~混迷~

夏休みもほぼ終わった。数日の休みを残して後は発表と言う感じになりました。ほぼ毎日誰かが学校に来て練習をしていました。それに付き合う為に担任は毎朝鍵を開け、そして毎晩戸締りをしてくれました。今思うと非常に強い愛情だったんだなと思います。そんな中、稽古を終えて無駄話をしていると担任が会話に入ってきて盛り上がりました。


「今年の夏は稽古ばっかりですよ。正直遊びたいって言う気持ちはありますけど、何だか凄い充実していましたね。今までの人生で一番充実していた感じですよ。」


「ほう!!その気持ちは結構だ!それでこそ海兵隊を目指す人間だ!後藤には海兵隊メダルをあげようか?誉れだぞ?」


「ありがとうございます。でも、心臓男先生。やっぱり俺達って卒業したら夏休みとか無いじゃないですか。逆に暇になったりするんですかね?」


「真の海兵隊が休めるのは死んだ時だけだ!!まあそれは嘘だ!実際は!!養成所に入ったら稽古!そして生活のバイト!それらが絡んで来て大変だぞ!そこで海兵隊の本分を忘れてしまう人間も居るくらいにな!20万は稼がないと干上がるぞ!!」


「ええー!?20万!?そんなに!俺も笹本も裕福って訳じゃ無いからやっぱりバイトはしないとなあ…」


「やっぱりいきなり売れるとかはよっぽどじゃないと無理なのかなあ」


「よっぽどなら余計に厳しいぞ!!良いか?アニメに一本出ても良くて1、2万だぞ?洋画もそんなに貰える訳じゃない。一ヶ月に10本入ると言う事は一つの仕事に付き最大で三日しか用意ができん!!真の海兵隊になった賢人達はその中でもやっていけるが、新人には無理だ!!遊んでいる時間はない!!」


「って事は!今遊んどか無いと絶対後悔するやん!笹やん!ごっちゃん!折角やし、今の内に遊ばな!!」


「遊びの中でも!!学びはある!!プレイガールと戯れるだけが遊びでは無い!!まだ休みもあるのだから、その時間を思い切り楽しめ!!それでは鍵を締める!!この夏を生き残った人間は九月にまた会おう!!」


遊ぶ。そう、私達は遊ぶ事を忘れていました。

毎日が稽古、そしてレッスンの為の予習復習、自主練習…毎日やる事が多く、本当に濃い毎日を送っていました。一回のレッスンが2時間程ですが、その時間は小学校の時の六時間目よりも長く感じる程密度が濃い物でした。そして我々はまだ18、19が多い。蛸村やポム巻は少し年上ですが、やはり遊びたい気持ちはあります。

学校を出ていつものたこ焼き屋に移動した私、笹本、蛸村、ポム巻。男臭い四人が夏を満喫する訳では無く、野外席でコーラやビールをガッ!と飲み、無駄話をしていました。


「で、ドア開けたら雑魚美と笹本がチューしてたんですよ。それで、その数週間後に給湯室で雑魚美が違うクラスの人間とチューしていたんですよ」


「ガハハハハッハ!いや!後藤!!俺、アレは何かノリで!洗い物してる雑魚美の後ろ姿に…グッと来てしまって…ガハッハッハハハハ!」


「ぶびゃびゃびゃびゃ!笹やん!無禄にバレたらこの前の豚骨以上にしばき回される!クハッハハハハッハフホー!」


「凄いねえ。アメリカのドラマみたいだ。こう言う話をしながら飲む酒って何でこんなに美味いんだろうねえ。」


「いやあ、ポム巻さん。青春の味ですよ。飲みましょう。でも、この前の豚骨殴殺事件の時、なぜ不意に消えたのですか?」


「ああ…あれ…?あれねえ…なんて言うか…無力を感じてね。後藤君がパワーで押し切ってまとめてくれたけど…あそこは僕が出るべきだったと思ってね…何だか考えてしまった…何の為の年上なのか…ってさ」


