天界司書結城沙織 終章 The quiet daybreak
夜明け前の薄暗い街。
あたしは病院に向かって飛んでゆく。
足元では、みんなが協力して爆弾処理をしていた。
この調子で行けば、なんとかなりそうだ。
さらに速度を上げようとすると、がくっと力が抜け始める。
――え? なに?!
こんな時に何が起こったのよ?
風がふいて髪がさらりと揺れる。
あたしの目の前にたなびいた髪の色をみて愕然とした。
……え、銀髪の色が薄くなっている。
しかも、羽も急に薄くなって透き通ってきていた。
あたしの飛行高度が一気に低下する。
やば~~墜落する!!!
がしっ!!
誰かに背中を掴まれて落下が止まった。
背中をつかまえたのはヘルだった。
彼女はあたしの背中を掴んで、猛烈に翼をぱたぱた動かしていた。
「サンキュー、ヘル!」
「お礼は良いから急ぎなさい。 オーバーロードの影響であんたの力が消え始めて居るの!」
「それって……」
ヘルは伏し目がちに口を開く。
「言葉の通りよ……」
「そう……」
その先は聞けなかった……。
あたしは、何となく判って居た。
強大な力を使うと少なからず、リバウンドはある。
レーヴァンティンのような魔王すら焼き尽くす力を放ったんだから、あたしもタダで済む筈は無い。
――戦乙女ワルキューレの力が消えるのが、リバウンドなんだ……。
「とにかく、アンタの体まで走りなさい。 時間が無いわ」
「今までありがとう、ヘル」
「あんたに言われる筋合いは無いわよ……、礼は戻れてから言いなさい」
ヘルは恥ずかしそうに口を開いて居た。
”
夜明け前の町は静まり返って居る。
あたし達は薄暗い道路を病院に向かって走って行く。
冷たい風が頬をきっていた。
「沙織、良くない情報よ」
「何? こんな時に?!」
「アマテラスから……」
頭上を飛ぶヘルはスマホらしいものを見て、顔を引き攣らせながら口を開く。
彼女の話では情報では最後の一個、病院の新生児室に有るそうだ。
――しかも、近くに本体が居るのはあたし達だけらしい。
ヘルの本体、雫も向かってるそうだけど間に合いそうに無いとの事だ。
「どうするの?」
ヘルは心配そうに尋ねるが、あたしの答を読んでるようだ。
顔を引き攣らせている。
あたしはニヤリとすると口を開く。
「きまってるでしょ、あたしが何とかするわよ」
「言うと思ったわよ……」
急いで本体に戻れば、ぎりぎり間に合うかな?
――出来る?
――やるしかない!!
全速力で街を駆け抜ける。
”
あたし達の前に病院が見えてきた。
ゾクッゾクッ!!!
何処かで感じた気配がする。
嫌な気配だ、深海の様に冷たく暗くて重い気配がする……。
――ファルの気配だ!!
奴が病院の前に待ち構えて居た!!
しかも二匹も。
――ファルのユニゾンアタックのようだ。
こんな時に来ないでよね!
「よくも好き勝手にあばれてくれましたね……。 この落とし前は付けさせて頂きますよ……」
「雑魚は、引っ込んでなさいよ!」
あたしは虚勢を張った物の、髪はもう既に元の黒い髪に戻っていた。
黄金の栞を握りしめても剣も出せない。
「剣も出せないのに、威勢だけは良いですね……」
「くっ!」
ファルは邪悪に口角を歪める。
――背筋が寒くなるほどの笑顔だ。
その笑顔にあたしの背筋が寒くなる。
普段なら何でもない相手なのに!
――ここまで?
――諦めてたまるか!!
「最後まであきらめないわよ!」
「現実をみなさい……剣すらだせないあなたに勝ち目はありませんよ」
「あたしが消えてから言いなさいよね!」
あたしはファル達を見据えて言い放つとファルは顔をヒク付かせて返事を返した。
「どこまでも足掻くんですね……、良いでしょう……せいぜい苦しんで苦しみを魔王復活の供物にしてあげましょう…」
ファルは剣を振り下ろした。
あたしの頭上に漆黒の彗星が降り注ぐ!
――マジで死ぬ!!
キュンキュンキュン
――刹那、漆黒の火箭の群れが頭上を高速で飛び抜ける。
キーン!!
クリスタルをはじく様な高音が響き渡った。
何処からともなく高速で飛来した漆黒の羽がファル達の剣をはじいて居た。
「誰ですか……邪魔をするのは?」
「無茶し過ぎよ沙織、でもそんなあんた嫌いじゃ無いわ」
其処に居たのはヘル。
彼女は上空から翼を羽ばたかせ、手裏剣のように羽をとばしていた。
そして、ファルに言い放つ。
「沙織をあんた等に殺させる訳には行かないのよ……」
そして、ヘルはあたしのファル達の間に舞い降りる。
ちらりと此方を振り向くとしゃべりだした。
「こいつらは、私が何とかする。 あんたは戻って町を護りなさい!」
「いけるの?」
たしか、あんたは戦闘は出来ないんじゃなかった?
まさか?
