第30話 「なんかムカツクよね」

 洒落しゃれのわかる教師だった事もあって、その場でのおとがめはなかった。

 むしろ、騒ぎ立てる生徒と一緒になって笑い出していた。

 ナルミちゃんもそれをわかっていてネコ耳付きのカチューシャを渡したのだろう。

 授業が終わり、恥ずかしさで真っ赤になった顔を冷やすために、わたしはお手洗いへと向かった。

 中に入ると、先に来ていた三人組のクラスメイトとち合ってしまった。

「あ、ネコ耳だ」

「ネコ耳だね」

「ネコ耳じゃん」

 トイレの中にいた三人の女生徒たちは、わたしを訝しげに見つめる。

 クラスメイトの館脇純菜たてわきじゅんなさんと氷月冬葉ひづきとうはさん、そして彩実清花あさみきよかさんだ。

 異様に張り詰めた空気がそこにある。

 ネコ耳騒動の元凶であるナルミちゃんの場合はあくまでも『天然ボケ』という性格上、悪意は感じない。

 授業中に盛り上がって笑っていた八割方のクラスメイトだって、そこには純粋な『わたしの格好のおかしさ』に着目していたのであって他意はないだろう。

 けど、目の前の女子達はどうなのか。

 わたしは無視して洗面所の鏡の前へと向かう。

 火照った頬を見て「みっともないな」と思いながら蛇口をひねった。

「人気取りは大変だね」

「これで男子にも大注目ってか」

「やっぱさ、男が欲しいと手段は選ばないものなのかね?」

 わたしへの嫌味だということはわかっていた。だから、頭を冷やす意味も込めて顔を洗う。

 これがどこのグループにも所属していない女子だったら、陰湿な虐めへとエスカレートしていくのだろう。

 わたしは独りではない。だから最低限の嫌味に留まるはずだった。

「なんかムカツクよね」

「金持ち女と暴力女を味方に付けてるんだもの。そりゃ調子に乗るよ」

「でも、一人じゃ何もできないのよね」

 なんだか空気がおかしい。

 仲がいいとは言えないけど、ここまで攻撃的な彼女たちを見るのは初めてだった。

「あたし、前からムカついてたんだ」

「だよね、わたしも気に入らないね」

「そうだよ。ちょっとかわいいからって調子に乗ってるんだよ」

 攻撃の意図がわからなかった。あまりにも言葉が直接的で、あまりにも粘着的である。虐めるのであればもっと間接的に、もっと陰湿的に徹底するだろう。

「それはわたしの事?」

 状況を把握できないわたしは、なるべく穏やかに笑顔を浮かべる。もちろん作り笑いだけど。

「バカにしてんの!」

 リーダー格である館脇さんが一歩前に出た。他の二人と違って、明らかに興奮している。やはり主犯格は彼女なのだろうか?

「授業を妨害してしまった事を怒ってるなら謝る。でも、あれはタチの悪いジョークに嵌められただけなんだよ。だから、勘弁してよ」

「んな事言ってんじゃなくて、あんたの存在自体にむかついてんのよ!」

 館脇さんの鋭い視線がわたしに突き刺さる。それは相手を恨んでいるに等しい感情なのだろう。

 だから必死に心当たりを探った。これは虐めというより、憎しみや嫉妬に近い。

 たしかにナルミちゃんとミサちゃんは、クラスの中でも少し特殊な存在。

 ナルミちゃんは資産家の令嬢であり、その親しみやすい性格と美貌から、学内でも一二を争うほどの人気ぶりだ。男子だけじゃなく女子生徒たちの中にも彼女を慕っているものがいるほど。

 ミサちゃんはそのサバサバした性格と中性的で整った容姿から、こちらも男女問わずに憧れる生徒も多い。腕っ節は強いので、真っ向から喧嘩を売ろうという女子は皆無だ。

 一方、わたしはなんの取り柄もない普通の女の子である。二人とは不釣り合いな関係に見えるのだろう。

 妬まれたとしてもしょうがないのかもしれない。

 けど……本当にそれが理由だろうか?

 もし、三人を相手に戦うとするとしても、ナルミちゃんやミサちゃんに頼ることはしたくない。

 だって難癖を付けられたのはわたし自身だもん。甘えるわけにはいかない。

 そして、逃げることもわたしのプライドからは許されなかった。

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