「大丈夫ですよ!!後藤はアホだからあんな事しただけですよ!!それに蛸村さんも年上ですけど、俺たちよりアホですよ。ポム巻さん真面目すぎるしアホになりましょうよ。夏はまだ終わって無いですよ」


「笹やん!笹やんきびしー!!!わかった!ポム巻さん!アホになりましょう!アホみたいに遊びましょうよ!俺、車出せるし遊びに行きましょう!!川とか山に行きましょう!」


「蛸村さん、それやりましょうよ。ナイスですよ。夏しましょう。どうせなら女性の水着も見たいですし川にしましょう」


女性の水着…全員がちょっと色めきたちました。

普通ならGカップ爆牌は来るのか?全員がそう思ったでしょう。しかしそんな気持ちは無いですよ。クラスメイトですよ?いやらしい目で見る物ですか。乳なんか関係無いです。

そして川に行く事が民主主義の結果として決定しました。とりあえずメールで仲の良い人間を誘ってみる事にしました。その結果


後藤:後藤is俺


笹本:運転手1


蛸村:運転手2


ポム巻:年上マン


桜丸:伝統工芸顔で普通乳


雛子:天然で貧乳


水堂:天然で巨乳


が来る事になりました。爆牌から「ごめん~!彼氏と遊びに行く日とかぶった~(>_<)」とメールが来た時、酔った蛸村が奇声を上げてアスファルトを転がり悔しがった事はここに記しておきます。そして店を出て駅に向かっている時でした。


「ああああ!!!携帯!店に忘れた!!終電まで時間ねえ!!皆、先に帰っといて!俺は全力で走って来る!」


楽しすぎて、楽しみ過ぎてテンションが上がりすぎてしまったのでしょう。私は店に携帯を忘れると言う失態を犯してしまいました。終電までギリギリ間に合うと思い店に取りに戻り、無事携帯を確保して再び駅に向かいました。


「あれ!?後藤君!?」


誰だ?こんな時間に。


「雑魚美じゃないか。こんな時間にどうした?買い物?」


「うん!明日のご飯何にしようかな~!って思ってさ!」


「ああ、そう言えば雑魚美も一人暮らしだったな。無禄と一緒に住めば良いのに」


「うにゃ~!無禄君…優しいけど重いんだよね~」


「わかる。彼は恋愛に慣れて無いよね。でも、そこが可愛らしいとかあるんじゃないの?母性本能くすぐるとか」


「う~ん!慣れてないからか変な感じだよ~!後藤君は今まで彼女居たの?」


「居たよ」


私、嘘をついてしまいました。強がりたい年頃だったのです。


「あ!やっぱりー!?なんだか水堂さんの扱いも上手だし、やっぱり慣れてる感じなんだ~!」


「え!?あ、うん。うんうん。超慣れてる」


私、ドツボに入ってしまっています。引き返せない年頃だったのです。


「成る程~!今は雛子ちゃんと付き合ってるの?」


「付き合って無いですよ。今は誰もおらんですよ」


「そうなの!?雛子ちゃんの雰囲気で付き合ってると思ってた!!あと、この時間まで何してたの??」


「ああ、たこ焼き屋に携帯忘れてさ。それで終電が近いから…きゃあああああああああああ!!!!」


ふと上を見ると最終電車と思われる電車が駆け抜けて行きました。ジーザス。この頃は漫画喫茶もメジャーでは無いです。どこでどう夜を明かせば…遊びに行くと決めてただでさえ少ない小遣いを使わないとダメなのにカラオケ一人オール確定か…うおお、きつい。これはきつい。


