第3話

 俺は三年五組に編入することになった。この学校はクラス替えがなく、元々一年五組にいたために問題なく溶け込めた。が、リズと一緒に編入し、リズがずっと腕を掴んでるものだからいろいろと大変だった。特に男子からの視線が痛い。

 授業内容は一般科とは異なり、軍事関係が中心になる。そのため覚えることが極端に多くなった。まあ俺の周りには秀才が多いからなんとかなるだろう。困ったら教えてもらえばいいさ。

 放課後を迎えた俺たちスレイプニルは、一年生が授業を受けている二階にいた。学校の一階には職員室などがあり、二階から六階までが教室だ。

ある教室を覗き込み「で、どれが花峰ほのかなの?」と、望未はリュートに問いかけた。

 リュートが指さした先には、読書をする少女の姿があった。顔立ちは幼く、体つきも小さめ。カティナも小さい方だと思うが、それよりもずっと小柄だ。大きなツインテールを揺らすことなく、自分の席で静かに読書を続けていた。

「入学当初って、普通は新しくできた友達なんかと一緒にいるものじゃないの?」

「周りにあんだけグループができてるってのに、どこにも入ろうとしてない感じだな。まるで望未みたいだ」

 肘が腹に刺さった。なにかあると肘鉄をかましてくるのだが、これがまたすごく痛い。

「心配しなくていい、イジメられてるわけじゃないだろうし」

「いくら幼なじみって言っても、四歳も離れてたらクラスでどういう立ち位置なのかとかそんなことわからないでしょう?」

「昔からそうなんだよ。人をよりつかせないというか、孤立したがるというか。小さい頃から俺の友達やなんかと遊ぶのにも、そいつらを睨んでた」

「人間関係にトラウマでも?」

「そういうわけじゃないんだ。なんというか、単純に人付き合いが苦手なだけ。悪い子じゃないし、人間的にも信用できる。が、扱いがな、少しむずかしい」

「まあいいわ。とりあえず呼んでもらえる?」

「わかった」と言って、リュートは近くにいる女生徒に声をかけた。花峰ほのかを呼んでもらうのだろう。

「つかなんでケータイで呼び出さなかったんだ。リュートに頼めばできただろうに」

 ここに来る前からの疑問を口に出した。

「下級生の教室に上級生が来るっていう状況、なんだかんだで楽しそうでしょ?」

 それはどちらにとってもあまりいいとはいえないような気がするんだが。

「なによ、私になにか用? こんな年なんだから、あまり過保護にならないで欲しいんだけど」

 いつの間にか、目の前にはほのかが到着していた。ぶっきらぼうな態度でリュートに言葉を投げている。

「昨日もメールしたじゃないか。コミュニティに入らないかって話だよ」

「返すようだけど、私は断るって返信したわよね? なんで教室まで来るわけ?」

 じろりと、鋭い視線で俺たちを睨んできた。童顔だが目付きがキツめなので、こちらも少々気後れしてしまった。

 その会話を見かねてだろうか、我らがリーダー徳倉望未がリュートの前に出た。臆することなく対峙する姿は頼りがいがある。しかし、あまりいい予感はしない。

「じゃあなんで断るのか、その理由を教えてもらいたいんだけど。もうほかのコミュニティに入っちゃったとか?」

「コミュニティには入ってません」

「それじゃあウチに入ってもらえるとありがたいんだけど。今人手不足なのよね」

「それはそっちの都合じゃないですか。知りませんよ」

「立ち話もなんだし、カフェテリアでとりあえず詳しい話をしようぜ」

 嫌な空気を感じ取ったのか、京介は二人の間に入って会話を繋ごうとする。なんだかんだと言いつつ、こいつはこういう役割を担っていた。世話やきで面倒事に足を突っ込む達人だ。

