第5話

 今日は休日だが、リズが学校に呼ばれて俺は一人だった。一度は起きたのだが、遅くまでリズと組手をしていると朝がキツイ。それを言い訳に、俺は二度寝の体勢に入る。

「お前の大好きなお姉ちゃんがやってきたぞ」

「好きだよ、大好きだけど、いきなり現れて布団に潜り込むのはやめてくれ」

 寝ているところへの襲撃は今までも何度かあった。じいちゃんはなんでこの人に合鍵持たせたのだろう。

 俺は一人暮らしを反対されていた。もちろん両親からだ。最初は姉ちゃんと一緒に暮らすように言われていたが、じいちゃんがなんとかしてくれた。しかしじいちゃんは、条件として姉ちゃんに合鍵を持たせたのだ。

 姉ちゃんと一緒にいると、かなりの頻度で抱きつかれる。食事のときは「あーん」ってやるし、風呂には一緒に入りたがるし、寝るときは抱きまくらだし。ってこれリズと行動がかなりかぶってるような気がするぞ。

「で、どうしたの。なにかあった?」

 身体を起こし、姉ちゃんを引き剥がす。

「お前に、これを、渡そうと、思ってな」

「無理矢理、抱きつこうと、しないでよ……!」

 相変わらずぐいぐい来る人だな。

 これ、と言って見せてきたのは小型の魔法力場発生装置(エフィカスアパレイユ)だった。

「すげー高いんじゃなかったっけ?」

「これは自作だ。範囲もあまり広くないし、ケージで解放される魔法力の十分の一程度しか魔法は使えないぞ」

「メーカー品のだって、魔法力の許容量はケージの二割が限界じゃないか。それを自作で組み立てるって何者だよ」

「魔法環境学、魔法情報学、魔法化学、魔法物理学は全部専攻だったからな。魔法力学、魔法工学は特に得意だった」

「戦闘もめちゃくちゃ強いのに頭もいいって、さすがに天才って言われるだけあるな」

 この人の唯一の弱点は料理だけ。こればっかりは崩壊的な味覚があっても無理だろう。味覚がどうとかというよりは、まず食べ物として成立しないのだから。

「それにお姉ちゃんは先生なんだぞ、偉いんだぞ」

「うんそうだね、えらいえらい」

「なんだその口の聞き方は」

 元々目元がキツイため、凄むと更にその印象が強くなる。が、姉ちゃんは頭をこちらに向けて近づいてくる。これはもしかしてあれをやれということか。

 おずおずと手を伸ばし、頭に手を乗せた。そして軽くワシっと撫でる。

「え、えらいらい」

「んっ……はあ……」

 すると、恍惚の表情を浮かべ始めた。顔は上気し、熱い吐息を吐く。

「頼むから喘がないでもらいたいんだけど」

「ふっ……ふぅ……これはっ……仕方のない……ことなのよあっ」

 この人は昔から頭を撫でるとあえぐ。しかも俺と薫限定だ。

「あー、えろいえろい」

 などと言いつつ、さっと手をどけた。これ以上は姉ちゃんの威厳に関わる。

「それはそうと、それくれんの?」

「もうおしまいか。仕方ない、今回はこれくらいで勘弁してやろう。ちなみに、私はそれを届けに来たんだ。くれぐれも悪いことには使うなよ?」

「しねーから。でもなんで急に?」

「これから少しずつでも強くなろうと思ったら必要かと考えた。軍事科復帰記念だとでも思って受け取れ」

 いろいろと人としては残念だけど、とても気が利くいい姉だ。クセは強いけど、優しくて美人で、なんでもできる。

 長男である俺は、長女である姉ちゃんと比べられて育った。超優秀な姉と、超平凡な俺。俺にいたっては平凡以下と言われても仕方ないレベル。そうやって常に対比されてきたが、姉ちゃんはいつも俺に優しかった。ときには両親から守ってくれた。だから両親に厳しくされても、比較対象である姉ちゃんのことは大好きだ。

「いい姉を持ったって、心から思ってるよ」

「今夜は一緒に寝てくれるのか。うんうん私は嬉しいよ」

「いや話聞けって。結構頑張って美談にもってこうとしたのにヒドくない?」

「美談など、私がこの世に存在している限り無限に生成され続けるんだ。落ち込むことはない」

「だから話聞けって言ってるのに……」

 また抱きつかれた。が、たまにはこのままでもいいだろう。

「なんで服の中に手をいれるの!」

 可愛い可愛い姉は、俺が逆らえない数少ない人であり、ちょっとおかしな趣味趣向を持った人だ。

 出かけていたリズが帰ってきて、姉ちゃんとちょっとしたケンカになったのは胸の中に仕舞っておこう。あの二人がバトるとヤバイ、ってことだけは理解した。

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