廃通り
指猿キササゲ
#01 宗一
ここは廃通り。
鉄は錆び付き、コンクリートは黒ずんで、健やかな活気は消え去った。その過去の栄光の残り滓を、鼠や羽虫が拠り所にした……廃通りとは、そういう場所だ。
一昔は駅前の商店街として栄えた。しかし駅舎の老朽化と交通の不便さなどの理由から、駅そのものが、新開発地域に移転したため、旧駅前商店は取り残され、商戦において退廃を喫した。ある店は消え、ある店は新開発地域に移り、あるチェーン店は撤退した。あっという間に空き店舗がずらりと並ぶシャッター街が出来上がり、ある者は人目に付きにくい立地を活かして悪事を働き、またある者は適当な場所を不法侵入して占拠した。
だがある意味では、活気を取り戻していた。あらゆる悪事が蔓延るここは、悪意の活気で満ち満ちている。以前の名は廃れ、名は廃通りへと変わった。
名すら過去を引きずる場所において、満ちる悪意は過去の希望の裏返し。
疑念は消えず、答えは出ずとも、廃通りという場所は、いつもどおりの日常を謳歌する。
現れては消える新しい悪事に身を食らわせ、また身に宿らせながら。
――そんな、退廃に満ちた廃通りのボウリング場で開かれているささやかなパーティーは、そんな中では可愛いママゴトだった。
内装は、一般的なボウリング場と大して変わらない。駅舎が移転し、その上新しい駅の近くに全国的ボウリング・チェーンが出店したことに伴い、ボウリングセンター撤退し、建物を崩すのにも費用が掛かるため、現在の自営主に売り飛ばしたのだ。
ところどころ電灯はついておらず、レーンも半分以上は使用禁止だが、新たに『廃通り』として栄えてきたこともあり、利用客は一先ず横ばい、決算は、粉飾せずとも黒を出し続けているのだった。
ボールが勢い良く衝突すると、ピンが飛び、エコーが掛かって歓声が上がる。
「ぃいェエーイ!」
ハイタッチを交わす敵チーム。最後の第十投において、敵チームはスペアを成功させていた。
一人は
が、その美丈夫も、今は焦りで青ざめている。意外とノミの心臓なのだ。
「やべぇって……一人アタマ五万だぜ? 五万」
一輝は、震える声で呟いた。
中小企業の『健全な』賭け麻雀の上限金額の平均が五千円の昨今、五万円というのは、高校生にとっては、ちょっと危ない金額だった。
「お前、払える?」
「ま、まぁ今年のお年玉でなんとか……」
子供っぽい事を言うのは、チームの最後のメンバー、
宗一は呆れていた。こんな事になるなら賭けボウリングなどするなというのだ。
事の発端は、とあるバーでの喧嘩沙汰だった。宗一たちは未成年だというのに廃通りのバーで呑んでいたのだが、その時に一輝が大学生に絡まれ、殴られたのだ。それに怒った隆介が、殴った大学生を、文字通りに『殴り飛ばして』しまった。そして飛ばされた大学生が、バーにあったヴィンテージ・ボトルを割ってしまった。
従業員に大目玉を喰らい、ボトルの額が十五万もすると知って、殴った隆介も、殴られた大学生も目を見張った。店側は全員で払えといったが、互いに『自分たちに非は無い』と譲らなかったため、高校生と大学生は、どちらが弁償するかを、こうしてボウリングで『健全に』決着を決めようと、不毛な責任の押し付け合いに着地点を見出したのだった。
「何言ってんだ? 一人十五万なんだから、お前ら全員で四十五万だろ?」
宗一たち高校生が呟くように会議をしていると、耳ざとく聞いた相手チームのリーダーが口を挟んだ。
「は? 弁償額は十五万だろうが?」
すると大学生三人は、互いを見合わせてケタケタと笑った。
「なに暢気なコト言ってんだよ? そいつが殴った医療費も込みだっつの!」
大学生が隆介を指差して言うと、挑発された隆介が喚く。
「はぁ? だったら一輝が殴られた額払えよ!」
呆れて物も言えない。自分たちが負ける展開になれば、大学生たちは、このような話は言わなかっただろう。
だが、勝利宣言が早すぎた。馬鹿だなと宗一は思う。医療費は別で請求するべきだったなぁ、と他人事のように思った。
宗一は、言質を取るために質問する。
「じゃあなんですか? こっちが勝ったら、そっちの医療費は帳消しで、一輝の医療費は払ってもらえるってコトですか?」
「まぁ、勝ったら大目に見てやるよ。勝、っ、た、ら、ね」