「「ああん?」」

「すいませんでした」

 眉間に皺を寄せる両者に睨め付けられ、大男でも下がらずにはいられなくなった。大柄な体躯に似合うメンタルも身につけるべきだと、今度指南しておこう。

 京介の仲介も虚しく、会話は続いていく。一番背が高いはずの京介だが、すごすごと引き下がる。その背中はとても小さく見えた。

「なんでそう喧嘩腰かなあ。私は別に喧嘩しに来たわけじゃないんだけど」

「こういう性格なんです。そこに文句を言われても困りますよ」

「性格に文句を言うつもりはないの。ただね、すこーしくらい話聞いてもらってもいいんじゃないかなーって」

「思いません。それでは失礼します」

 一礼はするものの、ほのかからは敬意も礼儀もクソもない。ただ会話を終わらせるためのお辞儀だ。

 望未から、なにかが弾けるような音がした。ような気がする。顔を覗きこんで見ると、口端が釣り上がっていた。

「逃げるの? ストライカーからヒーラーに逃げたように、他人からも逃げるんだ? 身体も乳も小さいけど、肝っ玉はもっと小さいようね」

 教室に戻ろうとしたほのかの背中に、そんな言葉を放った。今までの会話の中で、ほのかがどういう人間であるかを観察していたんだ。最初から挑発する気満々だったんだと思うと、こいつは本当に性格が悪いんだなと再確認してしまう。

 こちらに振り向いたほのかは、不機嫌そうに眉をひそめていた。望未の思惑通り、挑発に乗ってきたのだ。

「逃げたわけじゃありませんよ。これが生き残る道だと思ったからそうしただけで――」

「自分の戦闘力に疑問を抱いただけでしょう? 言い訳ばっかりしてつまらないわね。クラスに溶け込まないのだって、性格がどうとかって言い訳してるだけ。ようは傷つきたくないだけよ。ストライカーになって、他のストライカーに負けるのが怖いのよ。傷つくのが怖いのよ。ずっと武術を学んできた自分が、そこら辺のやつに負けるのが嫌なのよ」

「勝手なこと言わないでちょうだい!」

 憤怒が、彼女から漏れだした。

 廊下にいた生徒はおろか、教室にいた生徒でさえなにごとかと視線を向けてくる。この状況はかなりマズイ。

 俺と京介は望未を抑え、リュートはほのかをなだめようとした。

「ムカついた? 頭にきた? じゃあ鬱憤晴らしでもさせてあげましょうか?」

「どういうことですか?」

「私と勝負しなさい。アナタが勝ったらもう二度と誘いには来ない。逆に私が勝ったらコミュニティに入る。これでどう?」

「後輩と勝負して、勝って、それで嬉しい?」

「勝つかどうかは私じゃなくてアナタ次第でしょう? それに、私はコンダクターでやるわ。アナタは好きにしてくれて構わない。それでも勝負しないと? 本当に臆病者ね。アンタのことを褒めていたリュートが可哀想だわ」

「やってやろうじゃないの……!」

 リュートの名前が出た瞬間、眉間の皺が深くなったような気がする。邪険にしているのは、単純に子供扱いされたくないだけなのかもしれない。

「いらっしゃい。廊下の突き当りに、ケージがあるわ」

 望未はアゴで廊下の突き当りをさす。輪から離れ、二人はケージへと向かっていった。

「な、なあリュート。これって大丈夫なのか?」

 俺はほのかのことを知らない。だからこそ不安が募っていく。

「正直わからない。ほのかの強さはよく知ってるけど、望未くんがどれだけ強いのかはわからないしな」

 皆で顔を見合わせると、揃いも揃って「やれやれ」と眉尻を下げていた。考えていることは概ね同じだろう。

 二十個あるケージの内一つに入った二人は、トラフィックギフトを操作しながらも話を続けていた。

「ほら、コンダクターよ。ちゃんと確認して」

「ええ、いいわ。私はヒーラーよ」

「ストライカーじゃなくていいの?」

「ストライカーでもヒーラーでも関係ない。さっさと始めて、さっさと終わらせる」

「嫌いじゃないわよ、その性格」

 その会話を最後に、ケージのドアが閉まった。

 フィールドやカテゴリーの使用さえなければ、教師がいなくてもトランスフィクサーは使える。セーフティーが若干強めに設定され、体力値が若干低くなる。

『私も一応、こういう学校にいる以上はそこそこ戦えるわ』

『そこそこ程度で勝てると思って欲しくない』

 ケージの壁を介して会話が聞こえてきた。これは「あなたなんてそこそこ戦える程度の私でだって倒せるぞ」と言っているのも同じだ。中でもまだ挑発行為を続けるってのかアイツは。

