第57話 『優しさ』というファンタジー
わたしはその事実を、うっすらと気づいていたのかもしれない。
羽瑠奈ちゃんと見ているものが違うと気付いたとき、最悪のシナリオが頭を過ぎっていたのだから。
わたしは創作の世界だけでなく、現実の世界にまで幻想を創り上げてしまっていたんだ。
だって、ラビの存在は自分自身を勇気づけ慰める為に生みだされたもう一人の自分。
思えば、なぜあのネコ耳のカチューシャにこだわったのかも理解できる。
あれは、友達と遊びに行ったテーマパークでお揃いで買ったものだ。
当時はお気に入りで、普段でも着けていた時もあった。
そのうち周りから馬鹿にされて、着けるのが恥ずかしくなってしまった……。
けど、なんのことはない。
わたしはあれを堂々と着ける口実が欲しかったんだ。
マジックアイテムだと思い込んで、羞恥心を打ち破りたかったんだ。
「馬鹿だよ……情けないよ……」
理解者だと思い込んでいたラビは、自分の心の創りだした幻。
仲良くなった羽瑠奈ちゃんも所詮、幻想の中での危うい関係。
壊れてしまわないように必死だった。
いや、壊れてしまうことは必至だったのだ。
わたしは、再びこの世界で独りぼっちになってしまう。
「けど……」
自分自身に問う。
わたしはこんなにも過酷な世界から逃げ出したいのか?
わたしはこんなにも残酷な世界を壊してしまいたいのか?
「わたしはそれでも憧れてしまう」
現実世界でいくら裏切られても。
現実世界でいくら孤立しても。
『優しさ』というファンタジーに憧れてしまう……。
それはたぶん、破壊や破滅がココロの隙間を埋められないと理解しているから。『優しさ』の崇高さを知っているから。
「ねぇ。えーと、三和土くん……だよね?」
相手からは人間らしさは感じない。もう、そこにはクラスメイトなど存在しないのかもしれない。
たぶん彼の本名は『三和土』ではないのだろう。
「キミの願いが実行されればボクはその名から解放される」
「解放?」
「ボクにはもともと名前なんかないからね。キミから見れば人外なものさ。本当の姿を見せようか?」
彼の姿が一瞬だけ異形のものとなる。全身が黒く、背中からは翼竜を彷彿させる羽が生え、猛禽類のような嘴がある顔立ち。悪魔と呼ばずにはいられないその姿。
「……っ」
わたしは襲い来る眩暈を必死に堪えた。
「へぇー、悲鳴すらあげないなんてたいしたもんだ。さすがその書物が選んだだけのことはある」
「どんな願いも叶うのかな?」
「例外もあるけどね。人間の欲望なら大抵叶うはずさ」
「じゃあ、わたしと友達になって」
しっかりと目を反らさず彼を見る。
その言葉に三和土クンの鋭い眼光が少しだけ和らいだような気がした。
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