ある旅人の旅
星町憩
第壱話 ネオンの町
旅人が辿り着いたその町では
明るい色とりどりのネオンサイトが
遠くからでもその町全体を
ぼんやりと浮きあがらせていました
スクーターをおしながら歩いていると
旅人は一人の少年に出会いました
少年は町のすみっこで
ちっぽけなうすっぺらの毛布一枚携えて
ただぼんやりと寝ころがっていたのです
『こんばんわ ぼうや
何を見ているの?』
旅人は尋ねました
『こんばんわ 旅人さん
空を見ているんだよ』
少年は
朝も
昼も
夜も
毎日
毎月
毎年
くる日もくる日もこの場所で
空を眺めていると言いました
最近は
何かを食べたり
飲んだりして
空から一瞬でも目を話す時間さえ
惜しいのだと言いました
『お腹すかないの?』
『すかないよ』
『楽しいんだね』
『うん、楽しいよ』
自分にとって 空は
永遠に続く映画で
どの情景も同じではなく
一度見逃したら二度と見ることはできない
尊いものなんだと少年は言いました
少年はさみしげに笑いました
『この町ではね
子供は迫害されるんだ
決められた仕事をこなす大人でないと
いじめられるんだ
そりゃあひどいものだよ
だからみんな早く大人になろうとするの
だから子供がこの町では
毎日毎日
次から次に
死んでいってしまうんだ
ねえ、旅人さん』
『なんだい』
旅人はこたえました
『旅人さんは大人なの?』
『どうだろうね』
旅人は少しだけ悲しそうに笑いました
『体は大きくなっちゃったけど
少なくとも大人だとは言えないな』
『そっか』
少年は空から目を離すことなく
にっこりしました
そして骨と皮だけになった
細く白い腕を
ゆっくりと上にあげ
まるで白いにごり水を垂らしたような
黒い空を指差しました
『人は死んだら星になるんだって
でも
星って
この町よりも
この世界よりも
ずっとずっと大きいものなんだって
遠い遠いところにあるから
小さく見えるだけなんだって
だったら
こんなちっぽけな姿でいるより
星になったほうがましなのに
なんで
死ぬのはこわいんだろうねえ』
旅人は
そっと少年の頭をなでました
そして旅人は
なんとなく
傍目には傷一つない少年の皮膚の下で
少年の心臓には
無数の引っ掻き傷やあざがあったことを
知ったのでした
旅人は空を見上げました
けれどどこを見わたしても
星なんて一つも見えやしません
旅人は少年に尋ねました
『僕の目は曇ってしまっているのかなあ
星は一つも見えないんだ
君には見えるかい?』
少年は首を横にふりました
『見えないよ、旅人さん
ネオンが明るすぎて
星を見えなくしちゃうんだ』
そして少年は
初めて空から目を離し
旅人の顔を
瞳を
見つめました
少年は微笑んで言いました
『大人達の作ったもの
大人達がいいと言ったもの
大人達を
見るくらいなら
目なんて必要ないと思ってた
大人達の作った音
大人達の作った文章
大人達の声
聞くくらいなら
耳なんていらなかった
この体も
大人達から出てきたものだから
でも
旅人さんと
お話できたから
こうして
お顔を見れたから
産んでもらえて
やっぱり、嬉しいな』
『ありがとう』
旅人は言いました
『さようなら 旅人さん
今晩はこの町に泊まっていくの?』
『さようなら ぼうや
そうだね そのつもりだよ』
少年はまた空を見ながらにっこりしました
『旅人さんの瞳の中に
ちいちゃな星を見つけたよ』
旅人はこの町に
三日間滞在しました
二日目の夜
外が何やら騒々しかったので
側を通っていく人に尋ねると
少年が一人
天に召されたということでした
その少年は
親の言うことにも
何に対しても
反発して
親不孝ばかり
していたということです
『ご両親はきっと ちゃんと本当に
息子さんを愛していらっしゃったんでしょうね』
旅人は言いました
町人は大声で言いました
『ええそりゃあもうたいへんなかわいがりようで
あんなに大事にされて
あんなに恵まれて
なのに聞きわけがなくって
生きることに無関心で
勝手に自分を憐れがってねえ
あれじゃあ
親御さんがかわいそうでかわいそうで』
『おろかな子供ですね』
旅人は悲しげに微笑みました
『ええそうですとも なんておろかな――』
『いえ それとはまた違うんです』
旅人が言葉をさえぎり空を見上げると
町人は怪訝そうな顔をしていました
三日目の朝
旅人は町を発ちました
出発前に少しだけ
空を見上げました
空にはうっすらと
頭の欠けた白い月が
浮かんでいました
『昨日の夜は、星がきれいだったね』
旅人は
お月さまに向かって言いました
『おろかだね とってもおろかだったね
でも僕は
おろか って字は愛おしいって
愛らしいって
読むんだと
思ってるのだけれど』
旅人はスクーターのエンジンをふかしました
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