ゲラゲラと腹を抱えて笑う三人の大学生。勝利を目前とあっては、簡単に言ってくれた。
宗一としては都合が良かった。ただ勝利するだけでは、ボウリングによる賭けの話を反故にされる危険があった。しかし勝利以外に『貸し』を作れば、『貸し』を差っぴいて弁償だけは確実にさせるということが可能になる。
一番の問題は――このスコア差を埋められるか、だが。
ゲームは一回、三人が順番に投げるルールで進められたボウリングは、次の高校生チームの第十フレームに掛かっていた。スコアは現在、一八五―一六二。先攻側の大学生チームの点数に達するには、次でストライクを三本決めなければならない。
三対三なので、一人三フレーム、最後の一つは、各チーム内で選出した一人が投げる、ということになった。チーム内という条件なので当然、助っ人を頼む手は使えない。
「さて、じゃあ気を取りなおして……高校生諸君、最後誰?」
宗一はスマートフォンを弄りつつ、二人の様子を伺う――やはり、無理か。
「なら俺が……」
そのとき、店内にブザー音が響き渡った。
『第三番レーンのお客様、大変申し訳ありません。機械が不具合で停止しましたので、少々お待ちください』
「なんだ?」
三番レーンは、宗一たちのレーンである。全員が天井のスピーカーを仰ぐ。
まもなくカウンターから店員が駆け寄ってきた。
「すみません。ちょっと機械が止まっちゃいましてね、時間が掛かりそうなので隣のレーンに移って貰っていいですか?」
店員が周囲に気付かれないよう、宗一にウィンクする。
第四レーンは誰も使っておらず、空いていた。機械が止まったのなら仕方が無い。
「分かってると思うけど、そのまま続行だからな……で、誰がやるの?」
大学生の一人が言うと、宗一が手を挙げた。
「じゃあ俺が行くよ」
レーンを移動するため、一同は立ち上がった。
結果だけ言うと、宗一は三度のストライク――ターキーを決めてのけ、逆転勝利を収めたのだった。
「いやー、凄かったな! やるじゃん宗一ぃ!」
「魔法みたいにピンが飛んだぜ? 最初は本気出して無かったの?」
帰り道、嬉々とした表情で、二人は歓喜の声を上げてはしゃいでいた。
「そんな都合よく決まるわけ無いだろ?」
「ん? なんかしたのか?」
「さぁね?」
簡単に言うと、店側と結託したインチキだった。
普段使用しているセンターのピンと違い、四番レーンに仕込まれていたのは、チェーン店で使用されるピンだった。
チェーン店にて入荷されているピンは、重心が高く設定されている。センターのピンよりも派手にピンが飛ぶので、倒しやすいのだ。レーンを移動するための小芝居は、敵チームの最終投の直後に、連絡を入れて指示したのである。
とはいえ、それでも三本ストライクを決めるのは難しい。それなりに経験のある宗一だからこそ出来た作戦だった。さらにセンターとチェーン店、それぞれに知り合いがいて、ピンの搬入に協力してくれた事も勝因だ。
そんなインチキは友人には話さず、二人が首を傾げるのをみて、宗一は内心で笑った。
「なんだ?」
最初に異常に気付いたのは、隆介だった。
陽も落ちて午後八時。暗い路地、二階建てのビルに
「あれ……
一輝が目を輝かせた。
赤兎馬とは、この廃通り一帯を根城にする暴走族である。赤い装束と赤い塗装のバイクで暴走する一団だ。夜中に警察官とのカーチェイスを繰り広げ、周囲の迷惑になるのはバイクのエンジン音より、むしろパトカーのサイレンだというのは、なんとも皮肉な話である。
そんな彼らが、廃ビルの玄関口に屯っている。雰囲気からすると、何かのトラブルがあったようだ。走り出す一輝。追う形で隆介と宗一も駆け出す。
赤い人ごみの隙間から、ぐったりとうなだれた人物が運び出されるのが見えた。抗争か何かだろうか? 人ごみの中に、他の色は見当たらない。内ゲバかと思ったが、赤兎馬内部の抗争など、聞いた事も無い。うなだれている人間を観察すると、殴られた痕などが見当たらないが、顔色が悪い。暴力沙汰では無いようだ。
「おい、見世物じゃねえぞ! 散れ、散れ!」
一輝や隆介が気付かれて、赤兎馬のメンバーに追い払われる。また前のような事があってはいけない。宗一は二人に声を掛けて、立ち去った。
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