魔王使いの監視日記

和泉ユウキ

第1話



『天歴5875年 日付:一日に何度も書くので省略  シキ・イースレイター


 本日より魔王使いまおうつかいとして、監視日記なるものを書いていこうと思う。

 いきなり魔王使いと言っても、「何だそれ」となるかもしれない。別に、誰かが見るものでもないけど、オレのためにも書いておこう。


 なので、まず手始めに、魔王とは何なのか。ということだ。


 魔王とは、この世界を創世した神と、古来より対立してきたとされている存在だ。遥か昔に封印され、神は再び目覚めぬように常に目を光らせてきたという。

 説明するには、歴史を少し語らねばなるまい。何という面倒くさい構図。――いや、複雑で変化に富む素晴らしき世界。

 ともあれ。


 神は、今在る世界の基礎を創り上げた。


 同時に自分の子供として多くの天使を生み出し、その天使が持つ加護をもって、太陽に、大地に、海に、森に、森羅万象様々な息吹に祝福を与えたそうだ。

 そして世界をほぼ完成させた一億年後、神は人間を作り出して住まわせ、世界は大きく変貌を遂げた。

 

 しかし、感情を持つ人間たちは、大小善悪様々な欲を持つ。


 天使は純粋無垢の存在。裏を返せば、染まりやすい存在と言えよう。

 つまり、その欲に触れて深く溺れ、天使が堕天することも少なくなかったそうだ。

 堕ちた彼らのことを、通称堕天使だてんしと呼ぶことになった。

 その堕天使をまとめ上げ、手足として使い、自由気ままに人間を誘惑し、悪に落としていったのが魔王ルシフェルだと言われている。

 魔王との戦いは長きに渡り、やがて膠着状態に陥った。


 そうした中で更なる対抗手段として、人がこの戦に参加したのだ。


 神や天使が加護を与え、魔法を扱える様になった人間。それが、『天使使い』なのだ。

 ならば何故、自分が『魔王使い』と成り果てたのか。いや、なりそうなのか。

 ああ。うん。えーと。あー。――。



 ――そういえば、今朝の朝食は実に美味しかった。



 とろりとした卵の黄身が、ほくほくの真っ白なご飯にかけられた時の感動。ふわふわの食感と焦がしじょうゆを絡めた卵の香ばしさが口いっぱいに広がり、まさに天上に昇る想いであった。聞けば、東方の食べ方だとか。さすがは世界の中心である神のお膝元、帝国。東西南北の文化が集う場所である。

 できることならば、あの時間に戻りたい。そして、加護を受けるのを止めてやりたい。というか、過去の自分を蹴り飛ばしたい。むしろ、帰ろう。故郷に。


 ああ、そうなのだ。その通り。この日記は、単なる現実逃避。


 今現在、目の前で繰り広げられている光景からの』











「やあ、エデン! 久しぶり! 元気だったかい?」

「…………って、ふ、ふ、ふ、……ふっ、ざけるなあああああああっっっ‼ 貴様、ルシフェルっ! ここで会ったが三千年!」

「あー、よく寝た寝た。爽やかな朝だね!」

「阿呆か! 今は鳥も日陰で羽を休めたくなる真っ昼間だ!」

「――って、二人とも、待てい! 帝王である余を無視するでない! というか、お前たち子供かの!」

「はっはっは、ご覧の通り子供さ!」

「見てわからないか⁉ 僕もだ!」


 天を突き抜けるほどに高きドーム型の天井。天使の羽を散りばめた繊細な意匠いしょうを施す真っ白な壁に、透き通るほどに澄み渡る清冽せいれつな空気。

 まさしく神や天使が降り立つに相応しい。荘厳なる調べでも聞こえてきそうな、神聖なる儀式の場にて。

 世界を創り給う神。

 長らく神と相対し、三千年ほど封印されていた魔王。

 そして、世界でただ一人、神の加護を受けし世界の頂点を統べるセフィロト帝国の長、帝王。

 その三人が、儀式終了後に子供真っ青な喧嘩をおっ始めれば逃げ出したくもなるというものである。


 ――どうしてこうなった。


 天使の加護儀式を受けにきた青年、シキ・イースレイターは。三人の実に愉快痛快な喧騒を眺めやりながら、目をいて気絶している帝王の護衛達を羨んだ。


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