第7話 「魔法が存在している」
部屋を見回すと、形ははっきりしないが灰色の
「もう一度、ネコ耳を装着しろ。魔法で撃退せねばなるまい」
部屋の中ということもあって、わたしは躊躇することなくカチューシャを着ける。
するとぼやけていた物体が、はっきりと形をなして見えてきた。
それは空を飛ぶ
「装着したよ。どうすればいいの」
空飛ぶ蛸を目で追いながら、わたしはラビに指示を求める。
「まずは魔力の増幅、そして法術の具現化じゃ。奴らはまだ完全に我に気付いているわけではなさそうじゃ。丁度良い練習になるぞ」
「増幅? 具現化? もうちょっと具体的に言ってよ」
ラビの魔法講座は半分寝てたこともあって、完全には理解できていなかった。
「そうだな……初めて魔法を使う場合は、古典的な呪文を用いるのがよい。例えば有名どころで云うならば 『Abracadabra』がある。これは退魔呪文としても有効だ。人間世界では有名だと思うが聞いたことはないか?」
「アブラカダブラ? 知ってるよ。アラビアンナイトだっけ」
昔読んでもらった御伽噺に出てきた呪文。スリルのある冒険譚にわたしはワクワクした覚えがある。
でも、あれは攻撃呪文だったっけ?
「少し違うがな。まあ呪文を知っているのなら、なんとかなるだろう。それから見習いの汝は魔力が不安定じゃ。魔法の放出をコントロールする為に指先で照準をとれ」
わたしは左手の人差し指と中指を真っ直ぐに伸ばし拳銃のような形を真似ると、それを浮遊している化け物に向ける。
「よーし。えーと、あぶらかたぶら!」
静寂。
フランス式で言えば上空を天使が通り過ぎる。お笑い芸人がここ一番のギャグを外してしまった時の空気そのものだ。
「ってあれれれれ?」
呪文を唱えても何も変化が起きない。本当に自分は魔法使いの素質があるのだろうかと、自信がなくなる。
「ただ言葉を復唱すればいいのではない。呪文とはあくまで魔法を導き出す為のものだ。意味もわからず呟いてもなんの効果も持たぬぞ」
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「呪文に意味を持たせろ。魔法を導くのじゃ。まずは自分の理解できる言語で意味を伝えろ。具現化の為の呪文はその後でよい」
「導く? 理解? わかんないよぉ」
「仕方ない。我が手本を示す」
そうしてしばらくラビが沈黙する。それは、何かのタイミングを計っているかのようだった。
蛸のような物体はゆっくりと部屋を回りながら索敵でもしていた。が、突然、気配を察知したかのようにラビに突進していく。
「
呪文の完成を示すのか、ぬいぐるみの小さな身体全体が青白い光を帯び、そこから光の矢のようなものが邪なるモノに向かって投射される。
音こそしなかったものの、光の矢は敵を貫き、そしてその動きを止めた。
「すごい!」
わたしは目の前で起きている『とても幻想的な状況』に心を囚われていた。
──魔法だ。
──魔法が存在している。
「惚けている場合ではない。我の魔力では、
ラビの声が部屋に響き渡る。その言葉は私の心をなぜか奮い立たせた。
「え? わたしが」
それが選ばれた理由。わたしにしかない特殊な能力。
「汝にしかできぬ。それが汝の使命」
今のわたしには考えられなかった。それがどれだけ重要な意味を持つかを。
「考えるな。目の前の邪悪を消し去れ」
わたしは頷くと、もう一度指先で蛸のような物体のいる方角を捉える。
ラビが詠唱したように、まずは自分の理解できる言葉で意味を確かめ、それを呪文に込めた。
「汝の雷を死に浴びせよ! 『Abracadabra』」
わたしの身体から光の矢が飛び出てくる。その大きさ太さは、矢ではなく槍に近い。
蛸の化け物に突き刺さったそれは炸裂して轟音が響き渡り、爆発したかのように部屋全体が閃光に包まれる。わたしの視界はホワイトアウトし、そこが現実なのか幻想なのか判断ができなくなった。
しばらくすると再び静寂が訪れ、見慣れた部屋の様子が瞳に映る。
それは日常が再び動き出したということだ。
「よくやったありす!」
「え? できたの? やっつけたの?」
実感が湧かなかった。もしかしたら、今の出来事は夢ではないかと考えてしまう。
「そうだ。初めてにしては上出来だ」
でも、それは自分一人が見ていた夢ではない。ラビと一緒に戦った。
二人で成し遂げたんだ。幻であるはずがない。
「すごい…………すごいすごい!」
「うむ。だが、これは始まりに過ぎぬ。しっかりと気を引き締めるのじゃ」
興奮したわたしの頭の中を、過去に観たアニメがぐるぐると回っていく。
「そうだ! ねぇ、他の魔法も教えてよ。変身するやつとか、空飛んだりするのとか、雨を降らせたり、お菓子を作っちゃうのとか。そうそう、消えたりするのとかできないかな」
満面の笑みを浮かべたわたしは、両手を胸の前で組んでラビに向き直った。
「おいおい、誰がそんな魔法が使えると云った」
「だって、わたしは正義の魔法少女なんでしょ。魔法少女と言ったら、変身できるのがデフォじゃないかなぁ? バンクシーンの一つも欲しいってとこよ」
「頭の上のソレで我慢せい」
ラビはただそれだけを言い切る。
「ええー? このネコ耳? テーマパークで買った定価一千九百八十円のネコ耳なんてコスプレとしても中途半端なんですけど」
頭上のネコ耳に右手で触れながら、わたしは不満いっぱいに頬を膨らます。
「贅沢を云うな。魔法とは本来、敵を攻撃し殲滅する為に編み出されたものだ。さあ、レベルを上げて魔力を高めるぞ」
「それなんてネトゲ?」
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