…」


「そんな…いや…あの…ごめん…」


「弱腰、一つだけ教えてくれ。俺たちが悪いならやり方を変える。どうしたいか教えてくれ」


「そりゃ…みんなと…一緒にやりたいけど…僕は下手で……迷惑をかけっぱなしで…ううう…」


「弱腰、皆下手だよ。俺たちも下手だから教える事で上手くなろうとしてる。弱腰は自分が下手だと思っているかもしれないけど、実力って言うのはそんなに変わらんと思う。俺たちが上手く成る為にも協力しよう。もちろん無理は言わんし、論鰤と水堂と桜丸にも悪い部分があるんだから言っとく」


「そんな…悪いのは僕だから…ごめん…」


電話は切れました。こりゃマジでどうするんだよ。完全に心が折れた弱腰。特に気にする様子も無い水堂。責任を感じてガチ凹みの光本。こりゃまだまだ波乱があるで。とりあえず三人に言おう。


「…と言う訳なんだ。君たちの言いたい事も分かる。でもさ、やっぱり性格とか能力もある。他人は自分じゃ無いんだから少しは考えて動こうぜ」


「後藤が言うならそうする~。私そう言うのわかんないからさ!」


「てか、下に合わせる事無くねえ?」


「無くなくないよ。論鰤、お前は昔からやっていた事を鼻にかけすぎだって。そりゃ周りより上手いかもわからん。でも、こう言うのは一人で作るもんじゃ無いしさ」


「でもさ、弱腰が足引っ張ってるのは事実だろ?」


「そうよ~!何事も最低限のラインってあるわよ~」


「私も弱腰君…ちょっと…下手すぎると思う…」


「上手い下手をどうしてそんなに気にするんだよ!!!!!!!!」


光本がびっくりする位大きな声を出しました。見るとちょっと泣いています。


「上手い下手なんて、お芝居を一人でしたかったら…一人芝居やれば良いじゃない!それをやる勇気も無いから専門学校に来たんでしょ!?皆でやるって事を選んだのなら…その弱い心に対して責任取って皆でやるべきだよ!!」


まさにその通りです。才能と実力があるなら一人でやれば良い。本当に輝きまくっている人間なら既にスカウトされていたりデビューしたりしています。

専門学校で上手い人間は居ます。でも、それは「専門学校の中で」上手いだけなのです。目指そうと言う人間が集まると言う事はそれぞれの出自は違います。論鰤みたいにやってきた男、水堂みたいに親がそう言う仕事の女、青春を演劇につぎ込んだ桜丸、ただバンドに明け暮れた私。全員が違う出自を持っていて、だけど同じ一つの目標に向かうのです。ズレは生じてバラバラにはなりますが、到達点は一つのはずです。そこはわかっています。しかし、納得ができないのです。

どうしてもクラスの中でも上手い下手は分かれてしまいます。それが微差であっても毎日顔を付き合わせている人間と実力が離れていったりするのを肌で感じます。そうなると、クローズドな環境なだけに増長したり、逆に自信を無くしたりもします。そしてここは「学校」です。プロダクションならダメな人に手を貸す必要も無いですが、学校だからこそ手を貸しあって、一緒に上に上がる事も出来ます。そう、ここは失敗と協力が出来る最初で最後の場所なのです。

プロになってしまったら同じ事務所内でも仕事を奪い合う敵です。しかし、収録や舞台では皆で協力をしていかないとダメです。どこの事務所でもライバル関係はありますが、ギスギスしている所は少ないです。なぜそうなれるか?それは「自信」があるからです。相手がどうであろうと自信があると心はブレ無いのです。逆に専門学校の人間は学んでいる途中ですし、自信がありません。「本当にこれで良いのか?」「周りは上手くなっている…」など、そう言う事を考えてしまうのです。そしてその自信の無さ、不安を打ち消す為に「こいつよりは上手い」と思い、歪な自信を持ってしまうのです。論鰤がまさにそのタイプでした。そして論鰤は、いつも物静かで女装とかしたら間違いを犯してしまいそうな位可愛い光本がギャンと吠えた事にびっくりしたのか、話しをしっかりと聞いていました。