『言ってなさいよ!』

 小さな身体が突進する。予想以上に速く、そして鋭い。あんなもの、普通ならば急には対処できないだろう。

 普通ならば、だが。

『甘い』

 望未は突き出された拳を、右手の甲で下から上に弾く。姿勢を低くして、左腕で相手の腹を押し上げる。この時、上に弾いた拳は右手で掴んでいた。

 宙を舞う小さな身体。ほのかは当然、驚いた顔をしていた。

『ほら、そこそこやれるでしょう?』

 ほのかの背中は地面と衝突した。かなり高い位置からの落下だったので痛そうだ。

 望未が言う「そこそこ」は微妙な線だが「戦える」という部分は同意する。彼女はブラスター志望のコンダクターだが、体術が苦手なわけではない。むしろ運動神経はいい方で、動きはとても柔らかい。打撃はあまり得意ではなく、柔術を基本形とする戦闘術。倒すというよりもいなす、躱すというのが主な使い方だ。相手の戦力を削いで精神面で勝つ。それが彼女の戦い方だった。

 ほのかはすぐに起き上がり、また構えを取る。

『その顔、予想外って感じね。でも上級生を甘く見た罰だと思いなさい。それと感情に任せても相手を倒せると思わないこと。過信を改めるいいチャンスじゃない』

『ホント、アンタってムカつくわ』

『じゃあ得意な体術でねじ伏せてみたら? 今の感じでできるとは、到底思えないけどね』

 一撃、二撃と素早い攻撃で望未を追う。しかし攻撃が当たる気配はない。

 その打突を上に弾いたり、下に払い落としたり。攻撃の力が別の方向へと流れたのを確認してから、腕を掴んで軽く投げる。彼女の柔術は派手でありながらも、とても美しく静かだった。

 懐かしいと感じるほど、二年前と変わっていない。

「えげつない後輩イジメなんだが、これ止めなくてもいいのか?」

 俺はリュートの方を向いてそう言った。ほのかの言動は確かにあまりいいものではないが、望未もやりすぎるきらいがある。

「良い薬だと思うしかないな。花峰の道場ではな、ほのかはあまり負けたことがない。それこそ自分の親族や俺以外には完勝ってレベルだ。これくらいの壁は、今経験しておいた方がいいのさ」

「また投げられた。これで六回目か。初見だけど攻撃的にはすごくいいと思う」

「ほのかが弱いわけじゃなさそうだけど、相性がな。ああいう直情的なタイプは望未とは相性が悪すぎる。もちろん語ともな」

 京介はわかったような口を利くが、本当のことなので反論はやめておいた。

「あの子はすぐ意固地になる。最低でも一撃与えるまではやめないはずだ。望未くんは、どうするんだろうね」

 地面に落下して、体勢を立てなおして、自分を回復して、また攻撃の繰り返し。飽きるほどに繰り返されるそれは、まさに望未が思い描く戦闘風景そのものだ。

 しかしここで、少しだけ変化が訪れる。

 投げられた回数が三十をゆうに超えた頃、ほのかの攻撃が望未の腕を避けたのだ。

「おっ、アイツ動きが変わったぞ」

「これだけ投げられたんだ、対処法くらいは思いつくだろう。ほのかが戦闘中に思いつくとしたら二つ。一つは攻撃をわざと弾かれ、そこから打突方向を転換する方法。もう一つは払いのけられることを想定した攻撃回避」

「自分が攻撃すること前提なのかよ。それはそれですごいな。フェイクを入れたりとかいろいろあるだろうに」

「最初に投げられたときに判断したんだろうさ。直線的な攻撃をして、それにわざと慣れさせた方がいいってね」

「でもよお、今の一撃で仕留められなきゃ、もう後はねーんじゃねえか?」

「ほのかはそこまでバカじゃない。幼なじみだからこそ言える。彼女は諦めが悪いのさ」

 今度は弾かれた瞬間に身体の重心を変え、打突の方向を無理矢理望未へと向けた。

 この戦闘を見て会話をしていたのは三人。俺と京介とリュートだ。リズと薫とカティナは黙って見ていた。その表情は真剣で、話しかけるのもためらわれる。仲間の戦闘を見て、動きを知ろうとしているというのが伝わってきた。