「あ…もしかして…電車ギリギリだった…?」


「今行ったのがそうですな。うーん…これは困った…」


「ああ~!ごめんねごめんね!私が引き止めちゃったからだ~!!本当にごめん!!」


「良いよ良いよ。まあ、どこかのカラオケで寝るよ。それじゃあ夜も更けてきたしゆっくり休むのですよ。お気を付けて」


「あ!後藤君…!!…………………うち来る?」


「はい?えええええ!?いや、それはマズイでしょう。無禄の彼女なんだし」


「でも私が引き止めちゃったからさ~!カラオケに泊まるとしても週末だし空いてないかもしれないよ~?歩いて帰ろうにも後藤君家まで遠いじゃない!心配だよ~!」


「いや、しかし…」


雛子がいるから…その言葉が喉元が来ましたが飲み込んでしまいました。その理由は申し訳なさそうに近づいてきた雑魚美を見下ろした時、胸の谷間が目に入ったからでは無いと言う事はここに書き記しておきます。


「この時間だし寝るだけでしょ?広く無いけど、一人位大丈夫だよ~!!」


「ああー、うん、えーっと…まあ…うん、はい」


「けってい~!じゃあ行こ!!」


私、地獄に足を踏み入れてしまいました。冒険したいお年頃だったのです。


そして私は雑魚美ハウスに向かいました。雑魚美は学校から自転車圏内に住んでいて、向かう道すがらラブ話をしたりしていました。


「ふにゃ~!だから別のクラスの人とキスしていたのは~!断りきれなくて~!」


「あれはびっくりしたよマジで。でも、雑魚美も勿論今まで彼氏いたんでしょ?無禄の前では言わなかったけど」


「そりゃいたよ~!初カレは14歳の時だったかな~?真ちゃん、…ああ、無禄君はすぐ嫉妬するから言えないんだよ~!無禄君は私が誰とも付き合った事無いと思ってるよ~!」


この女、やはりしたたかです。しかし今まで若干の苦手意識はありましたけど、腹を割って話すとそこそこ良い人間だと言う事が分かりました。こう言う事でも無かったら雑魚美と仲良くなる事も無かったし、結果としてこの終電逃しは良かったか。あ、家に着いた。後は寝るだけだぜ。と思っていました。その時は。


「あがって~!全然片付けしてないから汚いけど適当に座って~!」


「お邪魔します。いやあ、綺麗な物ですよ」


始めて一人暮らしの女の家に足を踏み込んで私は、その部屋の中に雑魚美自身の香りが充満している事に気が付きました。無禄の家は実家から送られてきたと言っていた糠床の香りがしていたので対照的でした。女の子らしく本棚の上にはぬいぐるみ等が置いてあり、べッドの上には脱ぎ散らかした部屋着がありましたが正直初めての女性宅なのでそう言う小さな事にもドキドキしてしまいました。


「ちょっと部屋着に着替えるから向こう向いてて~!」


「あ、はい。そうですよね。ハイ」


私は借りてきた猫のようでした。しかし、男子たるもの可愛いねこちゃんで良いみゃおか?男子たる物、男らしい狼でいるべきがお!!そう思い目線を上げた所に写真立てがありました。雑魚美と無禄が写っています。


「ああ、俺は友達の彼女の家で何を考えているのだ。そうだ、冷静に成ろう。何も考えずに眠って朝を迎えるのだ。良い写真じゃないか。若いふたりが愛情の形を残す為に撮った写真だ。結構結構」


しかし私は気が付いてしまいました。その写真を保護するプラスチックパネルに着替えている雑魚美が写っている事に。

くわああああああああ!そこにははっきりとは見えないですが、どう見ても上半身が下着一枚になっている雑魚美が反射していました。これはいかん、もっときちんと反射する物質を見つけなければ。違うぞ!見てはならんのだ!友達の彼女の着替えだ!見てはならんのだ!あれ?こんな所に鏡が。姿見ってやつですか?私は無意識に雑魚美の姿が映る位置に移動をしました。無言で。しかし心では雄叫びを上げながら。