「偉そうな事を言ってごめん…ただ…僕は…皆今のままだったら絶対にダメだから…全員が持ってるそれぞれの悪い所を…一緒に解決していきたいんだ…」


「俺も…悪かった…正直焦っている部分があった…光本が…光本がそう言うなら…」


「そうねえ。まあ私もちょっと子供っぽかったかしら?」


「私も…演劇部で部長だったから…ちょっと…その時の癖で…」


「モブブブー!モブー!」


皆がそれぞれわかってくれたみたいです。少し悲しいのは言葉は違うけど私も同じ事を言っていて、その時はこんなにちゃんと聞かなかったじゃねえのファッキン共が。と言う気持ちがありましたが、これが人徳と言う物なんでしょう。終わり良ければザッツライト。終わりと言うか、やっと我々はスタートラインに立てたみたいです。

その時、ドアが開く音がしました。俯いて青い顔の弱腰がそこに立っていました。論鰤が駆け寄って行きます。何か言われると思ったのか、弱腰は一段とビクビクし始めました。


「弱腰、ちょっと言いすぎた。俺も今回上手く行く事で学校に目をかけられたかったんだ。それで無理にでもお前を鍛えようとした。ちょっと勝手過ぎた。悪かった」


「私もごめんね~!私以外の人ってあんまりできないって事知らなかったの!色々わかったから私も頑張る~!」


素直に謝る論鰤、謝ってるのか挑発してるのかわからないアホの水堂。でも、その心は弱腰に伝わったみたいです。


「僕こそ…ごめん……僕………本当に上手くなりたい……それで…うまくなったら何か…………僕、変われると思うんだ。僕…もっと頑張るから…力を貸してほしい………」


おお、丸く収まった。これだよ。これが学生生活って物ですよ。

多分弱腰は学校の近くに居たのでしょう。じゃないとこんなに早く来れない。

彼は戦っていたのです。そして打ち勝ったのです。しかし、時間は進みます。少し湧き上がった気持ちを抑えて稽古を始めました。弱腰のやる気を分けて貰えたのですから。

とりあえずは皆で力を合わせる事に成功しました。後は頑張るだけです。それで全ては良くなる。とりあえずは走り出す事が出来る状態に安堵しましたが、今度は一斑の方にきな臭い香りが漂い始めて来ました。


「とんこっちゃん!女の子にベタベタしすぎやって!!」


「なんだよ蛸村!俺は演出リーダーだぞ!!」


「舞台リーダーは私よ!ポム巻さん!総合リーダーなら何とかして!!」


「豚骨君、ちょっと落ち着こう。熱意は分かるから」


「ほら!ポム巻さんもこう言ってる!!俺の熱意に従えよ!!リーダーの俺に!!」


今まで自信がなかったり、役割に恵まれなかった人間が力を得るとこうなってしまうのでしょうか?オタサーの姫、いや、声優専門学校の姫の破壊力を凌駕する、「声優専門学校の暴君」がそこに居ました。カリギュラやネロも真っ青の暴君・豚骨がそこに居ます。


「次!!じゃあ雑魚美ちゃんのセリフの所やるから!準備して!!」


皆、もう散々でゴザルと言う面で付き合っていました。確かにリーダーを決めると意見がまとまりやすく、責任の所在がハッキリするので良いかも知れないです。だからこそ力を変に使うと歪が生まれます。今まで皆、何とか近づいて分かり合おうとしてきました。しかし、距離が近づくと色んな面が見えてきます。悲しい事に人間は人間と距離を近づけ分かり合う事に嫌いな面が増えていくのです。良い面ももちろん増えて行きます。しかし悪い面には「許す」と言う気持ちが無い限りは良くなる事がありません。認める事も出来ません。この悪い面が見えて行く事で平坦な道が針の山に変わる事があるのです。そして張り詰めた心はその針によって粉砕されるのです。


「だから!!触んないでよ!!」


「てめえ豚骨!!雑魚美に触るな!!良い加減にしろ!!!!!」


グワラガキーン!


