第10話

 結局、俺はあの後リズと眠った。そして午前中には退院し、授業が終わったのを見計らって学校に来た。だって授業受けたくないんだもん。

「で、ケンカ売られて帰ってきたと」

「ちゃんと買ってきただろ」

「はあああああああああああ……」

 望未は盛大にため息をついた。

「あんたね、校内最強の霊法院断真のケンカを買ったってバカなんじゃないの?」

「んなこと言われても、あのときはそうするしかなかったんだって」

「仕方ないとは思うけどね。もっとこう、言い方ってのがあるでしょう。もう過ぎたことだからいいけど。結局カリバーンとは戦わないといけないわけだし」

「でも望未先輩。今のままだと絶対勝てませんよ?」

 薫が真剣な顔で会話に入ってくる。

「当たり前よね。五対九と言っても、個々の戦闘能力が違いすぎるわ」

 モニターにカリバーンの情報が表示された。

「まずはブラスター専属のガルド=サーレンズ。五年生で身長は二メートルを超える巨体で筋肉隆々、接近戦もできる万能型。肉弾戦も魔法戦もできるという面倒な感じ。この学校に来て日が浅いにも関わらず総合順位は九位ね」

「またモンスター級だな……」

 腕を組み、俺も一応考える。フリだけど。

「彼だけじゃないわ。藤堂玲司とうどうれいじと藤堂麻耶まやの兄妹も相当なものね。五年生の兄は二丁拳銃を使う近接型スナイパーで総合順位は十七位。近距離が得意なだけで、遠距離だってもちろんこなせる。そして三年の妹は巨大な刀を振り回すストライカー。総合順位は十五位なんだけど、兄よりも妹の方が厄介ね」

「確かに、グングニルとの試合を見る限りだとそうなるな」

 グングニル対カリバーンの試合。あの戦闘で最大討伐数を誇ったのが藤堂麻耶だ。敵の半数以上をしめる五人という討伐数を見る限りでも、その戦闘力が伺える。特にグングニルはコミュニティランキング元一位なんだ。一人として弱い人間などいない。

「で、語と契約を交わした霊法院断真。ご存知の通りメインはラウンダーで総合順位は一位、実技も筆記も一位。この学校創立以来、鳴神奉と同等の成績を残している。今までコミュニティに入っていなかったのは、まあいろいろと理由があるみたいだけど。あの性格だから仕方ないのかもね。対峙した感想は語から聞きましょうか」

「感想と言われても……。そうだな、手をだすことさえも躊躇うレベルで、俺じゃ勝てないと思う。隙もない、思考も読めない、一対一じゃ相手にしたくないな」

「プラス、リーダーはあのレイナ=アスティクト。相手は五人だっていうのに、厳しい戦いになりそうね」

 転校後、総合順位は四位、筆記は三位、実技は六位だ。昔も全体的にトップレベルだったが、今はそれ以上だ。

 メインロールはフォーサーだが、俺たちとの戦闘では他のロールで来る可能性がある。現にグングニルとの試合ではコンダクターだった。

 断真先輩がラウンダー、玲司先輩がスナイパー、ガルド先輩がブラスター、麻耶がストライカー。これだけ見れば分かる通り、カリバーンは完全な攻撃型だ。レイナだってゲイナーかディテクターというのが妥当なところだと思う。しかし逆に、レイナの性格を考えるとフォーサーやコンダクターということも考えられる。虚を突くのが好きなやつだからこそ、どちらとも言えるのが難しい。

