第二章【日常と書き手と物語】

第4話 「気分転換に小説を書き出す時点で、なんか間違ってるよね」

「うひゃ!」

 ふいに脇腹をぷすりと指で突かれたので思わず妙な声が出てしまった。

 といっても犯人はわかっている。隣に座る親友のミサちゃんこと『鈴木すずき美沙みさ』だ。

「こら! ミサちゃうぎゅ!」

 振り向いたところを今度は頬を突かれてしまった。こんな単純なトラップに引っかかるなんて……わたし『種倉たねくらありす』は少し自己嫌悪に陥る。

「夢中になるのはいいんだけどね。もう図書室閉める時間だって」

 頬に食い込んだ指を引っ込めながら、ミサちゃんはそう告げる。シャープな顔立ちでショートカットの似合う彼女は、美少年のような微笑みでわたしを見つめる。

「え? もうそんな時間?」

 壁に掛けられたアナログ時計の時刻を確認する。短針は五の位置、長針は一の位置に近づいていた。夢中になると時間が経つのも忘れるというが、わたしが最後に時計を気にしたのが三時前だからもうかれこれ二時間も経っていた。

「もうこんな時間なんだ」

「その分だと途中でナルミが帰ったのも気付かなかったみたいだね」

 半ば呆れたような顔をしながらも、後の半分はしょうがないなとの苦笑い。もともと三人で勉強していたのに、わたしはそのうちの一人が帰った事にも気付かなかった。だから、呆れられても文句は言えない。

「うん。あ、悪いことしちゃったかな。わたしからここに誘っておいて」

「アリスさ、試験勉強しようって言いながら、途中で気分転換に小説を書き出す時点で、なんか間違ってるよね?」

 ミサちゃんの目線が机の上の一冊のノートへと注がれる。「すべての元凶はそれだよね」と言われているようなものなので、わたしとしても反省するしかないのである。

「ごめん」

 数学のノートの上に重ねて置かれていた創作用のノート。それをあわてて閉じて胸に抱きしめる。

「まあいいって、こっちは却って捗ったから」

 一転して、気にしないという笑顔のミサちゃん。小学校の時からの付き合いなだけに、わたしの扱いは慣れたものだった。

「うん、ほんとにごめん」

 立ち上がると上目遣いにミサちゃんを窺う。怒らせてしまったかな? そんな事を心配するが、それくらいの事で怒り出すような性格でないことも承知していた。

「そんな謝ることないよ。ナルミも怒って帰ったわけじゃないし。ほら、今日ピアノのレッスンがあるって言ってたでしょ」

 不安になりかけたわたしの心を、人懐っこいミサちゃんの声がふわりと包むようだった。いつもこうやって助けられているような気もする。

「えへへ、そうだったね」

「帰ろっか」

「うん」


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