「今から後ろ向いたら絶対に許さないからね~」


プチッ


と言う音がしました。もちろん私が脳内出血を起こした音では無いです。それはブラのホックを外した音でした。姿見には肝心な部分が映っては居ないですが、非常にけしからん膨らみは見えています。やばい。これはやばい。あれ?考えたらこの後は部屋着を着る訳ですよね?するってえと一瞬服を着る為に顔が隠れるのです。神が、神が見落とした一瞬がそこには確かに存在するはずなのです。神よ。私に力を。私に勇気を。姿見を横目で凝視しがら機会を伺っていました。こんな集中するのはレッスンでもありませんでした。しかし、これはレッスンなのです。人間としての。男としての。見るしかない。成長の為にも。やましい気持ち?ありませんよそんな物は。馬鹿にしないでください。

ピンクのロングTシャツがパジャマなのでしょうか。雑魚美は両手を上げてスッ…っと蒸着しようとしていました。この瞬間だ。若さ、若さってなんだ?「ここぞと言う瞬間では一瞬の迷い無く振り向く事だ!!」さらば自意識、俺は見る。

音もなく後ろを振り向いてみました。完璧なタイミング。神が見落としたタイミング。振り向いた先には寝巻きがけしからん胸の上に引っかかっている状態で、初めて生で見た女性の胸は何かうおって感じの存在感でした。雑魚美、すげえ痩せたな。正直めっちゃ可愛くなっとるやないか。そして顔は普通に現世に出てきた状態の雑魚美が居ました。あっ、目が合いましたね。こんにちは!ピーターバラカンです。はじめまして。


「…………もう!見たな~!」


雑魚美は笑顔を浮かべてそのまま急ぐ事も無く普通に寝巻きをひっかかっていた胸から下ろし始めました。


「も~!みんな見るんだから~!!良いんだけどさ~!」


「みんな?今、みんなと申したか?」


「そ~!だよ~!無禄君に猫柳先輩も~!」


「待て待て待て待て。猫柳先輩?二年なのに妙に俺たちに仲良くしてくる先輩?」


「そ~だよ~!猫柳先輩もお泊りしたよ~!先月かな~?」


「ってもう無禄と付き合っとる時じゃないか。ダメじゃないか」


「なんだかね~!雑魚美の事凄く褒めてくれるし、可愛いって言ってくれるし…二人でご飯食べに行ったらそのまま付いてきちゃったんだ~!」


「ダメじゃないか」


「後藤君も今来てるからダメじゃないかー」


「雑魚美、君はキマってるのか?」


「何が?」


「いえ、良いです。あと、ズボンを半分脱いだ状態で話すのはここまでにしましょう。当たり前のように着替えないで下さい」


「後藤君、シャイなんだね~!可愛い~!」


ピンクの下着を恥ずかしげも無く見せている雑魚美はケタケタ笑いながらそんな事を吐かしました。

しかし男の事を可愛いと言う女には注意が必要です。

可愛いと言う女は大体その男の事を男としてみていないです。大型犬以上チンパンジー未満で見ています。そうだ、俺は舐められている。舐めさせても良いとは言え舐められてはイカンのだ。ここでの行動が私のこれからの人生に強烈に影響してくるのではと思い。毅然とした態度で今まで彼女がいなかったけど、いて女性には慣れているフリをしました。本当にそれで良かったのか?答えは未だ私は独身でこう言う文章を書いている事で出ていると思います。でもしょうがないじゃない。混乱していたんだもん。


「しかし、猫柳さん来たのはビビったな。まさか一線は超えてないでしょうね?」


「う~ん!猫柳さん、女性と付き合った事無いみたいで押し倒されたけど最後までは無かったな~」


「ダメじゃないか」


「おどおどしてるのが凄く可愛かった~!」


すぐに可愛いと言うな。我々純情男子は君のポケモンか。女体好きでチュー!言わないよ!馬鹿にするな!しかしこれはどうしましょう。どういう話しをしても結局は下半身問題にぶつかってしまいます。まあ良い。そうだ、俺の話をしよう。


