第二話 出会い

(1)

 その日。ママは腰の具合が良くなくて、ずっと奥の部屋で寝てた。でも午前中の予約は常連の佐々木さんだけだったし、ゆかりさんはそんなに気にしてなかった。


「チラシ入れたからって、予約殺到なんてことには絶対にならないわよ。二、三人増えてくれりゃなーってとこね」


 ふうん、そんなもんなのかー。確かにそれは、いつもと同じのんびりした一日と変わらなかった。あの人が……来るまでは。


 わたしは、チラシが配られてからなんとなく落ち着かなくて、ずっといらいらしていた。ゆかりさんに見られたらまた嫌味言われるだろなあと思いながら、それでも気分はよくなかった。


 わたしが床を掃いてる時、佐々木さんを送り出したゆかりさんが戸口で誰かと話してるのが見えた。男? わたしは一気に緊張した。あの夫婦が誰か差し向けたんじゃないだろうか? 首を傾げながら戻ってきたゆかりさんが、わたしを呼んだ。


「ねえ、たみちゃん。あんたが前にいた一葉館の部屋に入った人だって言ってるんだけど」


 え? わたしは考える。養親が一葉館のことを嗅ぎつけたのなら、わざわざ人を使うようなまどろっこしいことはしない。本当に、わたしの後に入った人なんだろう。何かな? ゆかりさんがわたしを呼びに来てたから、居留守は使えない。しょうがない。相手するしかないのか。いやいや店の外に出た。その人が、なんでわたしのところに来たのか分からなかったから、わたしはきんきんにとんがってハリネズミみたいになってたと思う。


 その男の人には見覚えはなかった。年はわたしと同じくらいだろうか? 背がそこそこ高くて、メンもかなりいい。それなのに、まとってる雰囲気がいいオトコっぽくない。なんて言うか……すっごいくたびれた感じがした。冬だって言うのにコートもジャンパーも着てないし、髪もぼさぼさだ。なんとなく落ち着かなくて、そわそわしてるのも気になる。なんだろ、この人。


「なんですか?」


 わたしが目いっぱい嫌そうな顔でそう言ったのを気にしたのか、ちょっと気後れした様子でその人が切り出した。


「壁のコルクボードのことなんですが……」


 あっ! そっちか。わたしはざーっと血の気が引いた。一葉館に逃げ込んだ日。わたしはすっごい荒れてた。飲めないお酒を無理に飲んで、かんしゃく起こしてグラスを壁に叩き付けちゃった。壁に染みと大きなへこみ傷を付けちゃって、鳥羽さんにもどんな風にしちゃったのか見せられなくて、慌ててコルクボード貼って隠したんだ。鳥羽さんには謝ったんだけど……。


「あれー、大家さんに言ってあったと思うんだけどー」


 言い逃れできるかどうか、自信がない。


「元に戻せって言われてたんですよね」


 やっぱり、か。突っ込まれちゃった。鳥羽さんには、壁修理して壁紙貼り直すとかなりかかっちゃうって言われてた。だから後に入る人が気にするようだったら、わたしの方でちゃんと対応してって注文付けられてた。どのくらいお金かかるのか予想が付かない。この余裕のない時に、どうしよう? 泣きつくしかないよね。


「ごめん。あれどかすと、後ろにでっかい染みがあって……」


 そんなに気の強そうな人には見えない。とにかく下手に出て、拝み倒そう。でも、その男の人の返事は、わたしが予想してなかったものだった。


「あの、僕はそれは気にしてないんです。それより」


 え? 思わず気が抜ける。わたしのその様子を見もしないで、男の人がくたびれたカバンから何かを出した。


「これ、三ツ矢さんが置いていかれました?」


 あ! 心臓が止まるかと……思った。それは、わたしが運命を預けていったあの写真だったんだ。


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