 ケージに視線を戻すと、二人の実力差が狭まってきたのではと、そう感じるほどちゃんとした戦いになっていた。今までは望未のワンサイドゲームだと思っていたのに、この短時間でこうも変わるものなのか。

 ほのかの口には、かすかな笑みが見えた。

「ほのかはまだわかってないみたいだな」

「そりゃ、望未がどれだけ性格が悪いのか知らないだろ。この中でそれがわかってるのは、俺とお前だけだろ」

 京介は「そりゃそうだな」と鼻を鳴らした。

 望未にもほのかにも疲弊が見え始めた。ほのかはヒールで自分を回復しているが、望未にはそれができない。できたとしても、回復魔法ができるのはヒーラーのみ。もう一つ言わせてもらえば、コンダクターはロールの中で二番目に能力上昇が低い。逆にヒーラーは能力上昇が上から二番目。トランスフィクサーで身体能力で劣る望未は、戦いが長引くほどキツくなる。

 放たれた左ローキックを、望未は右足で抑えこむ。が、ほのかはもう右拳を前方に出していた。

 望未の左手が攻撃を払う瞬間、その打突が曲線を描いた。

 その時がやってきたのだと、決着を予感させた。

「終わったな」と、俺が言うと「ああ」と、京介が返してくる。

 こらえきれなくなったのか、彼女から笑顔が零れた。彼女とは当然、望未の方だ。

 例えば同じ速度で進行した場合、曲線と直線では直線の方が速く目標にたどり着く。ならば結果は見えている。

 望未の掌底が、ほのかのアゴを捉えた。小さな身体はグラっと揺れて、そして崩れていく。

 ケージ内の障壁が解かれ、ドアが開いた。

「よいしょっと」

 ほのかの身体を担ぎ上げ、望未がケージから出てくる。それをリュートに渡し、「ふぅ」と小さく息をを吐いた。

「アンタってホント性格悪いわ……」

 すごい形相で睨むほのか。口ぶりからすれば元気が有り余っているようだが、身体へのダメージは残っているようだ。

「誰も打撃しないなんて言ってないでしょう? アナタは私の柔術を何度も受けて対策した。それをそのまま返しただけよ」

 怒らせたら怖い人はたくさんいる。が、怒らせようがなにしようが怖い人種も間違いなく存在する。京介と俺がコイツに逆らえないのは、コイツが怖いからだ。主に精神的な意味で。

「はあ、私の負けよ」

「あら、やけに素直じゃない」

「約束は守るわ。経緯はどうあれ、負けたのは私だもの」

「それでは学生証を出だせ」

 突如現れる姉。今までいなかったじゃないか……。

 差し出された学生証を受け取りカードリーダーに挿す。簡単な操作をして、それを返した。

「これで花峰もスレイプニルだ。仲良くやれよ」

 いや、姉さんじゃなくてもコミュニティへの加入はさせられるんだけどね。

「仲良くやれるかどうかはわかりませんが、善処します」

「それでは、私は職務に戻る」

 そういいながら、姉さんは俺と薫をギュッと抱いた。

「弟たちを抱きに来ただけかよ」

 なるほど理解した。

 姉さんは手を上げて挨拶をし、甲高い靴音をさせて廊下を歩いていった。生徒たちの喧騒があっても、ハイヒールの音は響くのだと始めて知った。

「もしかして姉さん、僕たちを見てたのかな」

「そうとしか考えられないな。昔から変わらないぞ、姉ちゃんのそういうところ」

 姉さんは、いわゆるブラコンというやつだ。俺も薫も姉さんのことは好きだが、姉さんのそれはちょっと違う。厳密に言うと薫も俺に対してブラコンなのだが、それは少し置いておこう。

 小さな頃から、俺が遊びに行く時にも姉ちゃんはついてきた。参観日なんかも両親の代わりをしてくれたこともある。悪気がないのを知っているし、ひとえに愛情だとも思うのだが、あまりにも過保護すぎる。それは俺と薫、両方が経験している。

