人生はあぶかたのように(ぼやぼやしてたらあっと言う間に死んじゃう)

四ノ宮麗華

第1話 突然の別れ

母が危篤。

携帯電話のメッセージ。

昨日から着信とメールが山のように残されている。

嘘でしょう?

だって先週家に帰ったときピンピンしてたし・・

季節じゃないけど、エイプリルフールかな。

なんてあわ立つ心を誤魔化してみたり。

取り合えず、自宅に電話。

妹が出て

「お姉ちゃん、何してたの?」

「昨日から電話してたのに・・」

ドキリと心臓が飛び跳ねた。

「いや、ちょっとね」

妹はそれ以上は追及しないで・・

「取り合えず、病院に行ける?」

「大丈夫だけど、お母さんに何があったの?」

だって、お父さんと温泉に行って帰って来たはずなのに。

「夜中に救急車を呼んで病院に行ったから・・詳しい事は分からない。」

「お姉ちゃんに連絡取れたから、私も病院に行くよ。現地集合で。」

「分かった。」

だってさ,親が急に病院に行くなんて思うはずないじゃん。

彼氏と旅行してた・・なんてタイミング悪すぎだ。

しかしまずったな。

病院に行って状況を掴むしかない。

慌てて、病院に向かう。

現実のことなのに、ドラマの中のことのように感じている。

現実をまったく受け入れられない。


病室に行くと、酸素マスクを付けられたお母さんが笑ってた。

「ほんとに大げさなんだから・・わざわざ来なくても良かったのに」

「すぐに帰れるんだからね」

元気そうな様子にちょっとホッとした。

昨日から心配そうに付き添っていたお父さんと交代。

まだこれからが長いから、ちょっと休んでもらいたいし、お父さんまで倒れたら困る。

看護婦さんが来て・・

「先生がお呼びです。」

えー、嫌だなぁ。

看護婦さんが笑ってないし・・

これってドラマでは良くない話がある時だよねぇ・・なんて思いながら院長室に行くと。

「お母さん今は元気そうですが、これを見てください。」

そこには肺のレントゲン写真が映し出されていた。

「肺がこのように真っ白な状態ですから、息をするのも苦しいはずですよ。」

「私も突然こんなに肺が真っ白になるなんて・・経験ないですよ。」

経験ないって・・それじゃ困る。

「何か良い方法はないんですか?」

「急すぎて対処法が間に合いそうもないんです。」

「でも、今は元気ですけど・・」

「今は昼間で機能も働いていますから本人も元気でしょうが、これから夕方・夜になると・・厳しいと思います。」

「プールで溺れるような感じです。」

「息ができなくて苦しむでしょう。」

「今は酸素マスクがあるから少しは楽でしょうがこれからマスクでも呼吸困難になります。」

「覚悟しておいて下さい。」

それってつまり・・

「今夜が山・・になりますね。」

こんな時にTVシーンが頭の中でリフレイン。

「今夜がヤマダ。」

ふざけている場合じゃないけど・・現実なのか?

自分に・・ましてや自分の親に起こっている事と認識するのが難しい。

どこか現実逃避に脳が逃げ込んでいく。


ふらふらと病室に戻ると

「ねぇ、喉か乾いたからお茶買って来て!」

どこまでも何時も通りのお茶目なお母さん。

酸素マスクしていてお茶なんて飲めるのか?

看護婦さんに聞いたら

「とんでもない。喉が乾いてくるでしょうが水は飲めませんよ。」

「唇を湿らせてあげて下さい。」

そう伝えると、ちょっとムッとしていたけど・・

「今はちょっと我慢してね」

そう言って唇を湿らせてあげる。

本人は喘息の時と同じで、少し我慢すれば帰れると思っているんだろうな。

その内に苦しそうな咳が出はじめた。

もともと喘息が出ると、ゼイゼイ苦しんでいた彼女。

息が出来ないのは、酸素マスクのせいだと思うのかマスクを外そうともがく。

まともに話も出来なくなってきた。

ここからお母さんの苦しい戦いが始まった。


本当に溺れている。

暴れて・・

もがいて・・

肺に空気を求めて・・手が彷徨う。


酸素マスクを外してしまわないように、押さえつけて。

看護婦さんに指示されて・・

咳をして苦しそうな背中を撫でてあげながら

「頑張って、一緒に家に帰ろうね。」

励ましながら・・絶望していく。

昨日まで元気でいたのに・・なぜ?

彼女が何をした?

人間の寿命など分からない。

もろ過ぎる。

朝起きて、笑って・・

そんな当たり前と思っていたことすら貴重な時間だなんて。

気づけなかった。


暴れていたお母さんが突然起き上がって

「ごめんね、ありがとうね。」

「何を言っているのよ」

私の顔を両手で挟んで、愛おしそうにジッと眺めてくる。

それは本当に一瞬の出来事なのに、びっくりして。

私は何もしてあげられないのが悔しくて。

ずるいよ。今そんなこと言うなんて・・。

「何、弱気になっているのよ!」

「頑張って家に帰ろうよー」

背中をさすって、涙が止まらない私。

そしてさらにもがき苦しんで・・暴れるお母さん。

あまりに苦しんでいるお母さんを見た時、

「もう、苦しまなくて良いよ。十分頑張ったよね」

ついそう思ってしまうほど、苦しんでいる。


そして、

ずっと付き添っていて疲れて一旦家に帰っていたお父さんが駆けつけるのを待っていたように、最後は静に息を引き取った。

本当にお父さんを待っていたのだ。

お父さんの呼びかけに何度も心拍数が跳ね上がり・・

生きたいと戦っていた。

最後は、

戦い終わった兵士のように。

安らかな顔をしていたね。

やっとゆっくりできるとでも言うように。


まるで現実味のない・・

一瞬の出来事。

院長が来て

「午前4時、ご臨終です」

ご苦労さまでした。

家族だけが残されている。

ドラマの1シーン。

涙も枯れた。

頭の中がシーンとして感情が掴めない。


ドッキリカメラじゃないのか?

「嘘だよー」

って笑いながらお母さんが登場するんじゃないの?

どこかで真実から目を背けている。


別れは突然と言うけれど・・

突然すぎて対処ができない。

本当に悲しすぎると心が冷えて涙もでないものなのか・・

悲しみは後からやってくるのか。

冷静なのか、そうでないのか・・


あまりに潔く亡くなってしまうものだから・・

良い思い出しか出てこない。

格好良い最後だった。

と思うのはずっと後からだろうと思う。


お母さんの人生はどうだったのですか?

満足しましたか?

もっと色々話せば良かった。

顔を見ると何かと愚痴るから面倒くさくて、逃げちゃった。

ごめんね。


後悔はつきません。

自分はどうなのか?

時間はあるとは限らない。

どこで終わりになるにせよ、後悔だけはしたくないな。

心に誓う私です。

お母さん、産んでくれてありがとう。

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