「コミュニティストラグルまでは一週間しかない。その間に戦闘力を上げたいところだけど、正直そこまで大きな成長は望めないと、私は思ってるわ」

「そう簡単に強くなったら苦労はしねーよな」

 京介の一言で、皆黙りこんでしまった。

「そういや、俺まだ霞先輩に挨拶してない。入院してたし」

「実は私も思ってました。新しくスレイプニルに入った宗方霞です。よろしくお願いします」

「えっと、鳴神語です。よろしく」

 軽く握手を交わし、簡単に終わらせる。

「霞にも言ってあるけど、このコミュニティは無礼講。先輩後輩は気にしないこと。敬語も厳禁だから」

「私は基本的に敬語なのですが……」

「霞だけは敬語可能ってことで。カティナはなかなか敬語が抜けないっぽいので要注意」

「す、すいません……でも私も敬語が普通なのですが……」

「おい、下級生をイジメんなよ」

「ほのかならまだしも、カティナをイジメても楽しめないわよ」

 怒るほのかとしぼむカティナがあまりにもアンバランスだ。元々対照的な二人だけに、面白い取り合わせではある。

「じゃあ霞とカティナだけは敬語。それ以外は敬語禁止。OK?」

 メンバーが全員頷いた。許しが出たというのに、カティナはまだ落ち込んだままだった。

「アイツも悪気はないんだ。許してやってくれ」

「だ、大丈夫です! 望未さんは望未さんなりに気を遣ってくれてるって、ちゃんとわかってますから」

「いい後輩を持って、俺は嬉しいよ」

 腕を瞼に押し当て、泣いているフリをした。それは、カティナの笑顔が眩しかったからだ。普段笑わないだけあって、すごく可愛く見えてしまった。顔立ちも幼いので、こんな妹がいたらいいななんて思ってしまう。

「おい変態、後輩に妙な気を起こすんじゃないわよ」

「俺が変態で京介がクソ野郎ね。お前のネーミングセンスは同意できんな」

「ほのかはぼっちび、リュートは優男、薫はブラコン、カティナはキョド子、霞はおっぱい、リズは新妻」

「もうなんかどうでもよくなってきた……」

「ぼっちびってなによ!」

 ほのか以外はその呼び方でいいみたいだ。眉根を寄せているので歓迎しているわけではなさそうだが。

「そうだ望未、各々が強くなるのはいいとしても、メンバー同士の連携力なんかも必要じゃないか? 特に相手は単体戦力で押してくるだろうしな」

「私たちが勝つには連携力を高め、各個撃破していくしかない。だけど相手もそれは読んでいるはずよ。それなら、一対一で勝てる戦力を身につけるしかない」

「いやいや無理だから。単体で勝てないから、複数人で一人を倒すしか手はないんだろうが」

「やり方はある。考えてないだけで」

「現状でそれはどうなんだよと」

「大丈夫よ、直前には言うから」

 こいつ、本当はもう思いついてやがる。二年前からそうだが、目が笑ってるときはなにか別のことを考えてるんだ。

「わかったわかった。お前に全部任せるよ」

 作戦は望未に一任し、俺たちは解散した。

 コミュニティルームを出て右から京介、望未、リズ、俺の順に並んで歩いていたとき、後ろから声をかけられた。

「あ、あの!」

 後ろを振り向けば、驚いた顔のカティナが立っていた。

「自分で呼んでおいてビビるなよ……」

「す、すいません……」

「それでどうしたの? キョド子が自分から話しかけてくるなんて珍しいじゃない」

「えと、えっと、少しお時間もらえないかなと思いまして」

「時間ならいくらでもあるからいいぞ。な、リズもいいだろ?」

 リズはゆっくりと頷いた。

「じゃあ話を聞きましょうか」

「おい待てよ俺は? 俺の許可は?」

 いつも通りクソ野郎は無視の方向で話が進みそうだ。

「接近戦の練習をしたいんです。一応薫くんやほのかちゃん、リュートさんには何度か付き合ってもらったんですが、三年生組とはまだ手合わせをしてもらってないので是非と思いましてですね、あの……」