飛び散る鼻血!折れたメガネ!もんどり打つ豚骨!


無禄が豚骨の顔面にパンチをくれていました。今まで人を殴った事が無かったのか、鼻血を出した豚骨を見て無禄は小さく震え、顔は真っ白になっています。周りは静まり返っています。凍り付いた時間の中で二人の呼吸だけが聞こえます。止まる空間。断絶した世界。


「な!何するんだよ!殴る事ないだろ!!」


「うるさい…うるさい!!!豚骨!!お前はリーダー…首だ!!」


「そんなの!お前一人で決めて良い訳が無いだろ!!」


「私も」「僕も」「うちも」「拙者も」「稚拙も」「某も」


結果は火を見るより明らかだった。豚骨は更迭される。豚骨は泣きそうな顔でポム巻の顔を見上げました。何も言えないのは彼の中ではこのストーリーは無かったのでしょう。彼の中では自分自身は人気者で慕われる存在だったのでしょう。

その世界が崩れると、もう頼るしか無いのです。自分以上の存在に。ポム巻は無表情でした。そして少し震えていました。年上だからと言う理由で皆に頼られるポム巻、そして年上だからこそ、言いたく無い事を言わされるポム巻。彼はこれからもこう言う決断を迫られる事があるでしょう。皆、それなりに頑張ってきたし、自分の意見も持っている。しかし、今までのカースト最底辺が尾を引いて「自分の言葉で、意思で人の今後を左右していいのか?」と思っているのです。だからこそポム巻は決断を迫られます。


「豚骨君さあ…」


クラス全体が再び静まり返りました。どうするのか?口に出したらもう戻れません。


「演出降りようよ」


皆が一番欲しかった言葉です。これで豚骨のセクハラや謎演出から解放されます。しかし、全員が黙ったままです。そしてポム巻も黙ったままです。もちろん豚骨も。


「もしかして…もしかして…」


豚骨が口を開きました。


「もしかして…皆…俺の事…嫌いなのか…?」


豚骨は入学前から少し話していて、学校の中では余り関わりたく無いですが、私の中では友達と言える存在でした。そんな豚骨が、本当にもうどうしようも無い状態に追い詰められてしまいました。

どうする?助け舟を出すか?いや、ここで助けると皆に恨まれる。しかしそれで良いのか?俺はこの豚骨を笑えるのか?先日まで弱腰の事をどう思っていた?正直「邪魔だなあ」とか「こいつがネック」と思っていなかったか?この泣きそうな、もう砕けてしまいそうな目を俺は見た事がある。そうだ、俺は小学校中学校と少しいじめられていた。先生にその事を伝えたら、終わりの会で議題にあげられてしまった。あの時の迷惑そうな皆の目、視線を窓に向けた時、窓に映った俺の目がこうだった。そうだ、豚骨は俺だ。俺も変に力を持ってリーダーになっていたらこうなっていた。そして豚骨はリーダーになる勇気はあったのだ。失敗に突入する勇気はあったのだ。しかし俺はどうだ?結局は安全圏から一歩も動いていない。俺が何とかしなくても、論鰤や水堂や桜丸が何とかすると思っていた。俺はそれなりにやればと思っていた。違う。もっと、もっと熱に、炎に身を投じなければここに来た意味がない。

豚骨は悲劇の真っ只中にいます。本人はもう一人では立ち直る事ができないでしょう。しかし、その悲劇を喜劇に変えられるのは本人以外の誰かなのです。豚骨よ。俺は決めた。喜劇の中で踊るぞ。