「まあ鳴神先生のことはいいわ。至急ミーティングをするから、コミュニティルームに行くわよ」

 さっさと歩き出してしまうリーダーを追い、俺たちもコミュニティルームへと向かった。この際、名義上のリーダーが俺というのは忘れてしまおう。

 コミュニティルームに着いて早々、望未はあるコミュニティをテーブルの上に表示させた。

「早速、キャプチャーバトルを申し込むわ。カリバーンとの対戦までは一回しか申し込みできない上に、うちは人数ギリギリ。サブメンバーだっていないから、負けたらもう後がないわ」

「ブラスターを取りに行くんだな」

「ええ、もう申請も済ませてある。明後日の放課後に試合よ」

「仕事が速いな」

「時間目一杯使うことも考えたんだけどね、早急にメンバーを揃えて、対カリバーン戦への対策を整える方が重要なのよ。その前に負けたら意味はないんだけど、こればっかりは比重を間違えたりできない」

「んで、昨日言ってた宗方霞先輩を取りに行くんだよな? 相手のチームの詳細を聞かせてくれ」

 望未の操作で、次々とホログラフの情報が追加されていく。

「コミュニティ:アクケルテはランキング三十六位。ちなみに、新設の我がチームはランキング最下位の二百三十六位ね。キャプチャーには勝ったけど、ランキングには勝ってないから。それでアクケルテなんだけど、非常にバランスがいいコミュニティなの。ウチは確かに個人上位者が揃っているけれど、シングルとチームでは意味合いが違う。個人がいくら強いからと言って、必ずしもチーム戦で活かせるわけじゃない。むこうとこっちじゃ、チームとしての経験が違うのよ」

「その経験を埋めるためにはどうしたらいい」

「え? ゴリ押しでいいんじゃない?」

「今までの口上はなんのためにあったのかと……」

「言ってることは間違ってないでしょう? ただ、チーム戦という意味ではむこうに分があるっていうだけの話をしたまでよ。個人技能でいけば負ける要素はない。例外として、三年生組だけは不安だらけだけどね」

「自分も含めて、ってことだよな?」

「当然、私は自分を強いとは思ってないからね。ヒーラーとして見れば、ほのかだっていろんな意味で強いわ。問題なのは三年生だけ」

「納得、せざるを得ないな……」

 それきり場が静まり返ってしまう。

 個人戦でのゴリ押しができないのは、俺と京介と望未の三人。他のメンバーは他を圧倒できるくらいの技量があるというのに。

「語は、弱くなんてない」

 静寂を割ったのはリズだった。

「カリバーンとのストラグルまで、私が語を鍛えるわ」

「鍛えるっていうほどのことができる?」

 望未がリズに問いかけた。

「大丈夫。語はまだ流動魔法も一部しか使えないから、その部分で底上げを図る。それと同時に、自分よりも格上相手との戦い方を覚えてもらう。一緒に住んでるし、それくらいはできるはず」

「そこまで言うなら――」

 そこまで言いかけて、望未は固まった。

「今、一緒に住んでるって言った?」

「うん、私の家は語の家。ベッドも一緒でお風呂も一緒」

「ベッドはまあ仕方ないとしても、その言い方だと風呂も一緒に入ってるみたいで誤解を受ける。もうちょっと考えて発言をしてくれ」

「語、アンタってもうちょっとまともだと思ってたんだけど」

 リズとリュート以外からの視線が刺さる。この件に関しては薫もあまりいい顔をしない、というかすごく嫌な顔をしている。リズは変わらず無表情だし、リュートはやれやれみたいな笑顔を浮かべていた。

「違うんだ、俺がというかじいちゃんが勝手にそうしたんだ。俺のせいじゃない。俺はやってない。それでも俺はやってないんだ」

「やったやつは誰しもそう言うんだよ」

 京介の顔が一番怖い。モテないモテないと日頃から言い続けている男とはここまで恐ろしいものなのか。

「語先輩、見損ないました」

「語先輩も所詮は男ね。尊敬する前でよかったわ」

 カティナとほのかもこの調子だ。誰かに収拾を頼みたくても、頼れるやつが一人もいない。

「詳しい話、聞かせてもらいましょうか」

 指をパキパキと鳴らしながら近づいてくる望未を前に、俺は思わず身震いしてしまう。悪い夢よ早く覚めろと、心からそう思うのだった。

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