ホープランド

星町憩

序文 最後の備忘録

 これは備忘録だ。砂の海で生きた海賊ハダリーの、英断の記録である。私はその記録を残し、この砂の海に放つ役目を担っている。私たちが辿り着くユートピアで、私が彼のためにどれだけのことができるのかわからない。だがこのディストピアの私はここで死ぬのである。私たちはユートピアを目指して生まれ変わる。この航海にどれだけの悲しみと幸福が降り積もるのか、私たちには想像もつかない。だが、いつかもしも、私がまた筆をとるその場所は、私達のユートピアであることを切に願う。

 私は記録者である。本来、記録者は世界の目であり、そこに心は必要ない。少なくとも私はそう思っている。だが私は、これを拾う誰かのために、この最後の一頁にのみ、私という個を示そうと思う。ここからの記録は全て、海賊ハダリーとその同志たちの物語である。そこに私はいない。きっと未来の誰かも、私という存在は知らぬまま生まれ死に生きるであろう。それでいい。この一頁を読んだら、すぐに破って砂の海に流してほしい。あなたがそのかいなに抱くべきは、海賊の記録のみである。この瓶に詰めた記録は、誰の手に渡るだろう。まだ見ぬ異邦人か、それとも、花の巣へと成り果てた貴方たちだろうか。貴方たちの心を取り戻すのに、この記録は役に立つだろうか。私たちは待っている。ずっとずっと待ち続けているよ。この世界に再び種が芽吹くことを――人間という、尊厳に満ちた種が芽吹くことを。

 だからそれまで、さようなら。貴方たちが人間として生きられるどこかを探して、私たちは砂の海に別れを告げよう。いつか追いかけてきてくれたなら――あるいは、私たちを追い越してくれるのなら、これほどに嬉しいことはない。私たちはこのディストピアで海賊であった。貴方たちから大切な宝石を搾取するだけの泥棒であった。けれど私たちは、貴方たちのことをきっと愛していた。人間を愛している。人類を愛している。花に負けないでほしい。蝶に惑わされないでくれ。どうか、いつかこの世界に希望の綿毛が舞い散りますように。


 私の名前……それは残らない。私は私の存在を望まない。私はハダリーの記録者である。それだけが私の生きがいであった。私――僕のことを彼は【水曜日】と呼んだ。どの水曜日かは、これを得たあなたが判断すればいい。私の願いは、この手記を後世に残してほしい、それだけだ。


 さようなら、世界。さようなら、ディストピア。さようなら、僕と、砂海の海賊たちよ。



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