第2話 「わたしに声をかけたのはあなたなの?」
「まさか幻聴じゃないよね? わたし、そんなに疲れてるのかなぁ……」
昨日は遅くまで書き物をしていたので就寝は二時を過ぎていたかもしれない。寝不足は慢性的に続いている。
「
ふいに何かの視線を感じ、振り返って本棚の上段を見る。
そこには全身真っ白なうさぎのぬいぐるみが置いてあった。まるで着色を忘れた不良品のようにも思える。全長は二十センチほど。クレーンゲーム機の商品によくあるサイズだ。
そのぬいぐるみは、本が並んでいるその前にちょこんと腰掛けているようにも見える。まるでわたしに声をかけてきたかのように……。
「いやいやいや……それはないって」
一瞬、そのぬいぐるみと目が合ったような気がして目眩がした。
「
幻聴はまだ消えない。なんだか頭痛がしてきた。
「でも……まさかね……」
わたしは、本棚の上段に座っているぬいぐるみと対面すべく、近くに置いてあったキャスター付きの踏み台を持ってくる。
「わたしに声をかけたのはあなたなの?」
少し恥ずかしかったけど、思い切って声をかけてみた。もちろん誰かに観られたら恥ずかしいのでなるべく小声でだ。
「無論、我に決まっておろう」
たしかにぬいぐるみから声が発せられている。とはいえ、口は動いていないので幻聴である可能性は捨てきれない。もう一つの可能性として、録音された『台詞を喋るおもちゃ』ということもある。が、それにしては、わたし自身との会話が成立しているのが妙なところだけど。
それはともかく、このウサギには見覚えがあった。何かの本の挿絵で見たはずだ。どこかのテーマパークで会ったはずだ。
頭を捻りながら記憶の引き出しを必死に探る。
「あ、ホワイトラ……」
「違う! 我の名は【◎&$=#@~?><!】である」
言い切る前に否定された。けど、何ていったかが理解できない。
「ごめん。名前、聞き取れなかったみたい。もう一回言ってくれる」
「我の名は【◎&$=#@~?><!】である」
名前の部分は、風が吹き抜けるような板ガラスを爪で引っ掻くような、とても人間に発音のできるような言葉ではなかった。
「ええーん。そんな人外魔境的な言葉で発音されてもわかんないよぉ」
「仕方がない、ならば類似した人間の言葉に変換する事にしよう」
中途半端に名前だけ原音主義にするからややこしくなるのだ。全ての言葉を聞き取れないように発音してくれれば、わたしは気のせいだと思って関わることもなかっただろう。
けど、言葉として聞こえてしまったものを無視するわけにはいかない。
「わかってるなら最初っからそうしてよ!」
思わずぬいぐるみに漫才なみのツッコミを入れてしまう。友人でも無く、ただのぬいぐるみにツッコムなんて、傍から見れば『危ない人』以外の何者でもないだろう。
「我の名はルキフ・ゼリキボセウイだ」
聞いてから後悔する。舌を噛みそうな名前だった。
「あのー、めちゃくちゃ言い辛そうな名前なんですけど」
「汝の事情など知るか。きちんとこの世界にある汝の国の言語に変換したのだぞ。我が侭を言うでない」
割と上から目線のぬいぐるみだった。
そんなぬいぐるみの言葉は無視して、わたしはこう告げる。
「よし、キミの名前はホワイトラビット、愛称はラビ。その方が自然だよ」
目の前にある
「……」
ぬいぐるみは不満そうに、声にならない音で唸っているようだ。だが、唸っているだけで手足どころか顔の表情さえ動かそうとしない。
「キミは動けないんだね。それとも動けないぬいぐるみに取り憑いちゃった間抜けな悪霊さん?」
「さっきから聞いていれば好き勝手云いよって。我はそんな下劣な存在ではない」
「じゃあエネルギーの切れちゃったぬいぐるみ型のロボット。で、さらに中の人がいるのかな?」
わたしの空想力が
「違う。我はもっと高貴な存在だ。悠久なる魔法を伝える者。グランドマスターである」
「……はぁ」
力のない返事になってしまった。まあ、目の前の出来事が妄想や幻想でないのなら信じるしかないのだろう。けど、どこか冷静になっているわたしは、妙にテンションの高いぬいぐるみの言葉にはついて行けなくなっていた。
「我は高次元より来たり、世界の闇たる特異点を浄化するために」
「それで、そのグランドなんとかさんがわたしに何かご用?」
長くなりそうな
「それについては話が長くなりそうじゃ。ここから我を密かに連れ出し、汝の住み処へと案内せよ。そこで重要な使命を汝に託そう」
様々なリサイクル品が置いてある店内で、目の前のぬいぐるみが商品でないとは言い切れない。
ここで一番肝心な事は、わたしがその
「ええーん、それって万引きじゃん」
わたしは涙目で恨めしく
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