「俺も彼女欲しいな~。学校で彼女とかめんどくさそうだけど」


「だから雛子ちゃんと付き合えばいいじゃない~!」


「いや、それはまあ、考えの一つではあるけど、違う女性の家に来ている状態で言えぬですよ」


「私、この学校入ってから無禄君で二人目だな~」


「はあ!?なんやお前!新種の病原菌かよ!!」


「ええ~!でも三日で別れたよ~!無禄君も、怖がってるのか最後までって事は無いしそろそろ疲れてきた~!」


雑魚美、姫の皮を被った鬼だ。性の鬼だったのだ。私はそんな事も知らず鬼の棲家に来てしまった。この鬼をどう退治してくれようか。

ダメだ!退治=一線を超える…と言う事になってしまう。そうなればこいつはキョンシーだと仮定して一晩中息を潜めて居よう。そうだ、それが良いのだ。


「そろそろ寝ましょう。お布団かタオルケットを下さい」


「ええ~!?こっち来たら良いじゃない~!お布団無いよ~!」


「ダメでしょうが」


「何で?」


ああ、これはダメだ。もう俺は勝手に寝よう。それが一番だ。何も答えずにそのまま横になりました。眠れ、意識を飛ばせ、それだけが鬼から逃げる唯一の道だ。そのままフローリングに横になり、目を閉じたのです。朝よ来いと願いながら。

と、その瞬間ふわっと体に布団が掛かる感触を感じました。お、中々気が利いていますな。と思った瞬間、人体から感じられる熱が近くにある事に気が付きました。鬼が居る。横に居る。

そのまま緊張した状態が続きましたが背中に鬼の気配を感じながら眠ってしまったようです。まだ付き合ったりしていないとは言え雛子とどうやって顔を合わせたら良いのか。だめだ、俺は何だかダメな方向に加速している…しかし…ダメな方向に進んで良いのは今だけじゃないのか?今後…東京に行って………俺は………声…優に…………


夢を見ていました。私は不安を抱えて動けなくなっていました。無頼を気取っていましたが本当は一人では何も出来無い自分自身の無力を感じ膝を抱えている夢です。俺は本当に声優になれるのか?漠然とした不安。そして近日行われる朗読発表。もう一人ではないと思っても不安は大きな狼に姿を変えて喉元に食らいついてきます。助けてくれ。未来を信じて毎日進んでいる。しかし、その未来は確実に俺を殺しに来る…寒い…温もりが欲しい…ああ…ここは…少しあたたかい…もっと…温もりを…


はっと目が覚めた時、私は雑魚美を思い切り抱きしめている状態で目が覚めました。そして雑魚美はいつからそうして居たのか、じっと私の顔を見据えていました。冷静になった私は雑魚美を離そうとしたのですが


「もうちょっとこのままが良い」


いつもなら拒絶するのですが、その時は何故か従ってしまいました。


「私ね、後藤君に嫌われてると思ってたの」


「なんで?」


「だってあんまり話しかけてくれないしさ~」


「そんな事無い。無禄いるし別に行かなくてもって感じだよ」


「誰からも…嫌われたく無いんだよ…」


そう言った雑魚美は不意に私を床に押し付けのし掛かり、そのまま唇を奪ってきました。

がががが!なんじゃこりゃ!?待て待て待て待て!!

跳ね除けようとしましたが「誰にも嫌われたく無い」と言う言葉が頭の中を巡っていました。多分雑魚美はこう言う風にしか人を繋ぎ留める事が出来無いのでしょう。多分これまでもそうだったのでしょう。「男好き」と言う訳では無いのです。心に深く入り込むまでに時間が掛かるのが不安でしょうがないのでしょう。だからこそ、女として男を一番早く取り込める方法を使う。多分雑魚美は今日ここに居る人間が私じゃなくても同じような行為をしていたでしょう。逆に私が一線を越えようとすればすぐに超えられるでしょう。しかし、それは愛情等では無いのです。今まで認められなかった、彼氏等は居たとしても同性には絶対に嫌われる性格だと思います。彼女もまた、ある種のカーストの中で毎日を怯え、そして不安を毎日育てる事でこうなったのでしょう。