「私もあんたに毒されたようね。行って!」
ヘルは振り返らずに返事を返した。
「歩を討つつもりが、王将を落とせるとは。 貴方には戦う手段は無い筈です、まさか羽で倒せるとでも?」
ファルは不気味な笑顔をたたえている。
「私も甘くみられたものね……」
ヘルの体から漆黒のオーラが吹き出し彼女を包み込む。
そして、積層型魔法陣を彼女の掌に展開する。
まるでルーン文字の台風だ。
「私を甘く見た罰よ……、奥義、地獄八景みせてあげるわ。
一幕、地獄入り口。
続いて弐幕 三途の川 江深淵さんこうえん」
「なにっ?」
ヘルが掌を下に向けると、黒い穴があいて、ファルを引き込んだ。
穴の奥には三途の川の難所が見える。
ファル達は穴の奥に落ちていった。
「こ こんなものよ…」
さすがに彼女も地上に地獄を呼び出すのはキツいらしく息をあらげている。
息を切らせながら座り込んだ。
「沙織、何を呆けているの!? 本当に死ぬわよ!」
「判って居るわよ!」
ヘルの言葉に我に返ったあたしは、走り出した。
”
あたしは暗い病院の廊下を駆け抜けた。
そして、病室に走り込んだ。
薄暗い病室の個室。
ベットの上にケーブルだらけのあたし(沙織)の本体がある。
白いローブを着せられ、腕からは点滴の管がバックに伸びている。
そして胸の辺りからはモニター心電図につながる色とりどりコード。
――そして、モニターに映し出されてる心電図は時々止まりかけていた。
ヤバい……時間が無い!
早く戻らないと、確実に死ぬ!!
あたしの胸に全てを拒絶するような膜が張っていた。
――この期に及んで、まだ生きたくないと拒絶しているの?
いい加減にしなさい!
「あんたも、あたしなんだから根性見せなさいよ!
あんたが拒否しても無理矢理でも入り込んでやるからね!!」
あたしは自分の体を抱きしめる。
そして……むりやり入り込んだ。
ぱちっ!
目が覚めた!
腕の痛みで自分の本体だと判る
――やっと戻れた…。
窓に目をやると、夜が完全に明けていた。
……時間がない!!
ぶちっぶちっ!!
あたしは体中に着いて居るコードを引きちぎる。
――そして、記憶を頼りに新生児室まで廊下を走り込んでゆく。
たしか、1階に会った筈よ!!
……ナースたちが、幽霊を見るような感じであたしを見ているけどそれ所じゃないのよ!!
”
新生児室に着いた。
辺りを見渡すと、みるから怪しい紙袋がベットにある。
――開けると、やはり爆弾。
し・か・も!
残り時間は、数十秒と来た物よ……。
コードを引っ張ってもビクともしない!
――ヤ・ヤバい!!!
どーするのよ、これ!?
辺りを見渡すと、あどけない表情の赤ちゃんがすやすや眠って居る……。
この子達の未来は奪えないわね、あたしの命を引き換えにしても……。
――そして、覚悟を決める。
あたしは爆弾を持って全速で病院の外に駆け出した。
――裸足に、下着を付けずにローブのみと言う姿で……。
この姿で爆死したら、尻に蝋燭を刺した英雄――、七瀬を笑えない事になったな……。
あたしに出来る事は、病院から出来るだけ離れて爆弾を爆発させる事。
そして、赤ちゃんたちを護る事……。
――天界司書をやった記憶が走馬灯のように走り抜ける。
……悪い人生じゃ無かったかもね。 亜美との約束は守れそうにない……ごめんね!
タイマーを見ると、カウントダウンが始まって居た。
……3。
……2。
あたし、死ぬんだ……。
静かに目を閉じた。
わが人生に一片の悔いは…… まだ一杯ある!! 山ほどある!!! まだ死にたくない!!!
パン! キューン!!
――刹那、目の前を何かが飛翔した。
矢が時限爆弾のコードを切断して、爆弾本体を銃弾が撃ち抜き破壊していた。
「間に合ったようね」
「ギリギリだったようだけどな」
其処に居たのは、先程の婦警と弓道部の霞だ。
婦警は対物ライフル、バレットM82で撃ち抜いたようだ。
霞は、和弓でコードを切断したらしい。
――助かった……。
安堵の気持ちが湧きあがり、一気に力が抜けるとと共に怒りが湧きあがる。
――対物ライフルで撃たないでよ!!
あたしを殺す気!?
「お帰りなさい、沙織さん」
背後で声がした。
其処に居たのは雫。
「見る限り、どうやら全部上手く行ったらしいわね」
彼女はスマホの画面を見ながらあたしに話しかけていた。
……みんな上手く行ったんだ。
いつの間にか涙が浮かんで居る。
そして、満面の笑顔で返事を返した。
「ただいま」
「あなたの体は、あたしが毎日メンテナンスしてたから良く動いたでしょ?」
ヘルがあたしの体をメンテナンス…。
彼女は笑顔で答えている。
――つまり……。
あたしの脳裏に嫌な予感が浮かんだ!
「ま、まさか……。みたの?」
あたしが耳まで真っ赤にして雫に尋ねると、彼女はニヤニヤしながら口を開く。
「勿論よ、ちゃんと貴方の体の中まで、隅々まで手入れしておいたから……。 大人の様でまだまだ子供なのね♪」
――完全に見られていた!!!
あたしは胸を隠し、座り込みながら凄まじい悲鳴をあげた!
「きゃぁぁぁ~~~!!! 変態!! 痴女!!!!」
町中にあたしの凄まじい悲鳴がこだまして行っている。
気が付けば、山の頂上から朝日が昇っていた。
――町は今日もいつもと変わらない静かな一日が始まりそうだ。
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