「もじもじしないの。妙な男が釣れてしまうわ」

「はっきり言い過ぎなんだよお前は」

「ナチュラルビッチは扱いが大変なのよ。どうでもいいような男どもを引き寄せるから」

 横で鼻を伸ばしてるクソ野郎とかかな。

「まあいいんじゃない? そうと決まればさっさと行くわよ」

 五人に増えた俺たちは、一番近いケージへと向かった。

 たくさんの人がケージを囲んでいた。ケージは一区画につき最低二十個あるのだが、にも関わらずこの区画のケージは一つしか使われていなかった。

「レイナか」

 どうやら個人戦をしているらしい。ケージの周りで座ってるやつが十数人いるが、これはもしかしてレイナがやったのだろうか。

 戦闘が終わり、ケージが解放される。中から男子生徒が蹴りだされ、その後ろからレイナが歩いてきた。

「お、ちょうどいいところに。どうだ語、私とデートってのは名案だと思うんだが」

「こんなのをデートって言うやつは初めてだが、お前なら納得できそうだわ」

 頬を伝う汗がアゴから落ちた。シャツは湿り気を帯びて肌に張り付いている。体つきが女性らしいため、なんとも色っぽく目に毒だ。

「もしも私に勝ったら、今度はベッドでデートしてやるぞ?」

「釣られないぞ、俺は釣られない」

 と言いつつも、その魅力的な提案に足が出てしまう。リズのようにぐいぐい来られると引いてしまうが、受け入れ体勢で待たれると弱い。

 しかしそれを制したのはリズだった。俺の胸の前に腕を出し、進行を遮る。

「私が受ける」

「ほう、噂によれば語の嫁さんだとか」

「毎日一緒に寝るくらいには愛し合っている」

「そうかそうか、そりゃ割り込めないな。なーんて言うわけないだろ?」

「私が勝ったら、もう語には近づかないで」

「それはできないな。私は語が欲しいんだよ」

 目には見えないが、二人の間には火花が散っている。レイナの性格とリズの性格を考えるとこうなることはわかっていた。だからできるだけ会わせたくはなかった。

「その口を塞いで、心を折る」

「やってみろ。嫁として旦那を守ってみな」

 アゴで差されるままに、レイナに続いてリズはケージに入っていった。

「おいおまちょ――」

「やらせてやれ。もうどうしようもないんだ」

 京介に肩を掴まれ、俺は動きを止めた。

 確かに総合順位でいけばリズの方が上だ。しかしレイナの強さはそんな物差しで計れるようなものではない。

 リズの強さは、人の下で教示を受けたもの。

 レイナの強さは、自ら実践を経て培ったもの。

 言うなれば、理性と野生の戦いといった感じだ。

 ケージが閉じ、ロールを選択し終えた二人。双方ストライカーという、戦いの様子が浮かぶような選択だ。

「これは殴り合いになりそうだな」

「そうでもないと思うわよ? たぶんだけど、一発もらった方が負ける」

 京介と望未の会話は耳に入っている。だが、なんと反応していいのかわからない。どちらにも負けて欲しくないから。

 レイナが拳を前に出すと、リズは応えるように自分の拳を当てた。その瞬間、二人は後ろに飛び退く。

 しかし、すぐに動かなくなった。構えを取ったまま、身動ぎ一つもしない。

 見ているだけでも、緊迫した空気が伝わってくる。

 動かないんじゃない、動けないんだ。相手がラウンダーでもないのに、お互いにお互いの速度を理解している。上体が沈んでから一歩踏み出すまでの速度、一歩から自分に到達するまでの速度、攻撃を始めてから目標までの速度、その攻撃を回避した際に次段が来る速度、もしもカウンターを狙った場合の相手の回避速度、逆にカウンターを狙われた場合の速度。だから、二人の間の距離は一歩半。一歩では到達できないからこそ、自分で動き出すのも難しい。

 小さく、リズの口が動いた。

 レイナは軽く一歩を踏み出して、二歩目で大きく跳躍した。リズの顔めがけて拳を振るうが、リズは上体を左に逸らして避けた。が、そもそも当てようとして攻撃したわけじゃない。さらに身体を傾け、今度は足を狙う。リズはそれも避け、距離を取った。が、そんな短い距離でレイナが止まるはずもない。完全に、レイナのターンだ。