もうここまでだ、こんな可哀想な人間を嫌いになれる物か。もう十分だ。下になった状態の私は雑魚美の肩に手を掛けて少し押し上げました。


「ここまでにしましょう。嫌いにはなりませんし」


「うん」


その時、雑魚美の電話が鳴りました。時刻は午前四時くらい。こんな時間に面妖な。ってかかけてくる人間は一人しかいねえじゃねえか。


「もしもし~?真ちゃん?バイトおちゅかれ様~!今?雑魚美はおねんねしてたよ~」


この女、したたか。私の方を見てペロっと舌を出す雑魚美を見て人ならざる物を見た気持ちになりました。本当に嫌われたくないのでしょう。しかし、それがいびつなのです。多分、その豊満な体をつかって多くの男に好かれてきたはずです。インスタントに好かれてスナック感覚で付き合う。その先にあるのは虚無です。しかし、その虚無を癒すのはまたしてもインスタントなラブなのです。それを繰り返してきて、彼女は男女の関係に絶望しているのはないでしょうか?だからこそ、ある種の試し行為を多くの男に持ちかけ、自分を愛の蟻地獄、ラブ地獄から救い出してくれる人を探しているのでしょうか?雑魚美は悲劇のヒロインと蜘蛛の糸を昇るカンダタの両方を演じていたのでしょうか?


「うん~。真ちゃんの事大好きだよ~!真ちゃんは雑魚美の事好き~?」


アホみてえな話しをしている。つまらない事を喋るのは、そして私に見せるのは不安だからでしょう。不安だから言葉が増えて不安だから多くを話しすぎて問題が増える。恋愛における多くの揉め事は不安から始まります。


「ええ~。恥ずかしいよ~!も~!」


そんな事を言いながらあぐらをかいて座っている私の上にちょこんと乗ってきました。「ちょこん」と声に出して座ったのでそのままチキンウィングフェイスロックでもキメてやろうかと思っていた私は衝撃を受けました。雑魚美が私の手を取り、寝巻きの下にすべり込ませるのです。そこにあるのは過剰に大きな膨らみ。混乱した私は完全に意識が遠くなり最強にその状況を飲み込めない感じになっていました。


「うん…今ね、真ちゃんが言った通りに触ってるよ…」


うわあ、イメプや。これがイメプや。今やlineやネトゲとかでよくあるやつです。インターネットで見た!ちょっと待て、どう言う事だ。よさないか。彼氏と電話をしながら他人に乳を揉ませる女があるか!どうしてこんな女になったのだ?望んでなったのか?それとも母親の愛情が足りなかったのか?


「うん…真ちゃんも触ってるの?雑魚美が触ってあげるね?」


そう言いながら私の私自身に手を伸ばしてきました。さすがにあかん!それはあかんがな!と思い、本能で手首をキュっとキメてしまいました。


「イターイ!え!?あ!違うの…あの…真ちゃんが乱暴に触るから…うん…大丈夫だよ…」


この女すげえ。狂っとる。マジですげえ。間男と化した私はとりあえず意識を取り戻し、雑魚美を膝から下ろしてそっぽを向いて寝てしまいました。その後も数十分話し声が聞こえていた記憶はありますが、眠ることでもう全てをリセットするしか無いのです。完全な敗北、ラブ敗北を胸に刻みながら。

目が覚めると雑魚美がベッドに横になった状態で私を見つめていました


「後藤くん寝顔可愛いね~」


「ありがとうございます。あの、今回の事、秘密でお願いしますね。マジで秘密で。喋ったら即嫌いになりますよ」


「ふふふふふふ。男の人って皆そう言うね。わかってるよ~!雑魚美も起きよー!バイトだー!」


雑魚美の家を出て駅までの道すがら、もうなんだかたまらん気持ちになっていました。なんだこの気持ちは。なんだろう、この釈然としない負けた感じは。恋愛には勝ちも負けも無いと思っていました。しかし、恋愛に入る前の男女の関係には確実に勝ちと負けがあります。雑魚美はこれからもこう言う勝負を色んな人に仕掛けるのでしょう。その不安が消えるまで。

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