アイランドオブE
雨竜三斗
プロローグ
写真の上手い下手ってなんだろうか。
構図、色合い、モデル、ロケーション、いろいろな要素が絡まって良し悪しは決まる。
それと他人のセンスとか考え方というモノも絡んでくると思う。
その写真が下手とか思われても、それはその人の好みに合わなかっただけとかんがえられる。その数が多ければ多いほど『下手』という烙印を押されてしまう。
つまり『好き』と言ってくれる人が多ければ『上手』になり、『嫌い』という人が多ければ『下手』ということになる。
小学校の図画工作で写真を撮るってことになったとき、いろんな写真を撮ってクラスメイトや先生に見せた。
俺は小学校のころから自分のカメラを持ってて、当時から飽きもせずに毎日江ノ島を撮影していた。自分で言うのもなんだけど、それなりに自信はあった。それを授業でできるのだから自慢もしたくなる。
だが、評判は悪かった。
そうじゃない。何も映ってない。手抜き。平凡。風景写真を撮ったのに人が写ってないと言われた。
クラスメイトだけじゃなく、先生も何が良いのか分からないと言っていた。
そして、最終的にその言葉は『下手』という表現につながる。
当時の俺が自信を失うにはそれだけで十分だった。
写真を撮るのをやめることはなかったけど、それ以来写真を撮ってもあまり人に見せなくなった。
幼なじみで当時もクラスメイトだったミーコは「気にしなくてもいい」と言うし、写真部で仲良くなったカズユキは「改善点はあるが着目点は間違ってない。悪いところしか見ないのは、こういうことをしたことがないやつだ」と言う。
そんなわけで俺は写真を撮るだけになった。
そもそも写真を撮りだした理由というのは『江ノ島の良さを表現したかった』というのがある。なんで表現したかったのかというと『いろんな人に知ってもらいたい』から。その気持は今もなお写真の片隅に写っている。
と、ここまでいろいろ思い出したのはいいけれど、今日撮った写真は誰も見せることはできないかもしれない。
俺は今、崖から海に落ちている。
足が地面を離れてから写真の上手い下手の考えをするまで何秒だろうか。海に落ちるまでもうちょっと時間があるみたいなので、どうしてこうなったのか思い出してみる。
多分きっかけは、『自称神様見習い』の女の子と出会ってから。
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