 幾度とない乱打。作法も型も関係ない、相手を欺きつつ隙を狙う、野生の攻撃だ。持ち前の勘の良さ、恵まれた身体能力、教えこまれた戦闘技術でそれらをさばいていくリズ。

「なんかリズの顔、調子よくなさそうだな」

「歪んでるわね。あれはヤバイかも」

「レイナは逆に笑ってやがる。実践型ってのは厄介だよな」

「一応反撃の機会はうかがってるみたいね」

「リズに声援でも送ってやったらどうだ?」

「そういうわけにも、いかんだろう」

 レイナの過去と現在を知ってしまったから。レイナの未来を握ってしまったから。俺はどうすればいいかわからない。この戦闘が彼女の未来を決めているわけじゃない。それでも、頑張って欲しいと、そう思ってしまったのだ。

 俺を慕い、守ろうとしてくれるリズにだって頑張って欲しい。

 俺は今揺れている。この二人に、俺の気持ちは揺らされていた。

 勝負が終わりへと向かい始めたのは、リズが反撃の狼煙を上げた瞬間だった。

 右ストレートを避けつつ、前進しながらアゴに向かってアッパーを突き上げたリズ。それを知っていたかのように、リズの肘を上へと払った。アッパーを止めたり払うのでなく、回避しながら勢いを加速させたのだ。

 そのまま、腹に掌底を叩き込んだ。

 一応ガードしていたようだが、威力が大きすぎる。リズの身体が壁に衝突し、ケージの障壁が解かれた。

「リズ!」

 急いで中に入り、彼女の身体を抱き上げた。

「ちゃんと王子様やってるんだな」

「俺は王子様なんかじゃない。守られてるだけの、一般人だ」

「彼女はそう思ってないようだが?」

 急に、リズが抱きついてきた。制服の上着を強く掴み、小さく震えていた。身長的にはそこまで小さくないはずなのに、今はとても小さな女の子だ。

「俺は一般人だ。だけど、一般人でも強者を挫くときがある」

 女の子の身体を強く抱きしめた。

「俺が、お前を変えてやる」

 倒すとか、潰すとか、そういうんじゃない。それはきっと、俺の役目じゃないと思うから。

「やれるもんならね」

「でもお前を倒すのは俺じゃない。リズの強さを甘くみない方がいい」

「それは楽しみだな。しかし、今度はこんなものでは済まさない。覚悟しておけよ」

 こういうとき断真先輩は醜悪な笑みを浮かべるが、レイナは本気で楽しそうに笑う。これじゃあ責めるに責められない。

 ケージから出て行くレイナ。その背中は、なぜかとても寂しそうにも見えた。

 カティナの相手を京介と望未に任せ、俺はリズを抱えて帰宅した。

 食事も摂ったしシャワーも浴びた。しかし、彼女はずっとうなだれたまま。俺は掛ける言葉も見つからず、ただこの空間に一緒にいることしかできない。

 電気を消して横になれば、リズは俺の背中を抱く。今日は何事もなく就寝かなと、そう思ったとき。

「ごめんなさい」

 と、いきなり謝られた。

「どうして謝るんだ? どっちかといえば、止められなかった俺の責任だろう」

「あれは私が挑発に乗ったのが原因だから、語は悪くない」

「じゃあ両方ダメだった。今度から気をつけようってことでどうだ」

「語がそう言うのなら、それでいい」

 いつもより強い抱擁が、俺の気持ちを強くさせた。

 強く、ならないと。

 断真を倒す強さと、リズを守る力。そして、レイナの未来を勝ち取るんだ。

 リズの体温を背中に感じながら、俺は目を閉じた。また明日から、彼女の世話になろう。前よりも、たくさんの技術を盗む。今できることを精一杯するのだと、心に決めた。

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