「俺は豚骨好きだぞ!でもチ○コは触りたく無いけどね!!」


全員が俺の顔を見ました。しかしその目は迷惑そうな目では無いです。「え!?」と言う目です。よし、第一関門は突破した。


「豚骨!お前エロいんだよ!無駄に体触んなよ!俺の体だったら幾ら触っても良いけどな!ガハハハハ!!」


私は豚骨の方に近づきながらTシャツを脱ぎ捨てました。全員がポカーンとしながらも、「え?これ笑っても良いの?」と言う状態になっています。第二関門突破。


「豚骨!!お前も良い格好したいだろうし、やりたい事もあるだろう!!でもさ!!やり方がマズイ!!ほら、おじちゃんの乳房触ってみようか?ほら…お汁出るかも知れないよ?甘露が?」


「ガハハハッハッッッ!ボガガガガ!」


笹本がダイナミックに笑ったのが呼び水となったのか、クラスの男は全員笑いました。しかし唯一の誤算は女性のほぼ全てが「うわあ…」と言う顔をしていた位でしょうか?多分、やり方はマズイ方向を選んだ。しかし正解はあの瞬間分からなかった。だったら、全てを粉砕する力技しか無かったんだ。


「いや…後藤…そう言うの良いから…鼻血拭きたいから…ティッシュくれる…?」


「あ、はい。これ使って」


豚骨、どこまでも空気を読めぬ男。しかし俺はお前を助けるぞ。


「なあ、豚骨って演出よりも向いてる事あるんじゃないかな?」


「え!?何…!?!?どう言う事!?!?」


「いや、正直演出って難しいじゃない。でも、豚骨は細かい事に滅茶苦茶気が尽くし、國府田マリ子さんの記事を全部集めて自分で本を作る位細かい事出来るじゃない」


「うん…出来る…で!何が!?向いてるの!?まみ姉のも集めてるよ!?」


「おお。凄いね。まみ姉も。メイツだね。僕と君はメイツだ。うん。それは置いといてさ、なんていうか…皆の予定を調べてさ、スケジュールをまとめるリーダーになったら?ほら、プロデューサー的な。現場で動くのはある意味誰でも出来るけど、誰も出来無い特別な…そう言う役回り出来るんじゃないの?」


「プロデューサー…うん…うん…!!俺、出来る!俺出来るかもしれない!」


全員の顔が安堵に包まれました。良かった。何とかまとまった。敵対する一斑を助けてしまったが…狭い意味では敵でも、広い意味では一緒に声優を目指す仲間です。私はどうにかしたかった。そして何より…この狂熱の中に身を置きたかったのです。


「後藤~!そっちが落ち着いたんならこっちの稽古しよ~!」


座っている光本の頭に乳を乗せた水堂が私を呼びました。


「水堂さん!俺も!それ俺も!!!」


豚骨がそう言うと一際大きな笑いが教室を包みました。やり方は無茶とは言え、何とか一つにまとまった気がします。狂熱、狂った熱。それに触れるともう戻れなくなる不安がありました。どこか一歩引いた自分で居る方が格好良いと思っていました。でも、「誰かが何とかしてくれる」なんて卑怯な真似は絶対にしたくないと言う思いを持っていました。入学当初にはなかった思いが。私も火に当てられたのでしょうか?だったらそれで良い。その火に当たるのが恥ずかしいと思っていたことの方がよっぽど恥ずかしいのですから。


「無禄!お前も殴るのはダメだって!とりあえず豚骨に謝ろう!なあ!雑魚美も謝れる男らしい彼氏が良いよな!?」


「うぇ!?あ!!ふにゅ~!そ、そそ、そうだね~!」


雑魚美は察しが良い。さすがしたたかな女。あれから違うクラスの男とキッスしているのを目撃したけど黙っておいてやろう。


「そっか!雑魚美が言うなら…しょうがねえなあ~!許してやるよ!」


「お!無禄!俺も…悪かった!今度からプロデューサー的立場で頑張る!」


固い握手を交わす二人、ハッキリ言って全く格好よく無いです。一般社会からしたらちょっとアレな二人が握手をしているだけです。しかしここは隔絶された異世界。声優専門学校。心と人材のガラパゴス。違う事を誇るのです。

そしてポム巻は気が付いたらそこから居なくなっていました。

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